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【短編版】千の仔を孕みし森の黒山羊〜ダンジョンに撮れ高を求めるのは間違っているのだろうか〜

作者: ツキノ
掲載日:2026/03/04

甘党探偵月影ましろ〜恋にRPGに犬探しにダンジョンだって?〜より。

買ったばかりのスマホからアラーム音が鳴り響く。


「うーん……あと5分……」


布団の中でもぞもぞと動き、寝返りをうつましろ。部屋のドアをノックする音まで聞こえ始める。


「ましろさん!起きていらして!大変なことになってますわ!!」


来夢らいむの叫び声で床に置いているクッションの上で寝ていたラプスがぱちりと目を開ける。クンクンと周囲の匂いを嗅ぐラプス。


『大変だよましろ!!物語ソネットの気配だ!!それも今までで最大級の!!』

「……へ?」


ましろはのそりと起き上がり、スマホのアラームを止めた。


◇◇◇


「ましろくんおはよう!起きて早々だけど、街が大変なことになってるんだ!」


パジャマから制服に着替えて2階から降りてきたましろに挨拶をする鵜久森うぐもり。鵜久森だけでなく、来夢、アーバン、綺羅々、林檎は食堂の液晶テレビから流れるニュースに見入っている。


御伽おとぎ駅を中心とした森林による侵食は周辺の建物までおよびーー』


ヘリやドローンで上空から御伽駅を撮った様子がテレビに映っていた。見渡す限りの木々が街を侵食している。ましろはぽかんとした表情で目にした情報を処理する。


「ーーなにこれ?物語ソネットの領域展開、じゃないよね?」

『それならまだ良かったものの。これは領域展開を超えた現実リアル世界の侵食さ!!』


ラプスが喚き立て、アーバンが難しい表情を浮かべる。


「御伽駅を中心として、周囲の建物がダンジョン化したそうだ」

物語ソネットに似た気配……、いや、物語ソネットよりも規模が大きな気配だ!!』

「ということは……」

「クトゥルフの物語ソネットの仕業ですわね」


ましろの呟きに、来夢が頷く。


「どーすんの?行くの、ましろ」

「待って。赤羽根さんと夜闇鴉よやみあろうにも連絡しなきゃ」

「おはー。連絡する前にお邪魔してるってばー」

「おい、髪が跳ねてるぞ。いつまで寝ぼけてるんだ」

「わわっ!?居たんだね2人共」


ましろはスマホを取り出す前に、食堂の端の壁に寄りかかり、こちらを見ている2人を確認する。


「どーすんの?行くの、ましろ」


綺羅々が再度ましろに聞き直す。ましろは大きく頷いた。


『倒すべき敵はダンジョン最深部に居るとみて良さそうだね』

「みんな、あのダンジョンへ行く準備をして」

「言われなくても、全員準備万端だ。貴様が最後だ月影ましろ」

「あらら、そうなんだ。じゃあボクは鞄にお菓子を詰め込んで……っと」


ましろ専用のお菓子の棚から茶菓子やパック菓子をスクールバッグの中に詰めれるだけ詰め込んだ。綺羅々特製のポーションクッキーも忘れずに。


「さぁ、行こう!ダンジョン攻略だ!」


◇◇◇


:やめとけっておっさん。無茶すんなー

:ヤバいって!廃墟の肝試しレベルじゃなくてモンスターみたいなのが出るって話だし

:忍び込んだヤツらで帰ってこないのがいるらしいぞ

:ポチとののんびりスローライフがまた見たいです

:そして誰もいなくなった 完


ズラズラと画面にコメントが流れていく。チャンネルの主はよいこらしょっと一息つき、はははっと乾いた笑い声を出す。


「こんな独り身おじさん心配してくれんのはありがたいけど、ポチみたいなヤツがこのダンジョンに入っていったって目撃情報があるんだよ」


だから、おじさんは行かなきゃなんねぇんだ、と近衛昴このえすばるは大きなリュックサックを背負いながら呟く。


