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43話 シオンとの再会農道での偶然の邂逅。

 エルデン村の朝はゆっくり静かな目覚めを迎えています。 朝露の残る麦畑、そのままを縫うように続く土の農道。 エミリアは薬草探しの振りをして、村境の農道沿いを歩いていました。


 まだ旅の装束の名前残りを残したまま、広がる田園の風に包まれながら、彼女は心の奥底を締め付ける使命を反芻していた――「シオン=クレストリア、その位置と動き静を様子見」。


 道先、軽く肩を落として歩いてくる青年の姿。野良着をまとい、鍬を迷った自然な佇まい――だが、その顔には見覚えがあった。エミリアは一瞬立ち止まり、息を呑む。


「……シオン?」


 その声は、思わず漏れたものものだった。青年は驚いたように顔を上げ、数秒の沈黙のち、ゆっくり声を返した。


「……エミリア、なのか?」


 二人の間を、初夏の日差しがゆるやかに満たしていく。麦畑のざわめきが、過去のざわめきと重なった。



「……ひさしぶり、だな」


 シオンは鍬をかすかに手元で握りしめ、意識的に距離を保とうとしていた。 エミリアも、都での威厳をむやみに纏おうとせず、縮小会釈を返す。


「こんなところで会うとは、思わなかった。」


「私も。あなたがここにいるなんて……少し、信じられない」


 記憶の底に横たわる、都の宮廷の高い窓、魔法の研究台、剣戟の音、そして静かな図書室――かつての仲間、同じ孤独を分け合った日々。すべてが、ここではあまりにも遠く、現実離れしていた。


「……元気にしていたの?」


「もしかして……なんとか。ここじゃ“勇者”なんて誰も覚えていない。畑を耕すくらいしか、やることも無い」


 その言葉には、意識的な平静とどこか懐かしい念が滲んでいた。 エミリアは彼を見つめ、ゆっくりと質問をした。


「都が出てから、ここでずっと?」


「旅をして、流れてきた。あんたは……まだ宮廷の魔導士なのか?」


「もう違う。いろいろあって……都を離れて、今は薬草を探している。表向きはね」


 二人の言葉が交錯するたび、解放的な空気がわだかまりのように漂った。



 エミリアは、無意識のうちにシオンの表情を観察していた。目の奥に隠されている疲労と諦め、しかし何かを探るような微かな光。


(……彼は、変わったことで、変わっていない)


