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茶番をひっくり返す両親

「さぁ、奇跡の少女よ、こちらへいらっしゃい」


静まり返った大広間を眺めていた皺の深い神官が、満足そうに腕を下ろした。振り返った神官は、衣擦れの音をさせながらこちらへ近づいて来る。胡散臭い笑顔を皺くちゃな顔に貼り付け、腰を屈めて私へ手を差し伸べる。


母は無言のまま、私の体を抱きしめていた腕に力を入れ、父は立ち上がり神官へ歩み寄った。辺境伯に仕える騎士である父の背中は大きい。父は堂々とした所作で片膝を突き、澄んだ琥珀色の瞳で皺くちゃの神官を見上げた。


「我らがリーグムの地に神の慈悲をお伝えくださいます、大神官コンコ様。一介の騎士に過ぎぬ私の声を拾っていただけますでしょうか」


お父様の声は腰に来るのよね、とは母の口癖だ。柔らかさと力強さを兼ね備えた父の美声は、大広間の隅々まで行き届く。あちこちから感嘆のため息が聞こえた。

眉目秀麗な父から敬意を表されて、コンコは満更でもない様子で顎をしゃくり、先を促した。


「年始に我が娘マーナの魔力を測定していただき、誠にありがとうございました。娘が、光魔法への適性と多大な量の魔力を保持している可能性を示唆いただき、驚くと共に嬉しく存じます。つきましては、過分な才を示唆くださった我らが父クレール神へ、家族で感謝の祈りを捧げてもよろしいでしょうか」


美形の笑顔は見る者の思考力を奪う。亜麻色の柔らかな髪を揺らして首を傾げる父に、否を返せる者は少ない。神官コンコは、頷いて壇上を指し示した。


「存分に捧げなさい」

「大神官コンコ様の寛大な御心に感謝申し上げます」


父は神官に背を向け、壇上にあるクレール神の彫刻を見上げると、祈りの体勢になった。母も私の体から腕を離して体の向きを変え、礼拝の姿勢をとった。私もそれに倣う。


「我らが父クレール神よ」


父の美声に、大広間にいた人々は息を呑んだようだった。

横目で見た母は背中が震えている。近距離からの父の美声が腰に直撃したようだ。


「我が娘マーナへの恩恵に厚く御礼申し上げる。リュグムの騎士として、父として、この身を捧げ、我が幼子を守り慈しむことを誓う。希望という言葉にふさわしい淑女となるよう手厚く育てることを誓う」


美声の直撃から再起動した母が、大きく息を吸った。

か弱く華奢な見た目の母は元歌姫である。三児の出産を経た今でも、母の腹筋は薄っすらと割れている。


「リュグムの民として、母として、この身を捧げ、我が幼子を守り愛することを誓います。優しさに溢れた淑女となるよう、この手で育てることを誓います」


『どうか私から子どもを取り上げないで……!』

母としての秘めた思いを乗せた言葉は、まるで悲しい歌のようだった。

憐憫を誘う母の声に、群衆は射抜かれた。あちこちから鼻をすする音が聞こえる。その音に負けぬよう、父は胸を張り、美声をさらに大きくする。


「我ら、リュグムの民、同胞に慈悲を請う。一介の親に過ぎぬ私は幼子を多大な恩恵で溺れさせたくない。幼き我が子を共に守るよう、淑女となる日まで共に育ててくれるよう、リュグムの民に慈悲を切に請う」


美しい両親から放たれた親心は、群衆の胸を打ったようだった。


「我らの希望!我らリュグムの民が育てよう!」


心のままに、誰かが震える声を発した。

極まった感動は、良識ある人々から思考力を奪っていく。


「我らの希望!我らリュグムの民が守ろう!」


思考力を奪われた誰かが無責任な思いを言葉にし、群衆は次々に唱和する。


「我らの希望!我らリュグムの民の誇り!」


誰かが手を叩き、それが伝播していく。拍手喝采は、明り取りの窓硝子を割らんばかりに揺らしている。

父と母は、礼拝の姿勢からクレール神の彫像に向かって頭を深く垂れる。私もぎこちなくそれに倣う。群衆から見た家族の姿は誠心に満ち、大層美しく映えただろう。


大局は決した。


この日、私は群衆から「王子を救う聖女」ではなく、「クレール神より恩恵を示唆された幼子」と認められた。

そして、幼子としてリュグムの民の庇護下――つまり、この地を治めるディーレ辺境伯の庇護下に置かれる流れとなった。


つまり、神殿も王家も、私に気安く手出しができなくなったのだ。


私、何にもしなかったなぁ。

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