「自衛隊や警察も出動したばっかで、まだ封鎖されてない入り口があるみたいだな」


画面に流れる静止の声を振り切ってヘッドライトを付け直し、近衛このえは木の幹を潜り奥へと進む。


「それに、勤め先のコンビニもこの謎の深緑化に巻き込まれてシフトどころじゃなくなってるんだ。ポチも居なくなっておじさんすんごい暇なんだよ」


やることが動画配信ぐらいしかない。近衛このえはダンジョンに撮れ高を求めて忍び込んでいる。


「なぁに。本当になんかヤバいヤツと遭遇したら全力で逃げればいい。チャンネルはそのままでよろしくな」


:チャンネルの趣旨がほのぼのからダンジョン探索ミステリに?

:初見です。ダンジョンに潜ってる人がいるって聞いて見にきました。

:おじさん今一層辺り。まだまだ序盤


この為に急いで家電店に行って、配信用小型カメラを始めとした一式を揃えてきた。近衛昴このえすばる(38)、押し通る道しか残されていない。


「同接5万人か……。いや、まだこれからだぜ」


しかし、何の能力も持たない近衛昴このえすばる。果たしてこのダンジョンから生きて帰ることはできるのだろうか。



◇◇◇



「アーバンさんにダンジョンに続く抜け道を教えてもらったのはいいけど……」


ましろ、来夢、林檎、鵜久森、綺羅々、鴉、榴姫、ラプス×2。7人と2匹のパーティは分かれ道に直面していた。

綺羅々が背伸びをして手を挙げる。


「はいはーい。パーティを分断するなら、前衛のうぐと夜闇鴉よやみあろうは別がいいと思いまーす」

「問題はヒーラーの綺羅々ちゃんをどっちのパーティに入れるかだよね」

「ポーションクッキーを沢山持ってきたから、ボクのパーティは暫く保つはずだよ」


話し合いの結果、パーティ1がましろ、来夢、鴉。パーティ2が鵜久森、林檎、綺羅々、榴姫に決まった。


「あら、貴方……ましろさんと一緒のパーティは拒否するかと思いましたが……」

「フン。女だらけのパーティに突っ込まれるよりはこいつと同じパーティの方がまだマシなだけだ!」

「僕はそういうの全然気にしてなかったけど……。そっかあ、女の子だらけのパーティになってるのか」

「期待してるからねうぐ!」

「よぉし!僕頑張るよ!!全力で綺羅々ちゃんを守るからね!!」

「ヒーラー守り過ぎてウチらのことを忘れんなよ?」


綺羅々にバシバシと背中を叩かれ、浮かれている鵜久森に榴姫が釘を指す。


「殿は私が務めるので任せてください」

「すっかり頼もしくなったね林檎」

「こっちはどうするんですの?殿」

「ボクが隊列の最後になるよ」


パーティ1はあろう、来夢、ましろの順に並び変わる。パーティ2は鵜久森、榴姫、綺羅々、林檎の順に並び変わった。


「何かあったら連絡はスマホで。それじゃあ出発しよう!」


◇◇◇


「たはー、おじさんちと疲れちった……」


:もう動けないのかよ。まだ序盤だぞ

:階段あったから数えてたけど、まだ3層よな

:今んとこ特に変わったこともないのが幸いか


テントに寝袋など、ソロキャンプをするのに必要な物一式。途中、樹海化していた勤務先のコンビニで手に入れたパンやおにぎりを詰め込んでいるリュックサックを地面に置き、近衛このえは一息つく。


:ねぇ、何アレ

:ん?

:画面左下、なんかいるぞ


「……マジか」


近衛このえは慌てて身を起こす。

小柄な樹木状で、山羊のような2本の角と蹄を持つ生物がこちらを見つめているーー否、胴体に目らしきものは無く、鋭い牙が生えている口だけ存在していた。


:黒い仔山羊だ!

:山羊に見えねーよ!

:有識者いた。kwsk

:クトゥルフ神話における奉仕種族さ!

:なるほど、クトゥルフねー。……マジで?

