第9話 ノルディスの脅威
一次試験三日目
森の空気は、初日とは別物になっていた。
血と土と焦げの匂いが混ざり、どこを歩いても緊張が肌に張り付く。
それでも、僕たちは落ち着いていた。
魔石は十分に確保してある。
三日目の今、目的地へもどりつつ、ルーシィの仲間サラを探す
僕たちは森の中を、できるだけ争いを避けながら進んでい
「サラはね、ほんとにクールなんだよ」
ルーシィは歩きながら、何度目かの説明をしてくれる。
心配で仕方ないらしい。
「たぶん、どこかで一人でも生きてる。
でも……やっぱり、心配」
「うん。見つけよう」
僕がそう言うと、ルーシィは少しだけ安心した顔をした。
ノクティアは相変わらず静かで、森の気配を読み取っている。
ラビとルビは後方の見張りをしてくれている。
僕たちは、五人になっていた。
その事実が、頼もしかった。
しばらく進んだときだった。
「……あれ」
地面に、何かが倒れている。
最初は倒木かと思った。
でも近づくにつれて、形が違うと分かった。
「……ドアーフ?」
見覚えのある顔だった。
あの、僕に絡んできた連中。
ノクティアの腕を掴んで、地面にめり込まされたドアーフたち。
「縁が深いね」
僕が冗談めかして言うと、ノクティアが薄く息を吐いた。
「……ほんとにね」
でも、その声は笑っていない。
ドアーフたちは、深傷を負っていた。
全身が裂け、骨が浮いて見えるほど。
出血もひどい。
「……ここまでやるなんて」
ラビが低く唸った。
ドアーフは体が頑丈なのに
ここまで傷つけられている。
普通ではない
(……誰にやられた?)
答えは、頭の中にすぐ浮かんだ。
ノルディス。
断定はできない。
でも、あいつなら、やる。
僕はルーシィを見る。
「治せる?」
ルーシィは迷いなく頷いた。
「……はい」
ノクティアが驚いた顔で、僕を見る。
僕とノクティアは、こいつらが嫌いだ。
正直、顔も見たくない。
それでも
「助けない理由には、ならない」
僕がそう言うと、ノクティアは一瞬だけ目を伏せた。
そして、何も言わずに頷いた。
ルーシィが治癒魔法をかける。
柔らかな光が、傷口を塞ぎ、骨を繋ぐ。
血の匂いが、少しずつ薄れていく。
しばらくして、ドアーフの一人が呻き声をあげた。
「……う、……」
目が開く。
そして、僕を見て眉をひそめた。
「……なんで……」
不貞腐れた声。
「なんで助けたんだ」
もう一人も目を覚まし、吐き捨てるように言う。
「敵だろ……」
「人間なんかに助けられた、恥だ……!」
その言葉に、ルビが一歩前に出ようとした。
ラビも、顔を歪める。
ノクティアの目も冷える。
でも、僕は手を上げて止めた。
「いい」
僕はドアーフたちに言った。
「気まぐれだよ」
それだけ。
ドアーフたちは悔しそうに歯を食いしばり、目を逸らした。
僕はそれ以上何も言わず、踵を返した。
「行こう」
ルビとラビは、まだ怒っていた。
「なんで……!」
「気にしなくていい」
僕は淡々と言う。
「僕がそうしたかっただけだ」
最終地点は近い。
森の木々の隙間に、遠く石壁の影が見え始めている。
その時
「ドカンッ!!」
目の前の地面が、崩れた。
土煙が舞い上がり、視界が白く染まる。
咄嗟に後ろへ跳ぶ。
「なに……!?」
ルーシィが息を呑む。
土煙の向こう。
そこに立つ影。
圧倒的な存在感。
ノルディス。
その両脇に、昨日見た護衛の竜人二人。
さらに
僕が蹴りを入れた、あの竜人がいる。
あいつが、僕を睨んでいた。
「見つけた」
低い声が、土煙越しに響く。
次の瞬間、僕の目の前に足が迫った。
「クッ……!」
腕でガードした。
だが、衝撃が違う。
骨にまで響く圧。
腕ごと、めり込むような感覚。
僕は吹っ飛び、木に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
息が詰まる。
全身が熱い。
視界が揺れる中で、聞こえる。
「昨日のお返しだよ」
蹴った竜人が笑っていた。
でも
その笑みは、すぐに消えた。
一瞬で、足が迫る。
「……っ!」
咄嗟にガードするが、今度は竜人が吹っ飛んだ。
ノクティアだ。
完全に、怒っている。
「……お前が僕がやる」
低い声。
それだけで、空気が凍りつく。
僕は歯を食いしばり、立ち上がった。
痛みはある。
でも、ここで倒れたら終わりだ。
「ラビ、ルビ!」
僕は叫ぶ。
「右の竜人、任せた!」
二人は即座に頷く。
「了解!」
「わかった!」
ルーシィは後衛へ。
「ルーシィ、サポート頼む!」
「はい!」
僕はノルディスを見る。
「……お前は、僕がやる」
ノルディスは笑っていた。
人間を馬鹿にしたような笑み。
「面白い。人間が、俺を相手に?」
その声が、癇に障った。
僕の中の闘志が、燃え上がる。
戦闘開始。
1:ラビ&ルビ vs 竜人護衛(右)
ラビとルビが、左右に散る。
強靭な脚が、地面を叩く。
竜人は、剣を構えた。
一撃で潰すつもりだ。
ラビが先に飛び込み、回転蹴りを放つ。
