第5話 第一次試験開始 サバイバルマッチ
サバイバルマッチ
受付を終えると、僕たちは中庭へと集められた。
想像していたよりも、ずっと広い。
石畳の中央広場を囲むように、高い壁と回廊が続いている。
周囲を見渡すと、どこも人で埋まっていた。
三千人。
数字で聞くのと、実際に見るのとでは、重みが違う。
視線、気配、魔力、闘志。
それらが混ざり合って、空気が重たい。
ノクティアが、僕の袖を軽く引いた。
「……多いね」
「うん……」
人間は、やっぱり僕だけだった。
僕に向けられる視線は、好奇心と警戒、そして明確な侮り。
それでも、もう慣れていた。
ここまで来たんだ。
その時、中庭の空気が一変した。
背筋が、ぞくりと冷える。
回廊の奥から、一人の存在が歩いてくる。
白い翼。
淡く光る輪。
圧倒的な存在感。
天使属。
しかも、ただの天使じゃない。
ハンター協会を取り締まる幹部
この試験の、責任者。
全員が、自然と口を閉じた。
天使属は中庭の中央に立ち、静かに口を開く。
「みなさん」
その声は、決して大きくないのに、
不思議と全員の耳に届いた。
「これより、ハンター試験を開始します」
ざわり、と空気が揺れる。
「ハンターとは、命を賭して国を守る者です」
「力だけでは足りない。知恵だけでも足りない。
心が折れれば、そこで終わりです」
淡々とした口調。
でも、その一言一言が重い。
「毎年、この試験で重傷者が出ます」
「それでも、試験内容は変わりません」
冷たい現実を、感情なく告げる。
「今年の応募者は、三千人」
中庭が、ざわつく。
「合格者は、例年通りだと平均十名」
僕は、思わず息を飲んだ。
三千人中、十人。
天使属は、間を置かず続ける。
「一次試験は」
一瞬、静寂。
「サバイバルマッチ」
僕とノクティアは、顔を見合わせた。
天使属が、背後の巨大な森を指し示す。
「この奥の森に入り、三日間、生き残ってもらいます」
「全員に、魔石を一つずつ配布します」
配られた小さな魔石が、手のひらに落ちる。
「三日後に集計をする」
「その時点で」
天使属の目が、鋭くなる。
「魔石を三つ以上所持している者のみ、二次試験へ進めます」
その瞬間、僕は理解した。
(……一次で、三分の一以下にする気だ)
いや、それ以下かもしれない。
天使属は、最後にこう言った。
「仲間を集め、戦略を立てるのもよし」
「一匹狼で、奪い合うのもよし」
「手段は問いません」
「説明は以上です」
一拍。
「十分間の休憩後、試験を開始します」
その言葉で、中庭は一気にざわめいた。
僕とノクティアは、少し離れた場所で向かい合った。
「……どうする?」
「仲間……いる?」
ノクティアが、周囲を見回す。
見えるのは、同じ種族同士で固まる集団ばかり。
人間と組みたい奴なんて、いるわけがない。
「……二人で行こう」
僕が言うと、ノクティアはすぐ頷いた。
「うん」
僕は、ふと思い出す。
三年前。
裏路地で、僕を助けてくれた、あの小さなエルフ。
(……来てるのかな)
目を凝らして探すけど、人が多すぎて分からない。
「まぁ……いいか」
僕は、無理やり笑った。
「とりあえず、頑張ろ!」
ノクティアも、少しだけ笑う。
その瞬間。
「一次試験、開始!」
合図と同時に
三千人が、散った。
文字通り、四方八方へ。
僕たちは、あまりの光景に一瞬呆然とする。
次の瞬間だった。
目の前に、すっと立つ影。
長い耳。
見覚えのある背中。
「……え?」
振り向いた瞬間、僕は確信した。
あの時のエルフ。
ハンターランキング二位。
「ど、どうして……」
言葉が終わる前に、彼女は杖を振る。
魔力が、一気に膨れ上がった。
「……散りなさい」
次の瞬間。
巨大な竜巻が発生した。
地面がえぐれ、木々が吹き飛ぶ。
「ノクティア!」
叫ぶ間もなく、僕の身体は宙に浮いた。
強烈な風圧。
視界が回る。
ノクティアの姿が、遠ざかっていく。
(……そうか)
空中で、理解した。
今回の一次試験。
ハンターも、試験に介入している。
しかも、目的は明確。
チームを、バラバラにする。
複数で戦わせない。
一人で、生き残れるかを見る。
僕は、東の方へ吹き飛ばされ、
地面に叩きつけられた。
「……っ」
息を整えた、その瞬間。
気づく。
囲まれている。
「誰だ」
現れたのは、五人のドアーフ。
ただの受験者じゃない。
動き。
立ち方。
気配。
(……暗殺部隊)
噂で聞いたことがある。
その中でも、特に強いとされる兄弟。
弟のドアーフが、一歩前に出る。
「兄者、人間は俺にやらせてくれ」
兄は、腕を組んだまま言った。
「好きにしろ」
弟は、にやりと笑う。
「お前ら下がってろ。
俺一人でいい」
巨大なハンマーを、軽々と担ぐ。
普通なら、恐怖で足がすくむ。
でも
僕の胸は、高鳴っていた。
(……やっと、戦える)
弟ドアーフが、凄まじい速度で突っ込んでくる。
僕は、かわした。
次の一撃も。
互角。
ドアーフたちが、ざわつく。
「……おい」
「ほんとに人間か?」
兄ドアーフも、目を細める。
僕は、隙を見て踏み込む。
腹に、一撃。
弟ドアーフは、そのまま崩れ落ち、気絶した。
「……ほう」
兄ドアーフが、一歩前に出る。
「少しは、やるようだな」
次の戦いは、まるで違った。
速さ。
力。
駆け引き。
相手の方が、上だ。
トリッキーな動きに、対応しきれない。
パワーが、さらに上がる。
そして
刃が、腹を裂いた。
「……っ!」
痛みが走る。
でも、勢いは止めた。
そのまま、僕も拳を叩き込む。
兄ドアーフは、吹き飛び、地面に倒れた。
気絶。
残りの三人も、なんとか倒し、
魔石を奪う。
手の中には五つ。
「……やった」
でも、立っていられない。
腹の傷が、深い。
僕は木に腰掛け、目を閉じた。
少しだけ、休もう
その時。
感じた。
強烈な魔力。
南の空。
黒炎の塊が、天を焦がしている。
(……ノクティア)
間違いない。
あの魔力は、ノクティアだ。
しかも
あれは、怒っている。
「……まずい」
僕は歯を食いしばり、立ち上がった。
南へ向かって、走り出す。
ノクティア。
どうか、無事でいてくれ。