:実際に画面に映ってるから信用するしかできねぇ


「ちっこいな……。ちょっと餌付けできねぇか試してみよか」


:おじさん、あぶないって!

:餌付けってw


ツナマヨおにぎりが包んであるビニール袋を破り、中身を小柄な黒い仔山羊に差し出してみる。すると、黒い仔山羊は樹木状の触手でおにぎりを持ち上げ、口の中に放り込んだ。


:怖……

:見ろよあの牙。噛まれたらただじゃ済まないぞ


小柄な黒い仔山羊は牙をしまい、近衛と向き合う。暫くして、トコトコと近衛の側に近付いた。


「……よしよし、いい子だ」


近衛は小柄な黒い仔山羊を抱えて頭を撫でる。黒い仔山羊は理解不能な言葉を発しているが、喜んでいるようだ。


:おじさん、職業:テイマーになる

:ポチといいコレといい、おじさんマジでブリーダーの才能があるのでは?


「んー……。名前は何にすっかなぁ。あ、よし。タマでいいか!」


:ポチにタマw

:ネーミングセンスどこ

:逆にセンスあるんじゃね?


近衛の腕の中からひょいっと飛んだタマは、トコトコと歩いて立ち止まり、近衛を振り返った。


「お?ダンジョン、案内してくれんのか?」


:マジで?

:ご飯くれたお礼?


近衛はリュックサックを背負い直して立ち上がる。深層まであとどのくらいなのか。謎のまま、謎の生物に導かれ、近衛の姿はダンジョンの奥へと消えた。



◇◇◇



林檎が急所に弾を撃ち込み、榴姫が樹木でできた体躯を呼び出した複数の黒い槍で貫く。辺りに断末魔が響き渡った。


「敵を寄せ付けない戦い方……。ヒーラー要らずで楽に進めるってカンジー」

「綺羅々ちゃん、危ない!」


綺羅々に伸びた触手を鵜久森うぐもりが双剣の片方で切り裂く。


「ありがとう、うぐ!」

「綺羅々ちゃんは僕が守るから、林檎ちゃんと榴姫ちゃんは心置きなく戦って!」

「うっわ!ちゃん付けするなキッモ」

「ええ……、そんなテンション下がるようなこと言わないでよ榴姫ちゃん」

「だからキモいソレ!何度もいわせんな!「赤羽根さん」だろフツー」

「まぁまぁ、仲良くしましょう2人共」


敵を一通り片付けたパーティ2……鵜久森、綺羅々、林檎、榴姫が一息つく。


「それにしても、この枯れ木みたいなモンスター、不気味だよ……」

「ちゃんとした体躯を持っているものもいますが、どちらも山羊の蹄のような足をもっています」

「コイツらがダンジョンに湧き出ている怪異ってワケ?」

「大元が最深部にいる筈だよ。気を引き締めて行こう!」



◇◇◇



「は、離しなさい、この無礼者!」

「来夢!……フランメ!」


触手に片足を持ち上げられ、スカートを押さえていて手出しができない来夢の代わりに、ましろがマドラーを構え本体を焼き払う。来夢は空中に投げ出されるが、箒を呼び出し上手く飛び乗った。


