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記憶の箱の蓋は真夜中に開く①

私は、明り取りの小さな窓があるだけの簡素な部屋で、分厚い本が何冊も広げられた机の前に座っている。

椅子は座面が高く、私の足は床に届かない。私は机の上の本を閉じて重ね、机上を空けた。そこで手の平を上に向けて広げ、頭を下げて固く目を閉じた。


ヒュン!

顔の前で風を切る音がした。


ピシャ!

むちが柔らかいものを打つ音がすると同時に、手の平に鋭い痛みが走る。


「何度でも申しましょう、マーナ様。古代語の暗記、暗唱は貴女の義務です」


頭上から聞き慣れた硬質な声が落ちてくる。私は返事をせず、頭を下げたまま目を開き、打たれた手の平を見つめた。私の態度が気に食わなかったのだろう、声の主はもう一度、私の手の平を鞭で打った。


「貴女が理解されるまで説明しましょう、マーナ様。貴女は高度な光魔法を使えるようになる希少な器です」


私がじっと黙っていると、鞭の先で顎を押し上げられた。上を向かされ、壮年の男性と目が合った。

男は暗い茶髪を肩で切りそろえ、上等な絹の服を着ている。葡萄色ぶどういろした切れ長の目を細め、私に返事することを促した。


「はい、神官長様。私は希少な器です。この国の役に立つようになります」


私の返答に、神官長は頷く。


「宜しい。では、貴女の責務は何だろうか?」

「はい、現状での私の責務は、高度な魔法の知識を身に付けることです」


私の返答に、神官長は気を良くしていく。


「その通り。それは何故なぜかな?」


私は繰り返し復唱させられ、暗記してしまった内容を返す。


「そうすれば、私は、古代より伝承される光魔法を自在に操れるようになるからです」

「そうだ。では、貴女の操る光魔法を心待ちにしているのは誰かな?」

「我が国の第一王子、タルア殿下です」


神官長は興が乗ってきたようで、私との問答を続ける。


「宜しい。では、タルア殿下はどうしてお困りなのだろう」

「タルア殿下は、王族なのに、雨を降らせることができないからです」


ヒュン!

ピシャ!


私の答えがお気に召さなかったらしい。神官長は再び私の手の平を鞭で打った。


「マーナ様、正しい言葉を覚えなさい」

「はい」


神官長は私の手の平に鞭の先を押し付ける。これは「今から神官長が言うことを復唱せよ」という合図だ。


「我らが希望、タルア殿下は不調をきたされており、」

「我らが希望、タルア殿下は不調をきたされており、」


神官長は視線を鋭くし、私を見下ろしている。


「王族のみが意のままにできる『雨』の魔法の使用が難しい状態にあられます」

「王族のみが意のままにできる『雨』の魔法の使用が難しい状態にあられます」


私は、自分の手の平を見つめて復唱を続けた。鞭の先が、打たれた傷に押し付けられる。


「私の使命は、クレール神より与えられた光魔法で、タルア殿下を癒し、王国に雨をもたらすことです」

「私の使命は、クレール神より与えられた光魔法で、タルア殿下を癒し、王国に雨をもたらすことです」


「一日も早く、光魔法が操れるようになるために、私は努力を惜しみません」

「一日も早く、光魔法が操れるようになるために、私は努力を惜しみません」


「そのため、私は今より、課せられた二倍の古代語の読み書きを覚えるまで、食事を摂りません」

「え、」


神官長が続けた言葉に、私は驚いてしまう。


ヒュン!

ピシャ!


神官長は、鞭の先で頬を押さえつけ、もう一度、私に復唱を促す。


「私は今より、課せられた二倍の古代語の読み書きを覚えるまで、食事を摂りません」

「私は今より、課せられた二倍の古代語の読み書きを覚えるまで、食事を摂りません」


私はその時から丸一日食事を与えられず、寝台での睡眠を許されなかった。

机に伏せて仮眠し、水を飲んで腹を膨らませながら、普段課せられている二倍の古代語を暗記し続けた。

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