第6話 ノクティアの怒り
黒炎が生まれるまで
気づいたら、ルークが遠くにいた。
大きな音と一緒に、世界がひっくり返った。
風。
重力。
身体が空に放り出される感覚。
あのエルフの人が起こした、竜巻。
「……ルーク……!」
叫んだけど、声は風にかき消された。
必死に体勢を整えて、地面に着地する。
足が少しもつれたけど、なんとか立てた。
……かなり、飛ばされたなぁ。
森の景色は、さっきまでいた場所と全然違う。
木の太さも、地面の色も、空気の匂いも。
(ルーク……大丈夫かな……)
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
三年間、ずっと一緒だった。
僕は、ルークがいないと
強くなれない。
「……うぅ……」
目が、熱くなってきた。
泣きながら、森の中を歩く。
涙で視界が滲む。
(会いたい……早く……)
その時だった。
視線。
はっきりと、刺さるような感覚。
「……っ!」
反射的に身体を捻る。
次の瞬間、背後を炎がかすめた。
轟音。
熱風。
「……っ、あぶな……」
避けなかったら、焼けていた。
でもこの魔法。
(……合成魔法……)
複数の魔法を重ねて、威力を引き上げるやり方。
しかも炎属性。
この使い方を好むのは
「……エルフ……」
木々の間から、姿を現した。
十人以上。
表情は、怒りと嫌悪で歪んでいる。
「……ダークエルフ……」
「裏切り者が……」
「悪魔の末裔が……」
何を言われているのか、よく分からなかった。
裏切り?
悪魔?
(……まるで魔族じゃないか……?)
でも
話し合える空気じゃない。
そもそも、僕はルーク以外と話すの、得意じゃない。
(逃げよう……ルークのところに……)
そう思って、後ろに下がった瞬間。
ドカンッ!!
また、爆音。
エルフの魔法
(……まずい……)
あれが何発も来たら、
僕でも、止めきれない。
考えろ。
一人ずつ。
確実に。
僕は、一瞬で距離を詰めた。
一番近くにいたエルフの懐へ。
目が合う。
(え、?)
泣きそうな顔。
(……この人……)
怖がってる。
震えてる。
こんな人が、僕に敵対するのか?
僕は、攻撃を躊躇した。
その瞬間。
ドカン。
衝撃。
そのエルフの身体が、爆ぜた。
土煙が上がる。
「ははっ!」
「やったぞ!」
「ダークエルフを討ち取った!」
エルフたちが、笑っている。
「まんまと引っかかりやがった」
「弱いエルフでも、使い道はあるな」
……何を?
煙の中
僕は、そのエルフを抱きかかえていた。
(……そうか……)
この子には、自爆用の爆破魔法が刻まれていた。
逃げられないように。
拒否できないように。
僕は、爆発の瞬間、
魔法そのものを自分に移し替えた。
代償は大きかった。
背中が、焼ける。
皮膚が焦げる匂い。
「……っ……!」
痛い。
でも
この人を、失うよりは、ずっといい。
煙が晴れる。
エルフたちの表情が、凍りついた。
「……生きて……?」
「爆破が……」
僕は、そのエルフをそっと下ろす。
「……大丈夫?」
エルフは、震えながら僕を見た。
「……な、なんで……?」
「……君は敵じゃないと思ったから」
それだけ言った。
エルフたちは、すぐに立て直した。
「好都合だ」
「まとめて殺せる」
合成魔法が、再び集束する。
……来る。
背中が、熱くて、動きづらい。
(……まずい……)
僕は、助けたエルフを見る。
この人を、守れない。
「……お願い」
小さく、言った。
「今すぐ、ここを離れて」
エルフは戸惑っている。
「で、でも……」
「……いいから……!」
僕は、風魔法を放った。
優しく。
でも、遠くまで。
エルフの身体が、風に包まれて飛ばされていく。
「……逃げて……」
それだけを、願った。
エルフたちのリーダーが、一歩前に出る。
「これで終わりだ、ダークエルフ」
そして、にやりと笑った。
「そういえば、人間もいたな」
その瞬間。
胸の奥が、冷えた。
「……あの人間もこの後狙う」
「人間なんて、足手まといだ」
「どうせ、今頃死んでるだろうけど」
……ああ。
だめだ。
「……やめて……」
声が、震える。
「……ルークを馬鹿にするな……」
止まらない。
何かが、身体の底から湧いてくる。
優しさよりも、
涙よりも、
ずっと深いところから。
怒り。
(……許さない……)
その瞬間。
合成魔法の炎が、放たれた。
巨大な、灼熱の塊。
僕は、片手を前に出した。
炎が、掌に飲み込まれる。
熱。
圧力。
破壊。
全部。
「……っ……!」
次の瞬間。
僕は、地面を蹴った。
一瞬。
気づいた時には、
エルフたちは、全員、地面に叩き伏せられていた。
衝撃波。
木々が揺れる。
空気が、震える。
誰も、立てない。
僕の呼吸だけが、荒く響く。
でも
まだ、足りない。
胸が、熱い。
ルークを、馬鹿にされた。
それだけで、全部が壊れた。
僕は、手を上げる。
そこに生まれるのは
黒い炎。
光を吸い、
熱を喰らい、
感情に反応する炎。
僕の、魔法。
「……ルークに……謝って……」
声が、低くなっていた。
黒炎が、揺らめく。
その時。
南の空で、
何かが、動いた気がした。
(……ルーク……)
来てる。
分かる。
でも
それでも、この怒りは、止まらない。