「ダンジョン全体に湿気があるせいか、炎の鎮火が早いな。まぁ燃え広がらないだけ貴様が攻撃しやすいか」


触手を切り刻みながら、夜闇鴉が呟く。


「そういえば、なんですのそのマドラーは?」

「コレ?前から思ってたけど、ステッキみたいなのがあるとスペルが使いやすいなぁって。お気に入りなんだ」


ましろは先が星形になっているマドラーをくるくると指先で回転させる。


「マドラーごときで倒される敵の身にもなれ」

「いいじゃないか。ただの変哲も無いマドラーで」


ましろはパシッとマドラーを掴むと魔力補充の為、スクールバッグを漁り、サクッと軽い食感のエリーゼを食べ始めた。


「ルマンド、ロアンヌ、バームロールもあるよ」

「いらん。貴様用にとっておけ!」


ましろから差し出されたルマンドを叩き返す鴉。


「全く。貴様といると菓子のことでまるで遠足をしているような気分になる」

「バナナはおやつに入ると思う?」

「くだらないことをぬーかーすーなー!」


ザシュっと再び触手を薙ぎ払い、鴉は気を紛らわす。


「足元を掬われ易いので、わたくしは暫く箒で移動しますわ」

「それがいいね」

「……しかし、このダンジョンは一体何層あるんだ?貴様の菓子やポーションクッキーが尽きる前に決着をつけたいんだがな」


見渡す限りびっしりと覆い茂る樹木。光が届かない薄暗い空間。鴉はロングソードを地面に突き刺し一息つく。


『親玉の気配的には、10層くらいかな』

「以外に少ないんですわね。ま、こんな陰気なダンジョン、いつまでもウロウロしていられませんし。肩慣らしには丁度良いくらいなのでは?」

「さっき足元を掬われてた癖に、よく言うよ」

「何か言ったかしらましろさん」

「う……、な、何も」


来夢にキッと睨まれ、ましろは視線を逸らす。


『今は5層の辺りだね。丁度半分くらい』

「よし、このまま突っ切るぞ!」

「あ、待ってよ!……わわっ!?」


駆け出す鴉に箒に乗ってついていく来夢。ましろがワンテンポ遅れて追いかけると、何かに足を取られて尻餅をついた。


「いてて……。か、懐中電灯?」

「おーい。誰かそこにいるのかー?」


懐中電灯の側に、大きな空洞がある。ゲームで言えば、宝箱が置いてありそうな場所。


「こ、近衛さん!?」

「ん?ーー少年!?まさかこんなところで会うとはな!」


空洞の暗がりから出てきたのは、ましろが見知った顔ーー近衛昴だった。近衛は転がってきた懐中電灯を屈んで拾う。


「あ、あの方、手にモンスターを抱えていらっしゃいますわよ!?」

「ちっ!今すぐそいつを離せ!噛み付かれるぞ!」

「あー、違う違う。タマは怖くないから」

「ポチに引き続きタマって……」


警戒する来夢と鴉を他所に、近衛のネーミングセンスの無さに呆れるましろ。


「少年、どうしてここに?立ち入り禁止区域のはずだよな?まさかココまで探偵業をこなしに?」

「それを言うなら近衛さんこそ……」

「お、俺はその、別にダンジョン入って撮れ高目指そうなんて考えちゃいねぇんだけどな!」

「撮れ高……?」

「!?降りろ、望月!」

「へ!?な、なんなんですの!?」


いきなり鴉に呼ばれたことに驚きつつも、来夢は箒から降りた。が、すでに時遅し。ライブ配信は箒で飛んでいた少女に盛り上がりをみせている。


:低かったけど今!!飛んでたよな!!

:魔法少女か何か!?

:まー、モンスターが出てくるようになったんだから、魔法使いが出てきてもおかしくねーわな

:いいなぁ!箒で空飛べるって!!

:ライブ配信に魔法少女乱入

:放送事故っぽい


「ま、ましろさん!何なんですのこれは!?」

「おやおや……。これはボクの時よりも収拾がつかない感じかなぁ……」

「くっ、今から切るのは既に手遅れか」


配信に疎い来夢はましろの肩をがくがくと揺さぶる。鴉はどうしたものかと額を掌で覆った。


:剣の人はコスプレ?

:違う違う。ダンジョン探索者ってやつだろ

:危険犯してダンジョン行って配信しないの勿体な

:もう1人は探偵?

:魔法少女に剣士に探偵ってどんなパーティやねん


「うーん……。これからどうすればいいんだろう……」

『そうさ!僕たちはダンジョン探索者!ダンジョンに巣食う怪異を退治しに来たんだ!』


:うわあシャベッター!!

