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47話 シオンとエミリア発掘 二人で村周辺の遺跡や古井戸を調査する場面。

 初夏の夕刻。村のまさかに雑木林を抜けた先に、今では誰も使わない古井戸があった。


「子供たちがふざけて落ちたら大変だから……だから昔から近寄らないんだよ」

リアナが心配そうに説明してくれて受け入れて、微細を考えるように手を動かしながら、エミリアは井戸正面を抜けた。


「……ただの古井戸には見えないわね。魔力の気配が残っている」

「俺も感じてる」 シオンは眉をひそめて眺めていた。


 なんだかんだの末、この日はシオンとエミリアの二人で古井戸の調査に関わることになったのだ。



 井戸の外壁に触れると、冷たい感覚が手を走った。


「封印?」

「古い魔法陣が彫られている。素人目にはただのひび割れに見えるだろうけど」


 二人は慎重に周囲を調べながら、草むらをかき分けて。 井戸を囲む石はところどころ崩れ、苔に隠れる標識が読めなくなっていた。


 シオンがふと口を開く。

「宮廷で働いてたとき、こんな遺跡を調査するのはあんたの日常だったのか?」


 その声には、淡い誇り時々苦味が滲んでいる。



「なあ、エミリア」

「何?」

「お前は……怖くなかったのか?人を見て頑張ってるだなんて、誰からも恨まれる立場だろ」


 一瞬、エミリアは目を閉じ、静かに言葉を選ぶ。


 彼女の声は夜が降りかかるように低い。


 シオンは小さくうなずく。


 二人の告白が、古井戸の静謐に吸い込まれていく。



 エミリアは井戸の内壁に刻まれた模様を指でなぞった。


「……古い封印術だ。水脈に魔力を流し込み、何かを閉じ込めていた痕跡がある」


「何か?」

「……わからない。でも、ただ水の井戸ではない」


 二人は縄を垂らし、内部を覗き込む。底には濁った水があるように見えたが、その水面の奥から、歪んだ紋の光が揺らめいた。


「これは……」


 「魔力の残滓よ。放っておけば、意図せず暴発するかもしれない。村人が近づかなくて正解だった」


 「子供たちは遊び半分で近づかなくてよかった……」



 二人は井戸の周囲に座り込み、一切の沈黙を共有した。


 「今は確かに危険は眠っているだけ。でも水脈に沿って滲み出れば、作品にも、人の身体にも影響が出る可能性がある」


「……黙っているわけにはいかない、か」

「ただ、恐怖を煽るわけにもいかない。魔法は『便利で怖い』と、あなたが知っているでしょう?」


 「俺が先に村長に話そう。あんたの正体を隠したままで、危険な匂いだけを伝える」


「……ありがとう」

 エミリアはホッと安堵の吐息を零す。



 空は茜色から藍に変わり始めていた。 井戸の底から微か立上る光が、まるで二人の心の奥の傷を映すかのように見えた。


「シオン。あなたは過去を背負いながらも、この村に居場所を作ろうとしてる。私も……同じように場所を求めているのかもしれない」


 「なら、一緒に作っていけばいい。俺が“逃げ込んだ”この場所に、お前も一線を越えて、仲間になればいい」


「……そうできたら、ちょっと楽だ」

 エミリアは小さく笑みを見せた。その笑いは、都にいた頃の凛とした仮面を脱ぎ捨てて、儚く温かいものには違いなかった。


 翌朝。二人は村長バルスの家を訪れ、昨夜古井戸での調査結果を伝えた。

 エミリアは余計な魔法の専門用語を避け、とりあえず「井戸に不穏な力が残っているかもしれない」という形で報告をまとめた。


「……ふむ。長年、誰も向いてつかぬにはそれなりの理由があったか」

村長は深く聞き、白髭を撫でる。



「……正直に全部話したわけではないけど 、これが承知です」

「知らずに怖いがるよりは、よほどいい」 シオンは淡々と答えた。



 数日後、井戸を封じる作業が行われた。グレンが板を打ち、大工達の周囲に視線を向ける。


「どうしてどうちゃダメなんですか?」

「……とは、眠った“悪い力”が残っているからよ」

「こわいけど、エミリアちょっとが見つかったんだろ?」

「なのに便利魔法……って、やっぱり不思議だね」



「 子供たちの無邪気な言葉に微笑む大人もいれば、複雑な面持ち曇っていた。」


 便利さと危うさ、その両方が村人の会話に表れていた。



「……あんたがいなきゃ、この村の危機には誰も気づかなかった」

「それでも、私は監視のためにここに来た。その延長で調べていただける」

「それでも、助けになったのは事実だ。みんな認めて」


 「……都では、誰かを助けても常に『別の目的』を疑われた。ありがとう、と真正面から言われた記憶なんて……ほとんどない」


 シオンはその言葉を聞いて、ゆっくりと笑った。

「なら、今ここで言う。――ありがとう、エミリア」


 短い沈黙の後、彼女の頰が夕日に染まった。



 数日後、井戸の封印作業が進む中、エミリアは夜ひとり、またあの古井戸に立っていました。


「完全に消えたわけじゃない……。でも、この村の人々には知らなくていいこと」



「やっぱり来てたか」

「眠れなくて」

「 俺もだ。……残響がまた動くことはあるのか?」

「可能性はある。でも、いまはあの静か。危険は当分ないはず」



 二人は夜風に吹かれながら、その残響音を静かに受け止めた。



 「……俺とお前は、どっちも都で影に縛られてきた。でも、この村なら……その影の残響さえ意味になる気がする」


「意味……?」

「便利で怖いもの、『怖い』と教えられるのは俺たちだけだ。あの井戸を、子供たちに『手を出すな』と伝えられるのも」


 エミリアの瞳が揺れて、少しだけ微笑んだ。



「過去は変わらない。でも、俺達ここで未来は出来る。……村と一緒に」

「ええ」

「だから……これからも調べよう。どんな古い影があっても」

「……ふふ、頼りにしてるわ、勇者様」

「やめろ、その名」


 二人の笑い声は夜の林に溶けて、ほんの少しの間村の未来を照らしていた。



 古井戸の発掘は、都の影を知らない二人が村の先に歩み出すきっかけとなった。便利さとうさ。過去と未来。

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