38話 勇者像の違い ──昔話の中の『英雄』と、村で尊敬される『鍛冶屋』の違い。
日が落ちかける広場には、村人たちが一日を振り返りながら集まっていた。 その
輪の中央近く、グレンとシオンが腰を下ろす。
「なあ、シオン。お前さ、勇者って何だと思う?」
「……また、急に難しい話をしますね」
シオンは少し笑みを浮かべながら、小石を足で転がした。
「昔話に出てくる英雄だろう? 剣一本で悪しきものを討ち、村や国を救う。子供の頃は僕も、そんな話に胸を躍らせた」
「俺もそうだったよ。ガキの頃、本気で『強くなれば全部うまくいく』って思いました。だけどさ……年を重ねて、どんどん違う景色が見えてきたんだ」
リアナや他の村人も、興味深そうに二人の間の空気を感じてみます。
「昔話の英雄ってのは――わかりやすい。退竜治、魔王討伐、村の娘を救う。剣を振って、ただ勇敢で……」
「でも実際の村は、誰もが英雄になれるわけがない」
グレンは手元の汚れた鍛槌を見つめる。
「私の仕事は剣を振るうことじゃない。鍬や包丁、曲がった蹄鉄を途中で変えるほうがずっと多い。昔は『こんな地味な仕事、英雄の物語にならない』と思ってた」
リアナが口を開く。
「でも、グレンさんが道具を直してくれるから、うちは毎日が回ってます。英雄だって皆、きっとお腹も空くし、畑だって耕さなきゃいけないはずなのに」
「英雄の剣と、村の鍛冶屋の鍬――比べてみると、どれが“勇者”なんだろうね」
「結局よ、俺には誰かを剣で守る胸も、世界を救う勇気もなかった。だけど、人が困った顔だと、またどう放っておけなくてな……」
「それでは十分じゃないですか。僕も、もうすこし勇気があれば」
「勇気ってな、でかい声で叫ぶもんじゃない。失敗して、泥まみれで、それでも『もう一回やろう』って言えるのが本当だと思う」
鍛屋冶の手は、土や灰にまみれながらも、確かに誰かの日常を支えていた。
シオンは、渋い顔でうつむく。
「僕は、昔“剣で人は守れる”って信じてた。誰かのために、と。だけど、守りきれなかったものの重さ、手の届かない現実……が恐ろしくて、剣を覚悟たんです」
「剣を言ったから、見えるものもあるんじゃないか」
「そう思いようになったのは、ここで“暮らす”ということに気づいてから。小さな幸せや、誰かの『ありがとう』に救われることもある。英雄じゃない、生きるだけの日々が尊いって……この村に来てようやくわかった」
「――英雄は誰もできないもんじゃないけど、誰かの『日常』を支えるのは、誰にでもできる仕事。でも簡単、にはできない。誇りが要るんだ」
「剣覚悟勇気も、手を差し伸べ続ける強さも……どちらも本物なんですね」
「シオン、君は自分が勇者だと思うか?」
「今はまだ、胸を張って言える自信はありません。でも……大事な人を守ろう足掻く自分を、否定する必要はないかなって。みんなと一緒に歩むこと、失敗から立ち直ることが『勇者』なのかもしれない」
子供達が寝静まった広場。
火の残り香が漂う中、グレンは呟く。
「昔話の英雄は、いつも一人で剣を振っているイメージだった。でも俺にとって『勇者』は、みんなと一緒に生きて、泣いたり、笑ったりできる人間なんだ。道具も村も、そうやって続いていく」
「僕は“英雄”にはなれなくても、“仲間”やこの村の面として、生きる意味を見つけていきたい。その中に、きっと“本当の勇者”がいると思うんです」
星空のもと、二人の議論が交わる。
「英雄の物語はどれもすごい。でもな、その影にはお前みたいに気付かなくて考えて、また歩き出す連中がいるはずなんだ」
「そして、道具を作る人も、支える人も――どんな小さな手も、村の明日に繋がっている」
「そう。村の誰もが“勇者”になれる。――それなら英雄譚よりも、この村で過ごす物語のほうが、ずっと俺には誇らしいよ」
昔話の英雄物語は
遠い憧れとなったが、今ここには、「等身大の勇者」たちが生きている。
翌日、村の広場には子供たちが駆け回り、大人たちは農作業の合間に雑談している。
グレンとシオンは農具の手入れをしながら、先日の話の続きを自然に始めました。
「村ではな、昔話のような英雄はよく聞くけど、実際に毎日生きている『勇者』はなかなか見えないもんだ」
「そうだね。子供たちには剣を振るうかっこいい英雄が魅力的だけど、実際は周囲を支える“名もなき勇者”がたくさんいる」
そこへリアナとエミリアが頑張って話し掛けた。
「私は薬屋として、毎日誰かの命を支えている気持ちがあるんです。誰かが家族や村を守るように手を助けるのも、勇者の一形態だと思います」
「鍛屋さんの仕事もそうだよ。鉄を打つ音は、村の心拍みたいだ」
グレンはシオンの肩に手を置いて、笑みをこぼす。
「お前は俺が剣を守る理由を知っているだろう。剣は戦うためだけのものじゃないが、戦わずとも、村の鍛冶屋として毎日仕事を続けることもまた勇者の道だと思う」
「はい。僕は剣はあったけど、『誰かを守る』気持ちはずっと変わっていないと思います。剣に頼らない勇敢さも、と孤独なここでの一番の収穫です」
シオンはふと遠くを見つめる。
「村のみんながそれぞれの役割で勇者だ。子供たちが夢見る『英雄』の影には、その裏で日常を支える無数の存在がある──それが本当の勇者なんだと感じている」
夜、二人は鍛冶場の火を前に語り合う。
「英雄が戦って勝つ話は面白いが、俺達は日々を積み重ねる物語を書いている」
「誰かのために手を動かし、困難を乗り越えながら、一歩ずつ進む。そんな普通の『生きる強さ』が、本物の勇者の証なんだ」
「そうだ。勇者ってのは、剣を振るう者だけじゃない。泣いたり笑ったり、人とつながることができる人のことだ」
グレンは鍛冶ハンマーを強く握り締める。
「これからも村の道具を打ち続ける。君もまた、自分の剣じゃなくていい、『勇者』の歩みを探してくれ」
「その道を行きます。ありがとう、グレンさん。これからも一緒に、村の物語を創りましょう」
火の粉が空を勝手に、二人の心には確かな絆が灯っていた。




