9話:夜空に浮かぶ過去の記憶 ――静かな夜、シオンが思い返す“戦いの日々”
夜の帳が静かに村を包み込む。
シオンはひとり、家の縁側に腰を下ろしていた。頭上には、雲ひとつない夜空が広がり、無数の星が瞬いている。
虫の声だけが、静寂の中にささやかなリズムを刻んでいた。
村の一日は穏やかだった。
だが、こうして夜になると、どうしても心の奥底に沈んだ“記憶”が、静かに浮かび上がってくる。
シオンは、ゆっくりと目を閉じた。
「……あの頃は、夜空なんて見上げる余裕もなかったな」
独りごとのように呟く。
脳裏に浮かぶのは、剣と血と叫びに満ちた日々。
幾度となく繰り返した“戦い”の記憶――それは、まるで夜空に浮かぶ星座のように、消えることなく心に刻まれていた。
ふと、遠い昔の仲間たちの声が聞こえる気がした。
『シオン、前に進むんだ。俺たちがついてる!』
『大丈夫、あなたならきっと世界を救えるわ』
『……でも、戦いの果てに何が残る? 答えを見つけてくれ、シオン』
何百回、何千回と繰り返した転生の旅。そのたびに、誰かと出会い、誰かを守り、誰かを失った。
剣を振るうたびに、世界は救われたかもしれない。
だが、心のどこかで、何かが少しずつ削れていった。
「……結局、俺は何を救いたかったんだろうな」
シオンは、夜空に問いかけるように呟く。
「世界か? 人か? それとも、自分自身か……」
星々は、何も答えてはくれない。ただ、静かに瞬いているだけだ。
かつての戦場――
轟音と悲鳴、魔物の咆哮、仲間の絶叫。
剣を振るい、魔法を放ち、血にまみれて立ち尽くした夜。
勝利のたびに、安堵と虚しさが入り混じる。
『シオン、君は本当に強いな。でも、無理はしないで……』
『勇者様、どうか、どうか生きて帰ってきてください』
どれほどの命を救い、どれほどの命を見送っただろう。
そのたびに、シオンは心の奥底で祈っていた。
「……もう、戦いたくない。誰かを傷つけたくない。平和の中で、静かに生きていたい」
だが、その願いが叶うことはなかった。
世界の危機のたびに、勇者として呼び戻される。
戦いは終わらず、安息は訪れない。
――そして、九百九十九回目の転生。
ようやく手に入れた“戦わなくていい自由な人生”。
だが、その静けさの中にも、過去の記憶は消えずに残っている。
「……戦いの日々は、俺の一部だ。忘れることはできない。けれど、今はそれを抱えたまま、ここで生きていくしかないんだな」
ふと、家の中からミリィの寝息が聞こえてくる。
彼女もまた、かつての“戦い”の中で出会い、失った家族だった。
「ミリィ……。お前とまた、こうして一緒に暮らせることが、どれだけ奇跡的なことか」
シオンは、夜空に向かってそっと語りかける。
「――なあ、みんな。俺はもう、剣を取らない。誰かのために戦うことも、世界を救うことも、もうしない。
それでも、ここで生きていくことを、許してくれるか?」
夜風が、そっとシオンの髪を撫でる。
星々は、静かに瞬いている。
「……ありがとう。お前たちの声は、いつも心の中にある。
俺は、もう逃げない。過去と向き合って、今を生きる。
それが、九百九十九回目の俺の選択だ」
静かな夜、シオンの独白は、夜空に溶けていった。
戦いの日々は、決して消えない。
だが、その痛みも悲しみも、今の自分を支える“根”なのだと、シオンは静かに受け入れていた。
やがて、夜空の星がひときわ強く瞬いた。
それは、かつての仲間たちが「それでいい」と微笑んでいるようにも思えた。
「……おやすみ。みんな。明日も、平和な一日でありますように」
シオンは静かに目を閉じ、夜の静寂の中で、過去と今を繋ぐ“記憶”とともに、眠りについた。