:小動物が喋るとか、ますます魔法少女


画面のコメントの流れが高速化して見とれなくなる。鴉は拳をわなわなと震わせて怒鳴った。


「おい!お前のところのラプスは何を考えている!?」

「あはは……。何を考えてるのかなぁ、ラプス?」


画面に向かってキメポーズをしているラプスに問い掛けるましろ。


『もう誤魔化しようがないなら、開き直るまでさ』


腕を組むましろの肩の上に登るラプスは、ましろに耳打ちをする。


『大丈夫。今回の件で僕のアップデートが入るから、記憶を回収出来る筈さ』

「画面越しの人間の記憶も?それは無理なんじゃないかな?」

『組織の力を舐めてもらっちゃ困るよ。ーーでも、そうだね。確かに全てをもとに戻すことは出来ない。例えば近衛のチャンネルの登録者数とか』

「それは……。ラッキーだね近衛さんは」


カメラに向かって画面に流れるコメントの質問に受け答えをしている近衛を、ましろは静かに見守っている。


「……どうしますの、ましろさん。この方も一緒に連れて行きますの?」


来夢はましろの制服の袖を引っ張った。ましろは顎に手を当て考え込む。


「近衛さん、ボク達と一緒に最深部まで行きますか?それともここで一度引き返します?」

「決まってるって!一緒についていくさ!」


近衛は力強くスマホ画面を握り締め、高らかに声を上げる。


「……オレはどうなっても知らんぞ。勝手にしろ」


鴉はそう言うとロングソードを腰の鞘に収めた。



◇◇◇



「ほえほえー……」

「どうやらココで行き止まりみたいだね」


ドアに覆い被さる樹木の束。その根は硬く、鵜久森のツインソードでは切れないほどだ。


「向こうがアタリだったってこと?」

「かもしれませんし、私たちと同じく行き止まりだったのかも……」

「おい、鵜久森電話」

「え?ああ、ましろくんにね」


榴姫に促され、鵜久森はましろに電話をかける。


「……あ、もしもしましろくん?こっちの道がどうやら行き止まりみたいで」

『こっちの道はまだ続いているみたいです。合流せずに先に行ってもいいですか?』

「ああ。一刻も早くこのダンジョン事件を解決しないと、ダンジョンに迷い込む一般人が現れてもおかしくない状況だし……」

『それが既にダンジョンに迷い込んでいる人たちがいるみたいで……。さっき1人と合流したんですけど、配信者で話がややこしくなっちゃって』

「は、配信者!?」

『来夢が箒で飛んでいるところが配信で流れちゃって。ラプスはアップデートで画面越しでも記憶が消せる筈だから大丈夫って言ってますけど』

「へ、へえ……。そっちは大変だね」

『とりあえずその配信者とは同行することになりました。今、ボク達は6層にいます』

「そっか。僕らは一度戻るのもアリかな……」


鵜久森はスマホから目を逸らし、赤羽根榴姫を見る。綺羅々と林檎は賛同してくれるとして、榴姫はどうだろうか。何かあったらまた連絡するよと電話を切り、鵜久森は榴姫へ声を掛けた。


