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4話:雑貨屋の娘と村のしきたり  ――エルデン村流の“親切”に戸惑うシオン

 朝の仕事を終えたばかりのシオンは、畑の隅で鍬を洗っていた。土の匂いが指先に染みついている。ふと顔を上げると、リアナが小走りでこちらに向かってくるのが見えた。両手には、昨日と同じように大きなかごが抱えられている。


「シオンさん、お疲れさまです! 今日も畑仕事、頑張ってますね」


「おはよう、リアナ。君は本当に元気だな。……そのかごは、また何か?」


「はいっ! 今日はうちの店で焼いたクッキーと、村のみんなからの差し入れです。ほら、グレンさんが焼いたパン、エミリアさんが作ったハーブティー、バルスさんの家のリンゴも入ってます!」


 リアナは、きらきらと目を輝かせてかごを差し出す。シオンは少し戸惑いながら、それを受け取った。


「……こんなにたくさん。昨日もパンやチーズをもらったのに、いいのか?」


「もちろんです! エルデン村では、新しい人が来たら、みんなで歓迎するのがしきたりなんです。困ってることがあったら、何でも遠慮なく言ってくださいね」


「……しきたり、か。都会では、隣人の顔もろくに知らなかったからな。こういうのは、慣れていなくて……」


 リアナは、くすっと笑う。


「最初はみんな戸惑いますよ。でも、すぐに慣れます。村の人たちは、誰かが困っていたら放っておけないんです。あ、そうだ! 今日は雑貨屋にも寄っていきませんか? 母がシオンさんに会いたいって言ってました」


「……雑貨屋、か。君の家だな?」


「はい! うちは村で一番古い雑貨屋なんです。何でも揃ってますよ。お鍋も、釘も、布も……あ、もちろんお菓子も!」


 リアナに手を引かれ、シオンは村の中心にある雑貨屋へと向かった。木造の小さな店は、朝の光を受けて優しく輝いている。扉を開けると、店内には乾いたハーブや石鹸の香りが漂っていた。


「お母さん、シオンさんを連れてきました!」


 奥から、ふくよかで優しげな女性が現れる。


「まあまあ、ようこそいらっしゃい。あなたがシオンさんね? リアナから話は聞いてますよ。都会から来たんですって?」


「……ええ、まあ。まだ村のことは何も分からなくて」


「大丈夫よ。困ったことがあったら、何でも言ってちょうだい。村の人たちは、みんな家族みたいなものだから」


 シオンは、少しだけ肩の力を抜いた。


「ありがとうございます。……本当に、みなさん親切で」


「親切が過ぎるくらいかもしれませんね。うちの村では、“困っている人を見かけたら、三度は声をかける”って昔から言われてるんです。遠慮は無用ですよ」


 リアナが横から口を挟む。


「でも、シオンさん、ちょっと戸惑ってるみたい。都会では、こういうの珍しいんですって」


「そうなの? じゃあ、これからはもっと遠慮なく甘えてもらわないとね。あ、そうだ。今度の村祭り、リアナと一緒にお手伝いしてくれない? 新しい人が加わると、みんな喜ぶのよ」


「……祭り、か。昔はよく見かけたが、参加するのは初めてかもしれない」


「大丈夫です! シオンさんなら、すぐにみんなと仲良くなれますよ」


 リアナは、シオンの手を取り、店の奥へと案内する。


「見てください、これ。村で一番人気のクッキーです。シオンさん、甘いもの好きですか?」


「……嫌いじゃない。むしろ、好きな方かもしれない」


「じゃあ、これも持って帰ってください。あと、畑仕事用の手袋も新しいのを用意しました。昨日のはちょっと小さかったみたいなので」


「……至れり尽くせりだな。本当に、君たちの親切には驚かされる」


 リアナは、少しだけ誇らしげに胸を張る。


「エルデン村は、小さいけど、みんなで助け合って生きてるんです。だから、誰かが困ってたら、みんなで手を貸すのが当たり前なんです」


「……そうか。都会では、誰かが困っていても、見て見ぬふりをする人が多かった。だから、こういうのは、少しだけ……怖いくらいだ」


 リアナの母が、優しく微笑む。


「怖がることなんてないのよ。人は一人じゃ生きていけないもの。だから、こうして手を差し伸べるの。シオンさんも、いつか誰かに手を貸してあげてね」


「……はい。できることがあれば、俺も力になりたい」


「それで十分よ。あ、そうだ、これも持っていって。村の地図と、みんなの名前が書いてあるリスト。最初は覚えるのが大変だけど、すぐに慣れるから」


 リアナが、そっとシオンの耳元で囁く。


「うちのお母さん、ちょっとおせっかいなんです。でも、悪気はないから、安心してくださいね」


「……分かった。ありがとう、リアナ」


 雑貨屋を出ると、村の通りには、すでに何人かの村人たちが集まっていた。


「おや、シオンさん。今日は雑貨屋に行ってたのかい?」


「うちの畑で採れた野菜、よかったら持っていって」


「困ったことがあったら、いつでも声をかけてね!」


 次々と声をかけられ、シオンは戸惑いながらも、ひとつひとつ丁寧に頭を下げた。


「……本当に、みんな親切なんだな」


 リアナは、隣でにっこりと笑う。


「はい。エルデン村は、みんなで支え合って生きてるんです。シオンさんも、これからはその一員ですよ」


「……そうか。なら、俺も少しずつ、この村に馴染んでいきたい」


「大丈夫です! 私が全力でサポートしますから!」


 昼下がり、シオンは再び畑に戻った。手には、村人たちからもらった野菜やパン、手袋や地図がずっしりと重い。


「……これが、“親切”ってやつか。悪くない。むしろ、ちょっと……嬉しいかもしれないな」


 そう呟いたとき、ふいに背後から声がした。


「シオンさん、今夜はうちで晩ご飯どうですか? 母が、ぜひご一緒にって」


 リアナが、少し照れくさそうに立っていた。


「……いいのか? 迷惑じゃないか?」


「迷惑なんて、とんでもないです! うちはいつも賑やかな方が楽しいんです。シオンさんが来てくれたら、父も母も喜びます」


「……じゃあ、お言葉に甘えて。今夜はお世話になるよ」


「やった! じゃあ、夕方になったら迎えに来ますね!」


 リアナは、ぱたぱたと駆けていった。シオンは、空を見上げて小さく息を吐く。


「……不思議な村だ。だが、悪くない。こういうのも、悪くない」


 エルデン村流の“親切”に、少しずつ心がほどけていくのを感じながら、シオンは静かに畑に鍬を入れた。

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