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6話:村長バルス、のんびりとした応援者  ――村の顔役との初対面と、村の伝説

昼下がりのエルデン村は、どこかのんびりとした空気に包まれていた。畑仕事を終えたシオンは、汗をぬぐいながら家の前で一息ついていた。ふと、遠くからのんびりとした足音が近づいてくる。

 道の向こうから、丸い体つきの中年男性が、手を振りながら歩いてきた。彼の名はバルス・ドラン――エルデン村の村長であり、村人たちからは「バルスさん」と親しみを込めて呼ばれている。


「おーい、シオンくん! ちょっといいかね?」


 バルスは、にこやかな笑顔でシオンに声をかけた。

 シオンは立ち上がり、軽く頭を下げる。


「こんにちは、村長さん。……何かご用ですか?」


「いやいや、用ってほどのことじゃないんだがね。新しい村人には、村長としてちゃんと挨拶しなきゃと思ってな。ほら、これ、うちの畑で採れたリンゴだ。よかったら食べてくれ」


 バルスは、手提げ袋から真っ赤なリンゴをいくつか取り出して差し出した。

 シオンは少し戸惑いながらも、ありがたく受け取る。


「ありがとうございます。……村の皆さん、本当に親切ですね」


「はっはっは、エルデン村は小さい村だからな。みんなで助け合わないとやっていけんのさ。困ったことがあったら、何でも相談してくれよ。わしはのんびりしてるが、頼りにはなるつもりだ」


 バルスは、どこか抜けたような笑顔でそう言った。

 シオンは、村長の人柄に少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。


「……村長さんは、ずっとこの村に?」


「そうさ。生まれてからずっとエルデン村だ。父も祖父も村長だったから、わしも自然とこの役を継いだ。まあ、立派なことは何もしてないがな」


「そんなことはないと思います。村の皆さんが安心して暮らせるのは、村長さんのおかげじゃないですか?」


「おお、そう言ってもらえると嬉しいな。……でも、わしはただ、みんなが笑って暮らせればそれでいいと思ってるだけさ。村の仕事も、畑も、祭りも、全部みんなでやるのが一番だ」


 バルスは、腰を下ろしてシオンの隣に座った。

 リンゴをひとつ手に取り、ナイフで皮をむき始める。


「シオンくん、都会から来たんだってな。どうだい、村の暮らしは?」


「……正直、まだ慣れません。畑仕事も初めてで、毎日が新鮮です」


「それでいいんだよ。最初から何でもできる人間なんていない。わしだって、村長になったばかりの頃は失敗ばかりだったさ。……あ、そうだ。村の伝説って、もう聞いたかい?」


「伝説、ですか?」


「そうそう。エルデン村にはな、昔“勇者様”が住んでいたって言い伝えがあるんだ。村の外れの森には、今でも勇者の剣が眠ってるって話でな。子供たちはよく“勇者ごっこ”をして遊んでるよ」


 シオンは、思わず苦笑した。


「……勇者、ですか。そんな人が本当にいたんですか?」


「さあなあ。わしが子供の頃から聞かされてきた話だが、真偽のほどは分からん。ただ、村の人たちはみんな、その伝説を大事にしてる。困ったときは“勇者様が見守ってくれてる”ってな」


「……心の支え、なんですね」


「そうだな。村は小さいし、時には魔物が出ることもある。けど、みんなで力を合わせて乗り越えてきた。勇者様の力じゃなくても、知恵と助け合いで何とかなるもんさ」


 バルスは、リンゴをひと切れシオンに差し出した。


「ほら、食べてみなさい。うちの畑の自慢のリンゴだ」


「……いただきます」


 シオンは、リンゴを口に運ぶ。甘酸っぱくて、どこか懐かしい味がした。


「美味しいです。こんなに美味しいリンゴは、久しぶりです」


「はっはっは、そうかそうか。うちのリンゴは村一番だと自負してるんだ。……あ、そうだ。今度の村祭り、シオンくんもぜひ参加してくれ。新しい人が加わると、みんな喜ぶからな」


「……祭り、ですか。どんなことをするんです?」


「大したことはしないさ。みんなでご飯を食べて、歌って、踊って、子供たちが走り回るだけだ。でも、それが一番楽しいんだよ。村の伝説の“勇者様”にちなんだ劇もやるんだ。リアナが主役をやることが多いな」


「リアナさんが……。それは、楽しみですね」


「うむ。リアナは明るくて、みんなの人気者だからな。シオンくんも、すぐに村に馴染めるさ。困ったことがあったら、遠慮なくわしに言いなさい。のんびりしてるが、頼りにはなるつもりだ」


 バルスは、もう一度同じ言葉を繰り返した。

 その言葉には、不思議な安心感があった。


「……ありがとうございます。村長さんがそう言ってくれると、心強いです」


「おお、そうかそうか。……あ、そうだ。村の地図はもうもらったかい?」


「はい。リアナさんからいただきました」


「それはよかった。村は小さいが、迷うこともあるからな。あとは、村のしきたりも覚えておくといい。困ってる人を見かけたら、三度は声をかける――これがエルデン村の掟だ」


「三度、ですか?」


「そう。最初は遠慮して断る人もいるが、三度目には素直に甘えてもらう。それが村の流儀さ。シオンくんも、遠慮せずに頼ってくれよ」


「……分かりました。ありがとうございます」


 バルスは、立ち上がって大きく伸びをした。


「さて、そろそろ畑に戻るか。リンゴの世話もしなきゃならんしな。シオンくん、また困ったことがあったら、いつでも声をかけてくれ。わしはのんびりしてるが、村のことなら何でも知ってるつもりだ」


「はい。これからも、よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく頼むよ。……あ、そうだ。今夜はうちで晩ご飯を食べていかないか? うちのカミさんが、シオンくんに会いたがっててな」


「……いいんですか?」


「もちろんさ。村の新しい仲間は、みんなで歓迎するのがエルデン村のしきたりだ。遠慮はいらんぞ」


「……ありがとうございます。お言葉に甘えます」


「はっはっは、それでいい。それじゃあ、夕方になったら迎えに行くから、楽しみにしててくれ」


 バルスは、のんびりとした足取りで畑へと戻っていった。

 シオンは、手に残るリンゴの重みと、村長の温かな言葉を胸に、静かに空を見上げた。


「……村の伝説、か。勇者様が見守ってくれている――か」


 その言葉が、どこか心に響いた。

 エルデン村ののんびりとした日常の中に、確かに息づく“伝説”と“支え合い”の精神。

 シオンは、少しずつこの村の一員になっていく自分を感じていた。

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