「シオン、……あなたは、何から逃げてきたの?」


「……逃げたんじゃない。ただ、生きていく場所が、ほしかっただけだ」


「本当に、“それだけ”なの?」


 静かな声。シオンは答えを急がず、麦畑の奥を見つめてから小さく口を開いた。


「都じゃ……強くなきゃいけなかった。英雄だなんて言われて、みんなの前で鎧を着て、自分を偽ったまま生きてきた……でも、もう逃げる必要がないと思ったんだ、ここでは」


「みんな、あなたのことを知っているの?」


「いや。誰も知らない。村では名前すら伏せてる。過去なんて……話のが怖いだけさ」


 エミリアはその言葉に複雑な感情を覚えた。 「監視者」としての距離感――都で警戒監視された警戒と義務。



「エミリア、君は……今も魔法使えるんだろ?」


「ああ。使えるけど、ここではあまり使わないようにしている。便利すぎて、村には合わないような」


「魔法は時に……怖がられるからな」


「あなたといた頃は、そんなこと考えなかった。魔法も剣も、“強さ”がすべてだった」


「強さなんてもの、もうどうでもいい……と、言えたら楽なんだけど」


 その静かな告白の中に、傷と許し、今は癒えない痛みが色続いていた。



 会話はしばし途切れ、風が麦をよぐ。


 シオンは、エミリアから微かに身を守っている。 しかし問題だけは何度も揺れて、正面から彼女を見据えることはできなかった。


「怖い?」


「……過去すべて切りだ。戦った日々、裏、失敗……そして、いま“逃げている自分”も」


「逃げていても、生きていれば、とにかくいい。私もそう思いました」


「宮廷を……捨てたのか?」


「『捨てられた』というより、はじき飛ばされたのね。魔導士になっても、誰からも見張られてばかりだったから」


「ここ、ここに来た?」


「監視するために。『お前』を、ね」


 な静かながら重い言葉が、農道の上に落ちた。シオンの表情が、一瞬鋭く強張る。


「……やっぱり、かそう。俺は、見張られるくらい危ない奴なのか」


「そうじゃない。都は……何でも怖かった。でも、あなたの弱いも、強も、本当に知っているのは「誰」なのか、私にも知らない」



 麦畑を抜けた農道途中、二人は立ち止まり、後戻れない過去を静かに見つめていた。


「シオン……監視のためにここに来た。でも、あなたを見て……本当に“途中”をしているような気分になる」


「なんかなんかじゃない。みんな、誰か見守ってる。そのやり方が違うだけだ」


「私は、あなたに“何者か”であってほしいの?」


「もう、誰でもいい。俺は俺でいたいだけなんだ」


 その言葉に、エミリアはやっと小さな笑みを浮かべる。



 長い沈黙が、農道を満たした。

 真っ直ぐな道彼方には、麦畑と青い空、そしてかつて都の石畳で交わした言葉が遥か遠く霞んでいる。


「……あんたは今、幸せか?」


 シオンが問いかける声は、とりあえずなんとなく期待が混ざっていた。

 エミリアは問題を急がず、違和感を抱えながら空を見上げる。


「わからないわ。都にいたころは、幸せなんて形があると思ってた。でも……ここに来て、ただ過ごすだけで『生きている』という実感が、少しずつ滲んできたような気がする。」


「……贅沢だな」


「あなたにとってはどうなの? 村で暮らすこと、過去を隠すこと……それは『許し』になるの?」


「赦しじゃない。……生き延びるには、誤魔化すしかなかった。都いつも誰かの悩みの中、“勇者”の仮面でしか立っていられなかった。でも今は……田んぼで鍬を賭けてしか役に立たない。では誰も俺を英雄って呼ばない。それが一番、楽しいんだ……怖いぐらいに。」



「嘘はついてない?」


「ついてない。だが隠してる。村には私の“本来”なんて知られていない。――やっぱり思ってる。」


 エミリアは、ゆっくりと歩み寄る。 しかし、監視者として与えられた使命が、無言の壁となって二人の間を阻止する。


「私は今、あなたを見張っている。でも……心の底では、あなたに『自由』を与えたいとも思っている。不思議ね、約束は重いはずなのに、その重さが少しだけ、愛おしく感じる。」


「監視なんて、私にとっては……都で過ごした日々の続きだ。だけど、あんたがこうして素直に話してくれるなら、少しは救われる気がする。」


「救うつもりはない。ただ、知っておいて良かった……あなたが『嘘のない』毎日を送れる場所にたどり着けるかを。」



「お前と過ごした日々は……」

 シオンは思い出を手繰り寄せる言葉を選ぶ。


「……孤独だった。だけど、君だけは、夜中に魔法の研究台でくだらない話したり、剣の柄を待ってて忘れたりもできた。」


「私も。宮廷では誰とも正直に話せなかったけど、シオンには魔法の真理とか、人間の弱さとか……何でも話せました。」


 二人は思いの他近い場所になって、どこか同じ闇を分かち合ってきたのだと、今気づきました。



 沈黙のあと、エミリアが考えて考えてみた。


「この村で……新しく生き直すことはできると思う?」


 シオンは、鍬の柄を床に押し当てて、少し考えてから。


「俺はまだ足りてる。強も、勇者も、魔法も、全部過去のことかもしれない。でも村人“普通の一日”に勝てば、誰でも無力で優しくなれる。……君も一緒に、嘘や仮面を脱ぎ捨てて生きられたら、それが一番心配だと思う。」


「監視も、任務も、ただの仮面……実は私も、ここに来た理由なんてどうでもよくなればいいのに。」


「そうなるまで、少しだけ時間がかかる。田舎は、心の泥を洗い落とすには、何よりもいい場所かもしれない。」



 麦畑の端、村へ続く道に二人は並んでいた。


「シオン、しばらくここにいるつもりだ。あなたを見守るために、そして……自分自身の答えを探すためにも。」


「遠慮はいらない。俺も『誰かに見守られてる』ぐらいが、ちょうどいいのかもしれない。今度、村の人たちにも紹介するよ。」


「その前に、鍬をもう少し使えるよう、教えてもらわなきゃね。」

 微笑みながら、エミリアの声にかすかな安息が滲んだ。


「明日は雨みたいだ。畑は滑るから、気を付けて歩けよ。」


「ありがとう。……また、話せる?」


「ああ。いくらでも。」


 新しい一日の始まり。

 監視者と元勇者――過去を隠し、戸惑いながらも、村という小さな世界、新たな物語を歩き始めます。


 その夜、エミリアは小さな窓から星空を眺めていた。過去への悔恨も、使命の重さも、少しだけ遠ざかっていく。誰かを見守るために来たはずの村で、誰かと「共に生きる」希望が、静かに胸に灯っていた。

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