「ね、ねぇ榴姫ちゃん」

「何?鵜久森?」


こちらが1学年年上の筈だが、何故か呼び捨てにされる。鵜久森は恐々と電話での内容を話した。


「配信者?ふぅん。あっちは面白そうなことになってんのな」

「お、面白いって……、配信者なんて居たら僕らが戦いにくくなるだけじゃないか!」

「ラプスが記憶消せるんなら大したことにはならないでしょ。寧ろ堂々と見せつけてやりゃいいのよ」


それより、と榴姫は片手でチェリーブロンドの髪を靡かせた。


「ココからどうするの?ましろクンたちと合流する?」

「今から追いかけるには時間がかかるから、僕としては一度地上に戻りたいところだけど……」

「あーあ。これがゲームだったら穴抜けのヒモーとか使ってパパッとアーバン・レジェンド(セーブ地点)に戻れるのにー」


綺羅々がゲーム内のアイテムを欲しがり、背の後ろで腕を組む。


「私は鵜久森さんに賛成しますーーえ?」


林檎が鵜久森に歩み寄った瞬間、地面に這っていた複数の木の根がうねり始める。


「なっ……!?」

「ちっ!!硬くて槍が刺さらない!!」


驚いている間に一行は木の檻に閉じ込められた。木の根の束が一つに固まり、封鎖されていたドアを破壊する。


「これって無理矢理最深部に進むルート!?」

「どうやらそうみたいだな……。おい!鵜久森」

「はいはいわかってますよ!ましろくんに連絡でしょ」


人使いが荒いなぁと鵜久森は呟き、ましろに再び電話をかけた。


◇◇◇


「はい、わかりました!最深部での合流になりそうってことですね」


鵜久森との電話を切り、ましろは来夢たちを振り返る。


「……大変だ。鵜久森さんたちが樹木のおばけに捕まって、今最深部に向かってるみたいなんだ」

「最深部……。一体何が待ち構えているのかしら……」

「何でもいい。ただひたすら切り捨てるのみだからな」

「切り捨てられなかったらどうするのさ」

「それは……、その時は闇魔法や貴様の炎魔法や望月の星魔法で何とかするまでだろう」

「今更ながらだけど、パーティ分けミスったね。向こうには攻撃魔法を扱える人材がいなかったわけだし」

「フン。今更気にしても遅い。早く最深部に到達し、榴姫たちを助けてやらねば」


鴉は足取りを速め、ましろや来夢もそれに合わせる。近衛はやや遅れて反応した。ましろは近衛の顔を覗きこんで声をかける。


「近衛さん、大丈夫ですか。無理しないで下さいね」

「無理も何もしてないさ。ただ、タマといると化け物に遭遇しないなぁと思ってな」

「ーーそう言えばそうだな。そのおっさんと合流してから化け物が出てこなくなった」

「うーん。不思議な能力でもあるのかなぁ。はい、タマ。あーん」


ましろはホワイトロリータの袋を開け、餌付けをしようとタマの目の前にチラつかせる。しかし。


ガブッ


「ーー痛っ!?」

「ましろさん!?」

「ったく、何をしてる月影!?」


タマに噛まれた指先から血が流れている。来夢は急いで綺羅々特製の救急箱を取り出し、ましろの指に消毒液を吹きかけ、絆創膏の上から包帯を巻く。


:いきなり負傷

:未知の生物に噛まれたぞ。大丈夫か??

:探偵くんしっかりー!


「おいおい、大丈夫か少年?」

「……だ、大丈夫。と言いたいところなんだけど……」


ましろは額に手を当てた。どうやら熱が出てきたようだ。


「タマさん、毒でも持ってまして?綺羅々さん特製のポーションを飲まれた方が良いのではなくて?」

「ああ、そうするよ……」


ましろは鞄の中を漁り、エナジードリンク風の容器に入った綺羅々特製のポーションを取り出し、フタを開けて一気に飲み干す。


:ポーションあるのかよ

:ただのエナドリじゃねーの?

:ポーションで治る傷なのか?


