群衆が生んだ聖女
「光の魔力が!」
「これほどの量で!」
「なんと素晴らしい!」
前世の記憶を取り戻した時、私は地方神殿の大広間にいた。
頭に流れ込んできた大量の記憶に眉を顰める。頭痛と眩暈を覚え、目を閉じて奥歯を噛んで耐えた。明り取りの窓から入る冬の鈍い光は、瞼の裏を柔らかく照らしている。深く息を吐き、呼吸を整えて痛みを逃がそうと試みる。
「おめでとうございます!」
壇上に控えていた神官たちの声が傍から聞こえた。
目を薄く開くと、神官たちは壇を降りてきたようで、私の横にいる両親へ祝辞を贈っているようだった。咄嗟に込み上げてきた怒りを抑え込んで、横目で両親を伺う。
「ありがとうございます」
父は突然の事に驚きつつも丁寧に返答し、母は口元を手で押さえて微かに涙ぐんでいる。
慎ましさだけが取り柄の男爵家に突然訪れた慶事に、両親はただ戸惑っていた。素朴で飾り気のない両親の素直な反応に、怒りが冷えていく。
魔力測定の結果は、両親にとって純粋に『祝い事』であったのだ。
前世でも愛情豊かに育ててくれた両親が戸惑いつつも喜んでいる、その様を見て私はただ嬉しくなる。心に芽生えた温かな気持ちは、波立った心を平らかにしていく。頭痛と眩暈も治まり、私は目を見開いた。
前世で最大の失敗をした場面を、再度迎えるために。
「奇跡のようだ!」
「我が国の窮状を救う尊いお方にちがいない!」
今しがた起きた事が伝播していく。
年始の魔力測定に来た七歳の少女が、光魔法への適性と王族にも匹敵する魔力量を示した。確かに奇跡と形容するにふさわしい希少な出来事だ。
年始の魔力測定は七歳の子どもが対象で、保護者同伴が基本だ。そのためこの日は一年で最も多くの人が神殿に集まる。人で埋まった大広間の隅々まで話は伝わり、人々の興奮は高まっていった。
「聖女様!」
初めは、無責任な誰かの口から出た思い付きの言葉だった。
極まった興奮は、良識ある人々を思考力の劣る群衆へと変えてしまう。
「聖女様が誕生された!」
思考力を眠らせた誰かが安直な願望を言葉にし、群衆は次々に唱和する。
「聖女様! お救い下さい!」
群衆の喝采は、明り取りの窓硝子を割らんばかりに膨れ上がっていく。
歓声を正面に受けた神官の一人は、指揮者のように両手を高々と上げて群衆に応えた。最年長であろう深い皺のある神官は、誇らしそうに頬を赤く染めている。その傍に控えている年若い神官の中には、感激のあまり涙を流している者もいる。群衆はさらに声高に叫ぶ。
「聖女様! 我らの希望、ルービア王子をお救い下さい!」
母が私の手を取ってぎゅっと力強く握った。母の指先は氷のように冷たい。
私は顔を上げて母を見た。母は膝を折って横から私を抱きしめた。真っ青な顔をしている。父は腰を屈め大きく腕を伸ばして、私と母の肩を抱いた。父の手は微かに震えている。
「聖女様! 我らをお救い下さい!」
群衆のあまりの言い草に、私は思わず嗤ってしまい肩が揺れた。
是非とも群衆の一人一人に聞いて回りたい。同じ年の子どもたちの前で、七歳の少女に縋りつき救われたいと大声で請い願うのは、大人として恥ずかしくないですか、と。
ただ、父は何を勘違いしたのか震える手に力を込めた。
「マーナ、大丈夫だ。父が必ず守る」
最愛の父を軽く追い詰めた群衆と神官たちに、心の中で有罪の判決を力強く下す。
許すまじ。一撃で相手を沈めるべく、私は前世の記憶を引っ張り出して参照する。集中して考え事を始めたため、私の表情は唐突に無くなった。
真顔で一点を見つめてブツブツと独り言を始めた娘を見て、母も冷えた手に力を込める。
「マーナ、母もついているわ」
最愛の母をも追い詰めた彼らを絶対に許さないと心に刻む。
群衆の顔は覚えきれない。代わりに群衆を煽っている皺だらけの神官の顔を目に焼き付ける。お前だけは絶対に逃がさない。
二度目の人生、私はお前たちの望むように踊ったりしない。
聖女誕生なんて茶番に付き合うつもりは更々ない。
王子を救うための人柱になりはしない。