竜人が剣で受ける。
「バチンッ」
ルビが背後から、膝蹴り。
竜人は尾を振り、二人をまとめて払う。
「速いな」
竜人が笑う。
でも、二人は止まらない。
ラビが囮。
ルビが決定打。
昨日の激闘で培った連携が、そのまま出ている。
だが相手も強い。
竜人の剣が、空気を裂く。
ラビの肩が切れる。
血が飛ぶ。
「にぃ!」
ルビが声を上げる。
「大丈夫だ!」
ラビは歯を食いしばり、さらに踏み込む。
脚力が武器の獣人にとって、距離を詰められないのは致命的。
だからこそ、攻めるしかない。
ルーシィの治癒の光が、後方から飛ぶ。
傷が少し塞がり、呼吸が整う。
ラビが叫ぶ。
「今だ!」
ルビが、竜人の剣の軌道に飛び込み、わざと受けるように動いた。
「――っ!」
浅い傷。
その瞬間、竜人の腕が止まった。
一拍。
ラビの蹴りが、顎に炸裂。
竜人の頭が跳ね上がる。
さらに、ルビの連続蹴り。
肋が鳴った。
竜人が膝をつく。
最後に、ラビが全力で跳び、踵を叩き込んだ。
竜人は倒れた。
「……っ、はぁ……はぁ……」
ギリギリだった。
ラビは肩で息をしている。
ルビも唇を噛んでいた。
「勝った……」
2:ノクティア vs 蹴られた竜人
ノクティアの動きは、静かだった。
怒っているのに、無駄がない。
竜人は、顔を歪めて突っ込んでくる。
「調子に乗るな!」
拳が振り下ろされる。
ノクティアは受ける。
だが受けた瞬間、地面が割れる。
「……っ」
ノクティアが、少しだけ後ろへ滑った。
互角。
いや、相手のパワーが上回っている。
竜人は笑う。
「ほら見ろ。ダークエルフでも大したことない!」
ノクティアの眉が、わずかに動く。
その瞬間、竜人の動きが変わった。
トリッキーに回り込み、尾で足を払う。
拳を振り下ろす。
ノクティアの身体が弾かれる。
木に当たり、枝が折れる。
(……ノクティアが押されてる)
僕は一瞬焦る。
だが、ノクティアは立った。
背中の黒炎が、ほんの少し滲む。
「……必ず倒す」
「来いっ」
次の瞬間。
空気が重くなる。
竜人が反射的に距離を取ろうとした。
遅い。
ノクティアの速度が、一段階上がった。
瞬間移動みたいに懐へ入り、掌底。
竜人の腹が沈む。
「ぐっ……!」
息が止まった音がした。
さらに追撃。
黒い炎が、腕に絡む。
炎なのに、燃えるというより喰らう。
竜人の動きが鈍る。
「……な、なんだこの炎……!」
最後は、ノクティアの一撃。
拳ではない。
ただ、指先で額を押しただけ。
なのに竜人が地面に叩きつけられ、気絶した。
ノクティアは肩で息をしながら、涙を滲ませていた。
「……勝って……」
3:僕 vs ノルディス
ノルディスは、最初から本気じゃなかった。
僕を見て、笑っているだけ。
「来いよ、人間」
挑発。
僕は歯を食いしばり、突っ込んだ。
拳を振るう。
蹴りを放つ。
当たると思った瞬間。
視界がずれる。
ノルディスは、そこにいない。
次の瞬間、背中に衝撃。
「ぐっ……!」
木に叩きつけられる。
「遅い」
(……強すぎる)
僕は立ち上がる。
腹が痛む。
肋が軋む。
でも、止まれない。
ノルディスが、火を吹いた。
熱風が森を焼く。
僕は転がって避ける。
皮膚が焦げる匂い。
「どうした? 試験を受けるんだろ?」
ノルディスが、笑う。
「人間が?」
その言葉が、胸を刺した。
僕は飛び込む。
ノルディスの顎を狙って蹴り。
だが受け止められる。
片手で。
足首を掴まれ、投げられる。
地面に叩きつけられる。
視界が白くなった。
(……だめだ……このままじゃ……)
僕は、息を吸い込む。
落ち着け。
僕には守る仲間がいる
守らなければいけない
僕は立つ。
ノルディスの視線が、少しだけ変わった。
「ほう。まだ立つか」
次の瞬間、ノルディスの表情が変わる
空気が震える。
圧倒的な威圧。
足がすくむ
でも、僕は、踏み出した。
(……やるしかないんだ)
ノルディスの拳が迫る。
僕は、ギリギリで避け、腹へ一撃。
だが効いてない。
「甘い」
ノルディスが膝を蹴る。
僕の身体が折れる。
息が止まる。
(……負ける……)
その瞬間、遠くでルーシィの光が見えた。
仲間が戦っている。
ノクティアが怒っている。
ラビとルビが歯を食いしばっている。
(……僕が、折れるわけにはいかない)
僕は、倒れそうな身体を無理やり起こす。
ノルディスが笑った。
「面白いよ、人間」
「だが、終わりだ」
重い一撃が来る。
僕は腕で受ける
骨が、鳴りそうだった。
視界が滲む。
それでも、僕は踏ん張った。
「……っ!」
ノルディスの目が細まる。
「耐えたか」
次の一撃。
僕は避けきれず、腹に食らう。
地面が近づく。
(……終わる……)
その瞬間。
別の気配が、割って入った
僕は誰かに支えられる
ノルディスの背中を大きなハンマーが襲った
「ドンッ」
ノルディスは吹っ飛んだものの地面に着地した
「……誰だ」
(あたたかい)
(誰だ?)
視界が暗くなる。
けれど、確かに感じた。