「未知の生物に噛まれるとは……。全く、少しは警戒しろ!」

「ごめんよ。近衛さんに懐いているし、外見もそんなに怖くないから警戒心が薄れてたよ……」


ポーションを飲み干した後も、ましろはふらふらしている。


「ああ?仕方がないヤツだな!」


半ギレになったまま、鴉はましろを背負う為に跪く。


「あ、ありがとう……!」


ましろは遠慮なく鴉に背負われた。


:男と男の友情

:剣の人、なんだかんだで優しい

:私も熱出したら誰かに背負われたい


「これでは剣が振れん!望月、もし襲われたら迎撃を頼むぞ」

「任されましたわ」


苛立ちを隠せない鴉に、来夢が胸を張って応える。


『階段はこっちみたいだ。もうすぐ8層だよ』

「あと2層もこいつを背負って行かなきゃならんのか」

「あはは……。ごめんよ本当に」

「ましろさん、ゆっくりなさって。あとはわたくしがなんとかしますわ」


身体が熱で重く感じる。ましろは空笑いし、お言葉に甘えて暫しの間眠ることにした。


◆◆◆


「ーーください、起きてください。月影ましろ」

「……ここは?」


ましろは誰かの声に呼ばれ、まだ熱が籠る身体を起こす。樹木の檻の中。来夢、鴉、近衛が倒れたまま気絶している。

スマホを落とした拍子からか、配信も途切れているようだ。

少し離れた場所には鵜久森、綺羅々、林檎、榴姫が居る檻もある。

自分が眠りについた後、一体何が起きたのだろうか。


「ふふ……。気分はどうですか?」


頭には山羊のような2本の角。長い銀髪、黒い羽根を生やした女性が、玉座のような形を成した樹々に腰掛けて、こちらの様子を見ている。


「まだちょっと、ふらふらするけど……」

「魔力はどうですか?」

「魔力って……?」


女性に言われ、ましろは自分の中に流れている魔力の変化に初めて気付いた。


「魔力が馴染んだ、ということは準備が整ったということ」

「準備って、何の話だい?」

「勿論、貴方を我が使い魔にする準備です」

「使い魔?」

「はい。奉仕種族の他に、人間の使い魔が欲しくなりまして。今、こちらではちょっとしたブームなんですよ。人間を使い魔にすることが。ただ、なんの取り柄もない人間を使い魔にしてもなんの面白みもないので、我々は異能を使う物語ソネットハンターに狙いを定めています」

「……みんなをどうする気だい?」

「そうですね。使い魔は幾ら居ても良い……貴方のように落とし子たちに噛ませて、魔力に私の力を馴染ませましょうか。最も、適性がないと死んでしまうかもしれませんが」


クスクスと銀髪の女性は楽しそうに笑う。


「……そうせずに、どうしてボクを起こしたんだい?」

「それは、貴方がこれからどうするのかが見たかったからです。この絶望的な状況で、どういう選択肢を取るのか……」

「ボクが、キミに従うとでも?」


ましろは落ち着いた様子で鞄のポケットからマドラーを取り出して構える。

魔力の流れが今までとは違う。しかし自然と放たれる言葉が頭に浮かんだ。


黒炎ノワール


マドラーの先のスペルカードから黒い炎が舞い上がった。黒炎は樹木の檻を包み込んで焼き払う。身体が地に落ちた衝撃でみんなが目を覚ました。


「あらあら。皆さん、お目覚めのようで」


銀髪の女性は慌てた様子もなく、足を組んでただ目の前で起きている状況を見つめている。


:シュブ=ニグラスだ!!

:なんて?

:豊穣の女神!!千の仔を孕みし森の黒山羊!!


「シュブ=ニグラス?」


起きたばかりだというのに、配信をすぐに再開させた近衛が、有識者のコメントを拾い上げた。


「如何にも。私は千の仔を孕みし森の黒山羊、シュブ=ニグラスです。長いのでグラスでいいですよ」


グラスは玉座の上でにこりと微笑む。


:クトゥルフの中でも、人類に友好的な神!!信徒は恩恵を貰えます!!


「人類に友好的で恩恵を貰えるだって!?」

「まさか、この黒炎の力が恩恵ってこと?ボクは信徒じゃないんだけどなぁ」

「ふふ。私の仔に白いお菓子をくれたじゃありませんか。貴方は立派な信徒ですよ」

「少年が信徒ってこたぁ、おにぎりあげた俺も信徒ってことでいい?別嬪さん、何か俺にもすごい力授けてくれよー!!」

「こ、近衛さん……」


お願いしますと頭を下げる近衛のマイペース加減にましろは一歩引いた。グラスは近衛を一瞥し、困ったように息を吐いた。


「先程も言いましたが、適性がないところっと死にますよ。特に魔力のない者は」


:おじさん、異能は諦めろ

:死んだら異世界転生するかもよ?

:痛い思いするならやめといた方がいいやつ


「ダンジョンで迷子になっていた私の1番小さな仔を、ここまで送り届けてくれたことには礼を言いますが……」

「キキー!!」

「タマ!!」


近衛の側から離れたタマは、グラスの居る玉座の上でのんびりと頭らしき箇所を撫でられている。


「……オレたちが仔を斬っていたにもかかわらず、やけに冷静だな」

「ええ。斬られただけで死んだ仔はひとりもいませんからね」

「ちっ。猫の国と同じく復活するのか?斬ってもキリがないぞ」

「ふふ。月影ましろの黒炎をもってすれば、仔を消し去ることも可能でしょうが」

「……ボクは無益な戦いはしないよ」

『無益じゃないよ!クトゥルフの物語ソネットの中枢核を倒したら豪華すぎるスイーツがーーむぎゅ』


余計なお喋りをするラプスを、ましろはゆるく踏み付ける。


「人類に友好的なら、このダンジョンを元に戻してくれないかな?大変なことになってるんだ」

「ええ。いいですよ」

「って!!ここまでやっといて流石に引き下がりが早いんじゃないかなぁ!?」


あっさりとましろの要求を呑むグラスに、鵜久森がツッコミを入れた。


「ふふ。今回、私はサバトにより降臨した身……。生憎と召喚者はさっさと区域外から逃げ出しています」

「召喚者?一体誰だいそれは」

「探偵、なのでしょう?それは自分で見つけてくださいな」


グラスは玉座から降りると、背伸びをして立ち上がる。


「久々に呼ばれて羽根が伸ばせました。我々は御暇しますが、後始末は任せましたよ」

「うーん、樹々は無くなるけど、壊れたものはそのままってことかな?」

「天変地異でも起きたことで片付けられるのでしょう?」

「痛いところ突くなぁ」

「じゃあ、そういうことで。また会える日を楽しみにしていますよ」


パチンとグラスが指を鳴らすと、千の仔と思わしき樹々たちが一斉に引き始める。空間に穴が空き、樹々たちが吸い込まれていった。


:な、なんだったんだ一体?

:戦わずして勝った?のか……?

:友好的な心の広い方で良かったですね


「……一体誰なんだ?コレを召喚した人騒がせなヤツは」

「サバトと言ってましたから、複数人居ることは間違いありませんが……」


鴉と来夢がそれぞれ思考を巡らす。


「ーーまぁ、いいんじゃないかな。今回もなんとかなったし」

「戦闘になってたら、僕たち負けてたよ、絶対」

「戦闘を回避出来たのも運のうち、でしょ!」

「はぁ。全く、人騒がせったりゃありゃしねー」

「これにて一件落着、ですね!」

『仕方ないなぁ。残滓だけでも回収するよ!これで僕のアップデートが出来る筈だ!』



◇◇◇



人騒がせなダンジョンが突如消失したことにより、御伽街の人々は平穏を取り戻した。破壊された部分を元に戻すには、年月がかかりそうだが、一通りはなんとかなりそうだ。

ラプスの粒子回収により、今回の記憶が消失した人々は一斉に目を覚ますだろう。


「ふぅ。ここでいいかな」


気を失った近衛を運んでいた鵜久森が、御伽公園のベンチに近衛を下ろす。鴉が担いでいた近衛の荷物を添えた。


「全く。配信で魔法少女などと騒がれるのにはもうこりごりですわ」

「配信だなんだと厄介な。出来ればこのおっさんには2度と会いたくないんだが」

「あはは……。近衛さんが巻き込まれ体質なのか、事件が近衛さんを好んでやってくるのかがわからないね」


ましろは困ったように肩を竦める。


「さぁて。ボク達も帰ろうか。夕飯も一緒にどう?」

「いるいるー。ゴチになりまーす」

「おい、榴姫!」

「何?鴉もどうせ腹空かしてるだろ?」

「腹は空いては、いるが……!ちっ」


仕方ない、といった流れで、鴉が先頭を切りスタスタとアーバン・レジェンドのある方角へ向かう。夕飯の支度をするのは僕なんだけどな、と鵜久森がぼやいて後を追った。バラバラと、他のメンバーも公園を後にする。


(近衛さん……。危険に巻き込まれるなら、いっそのこと、何か異能に目覚めてくれれば……)


ベンチで眠る近衛を心配しながら、ましろも公園を後にした。



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