表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/48

37話 村人の助け  ──農具の急な修理や皆の要望に応える姿。

 朝靄も消えぬうち、村の通りに緊張感が走る。農家のタカシが息せき切ってグレンの鍛冶場の扉を叩いた。


「グレンさん! 田んぼのあぜが崩れて、鍬が壊れちまいました。今日中に何とかならないか……!」


「朝飯前だ。ほら、鍬をよこせ」


 寝不足気味の眼でグレンはさっと道具を手に取り、軽く刃を叩いて音を確かめる。


「この音ならまだいける。換え刃を打ち直してやるから、お前も泥で冷やすのを手伝え」


「ありがとう……グレンさん、あなたがいなけりゃ、今ごろ田植えは全滅です」


「おいおい、村の仕事はひとりじゃできねぇ。助けてほしい時は、いつでも声をあげりゃいいのさ」



 昼すぎには、様々な依頼が鍛冶場に舞い込む。


「グレンさん、パン切り包丁の刃が丸まっちまって」

「うちの馬の蹄鉄が取れそうで、走らせられねえ!」

「薬草採りに今日中に新しい鎌がいるんだけど……」


 グレンは誰にも「無理」とは言わない。

 炉の火を絶やさず手を動かし、「これは急ぎか」「こっちは明日でいいな」などと、村人自身にも作業を仕分けさせる。


「道具の修理も順番だ。でも、命や作物がかかった時は“抜け駆け”しても文句は言わん。それくらいでちょうどいい」


 鍛冶場の隅には“要望ノート”がある。道具の修理や新作のお願いごとがびっしりだ。


「自分の分の仕事が終わったら、他の奴の道具取りに走るくらいでいい。支え合うのは恥じゃねぇ」



 午後、グレンの修理が終わると、村人たちは即座に動きだす。


「おーい、ナツメ。グレンさんの修理した鍬が上がったぞ!」

「よし、これで畝立て再開だ!」


 道具を中心に村全体の作業が連動していく。「農具が戻った!」「包丁の切れ味が違う!」と歓声が上がれば、それがまた他の作業を早める。


 グレンは時折、こう呟く。


「いい道具は人をつなぐ。農具一つの修理が全員の明日を守る、――俺の火は、そのためのもんだ」



 時には、とんでもないトラブルもある。

嵐の後、橋が落ちて牛が川に取り残される。

村の誰かが「グレンさん、鍛冶屋の道具全部貸してくれ!」


「構うな。これは“村の一大事”だ。道具もハンマーも全部運んでけ! 俺もすぐ行く!」


 村人は縄や板切れ、グレンの工具一式を担いで現場に走る。

素手で応急でつなげた鎖橋、グレンが微調整しながら安全を見守る。

老人も子供も関係なく、手が空いてる者は皆手伝いに加わった。


「無事で何よりだ……みんなのおかげで橋も牛も救われたな」


「グレンさんの“臨機応変の鍛冶仕事”がなきゃ無理だったよ」


「違ぇよ、お前らと俺が一緒だからだ。村の道具は、みんなの手の分だけ強くなるってことさ」



 夕暮れ、村人たちが鍛冶場に菓子や炊き出しを持ち寄る。


「グレンさん、本当にありがとう。あなたがいるから、私たち安心して畑や仕事に集中できるの」


「礼はいい。俺は鍛冶屋だ。“困った”が届く場所にいる――それが誇りなんだ」


 子供たちも手作りの小さな旗や絵を持ち寄り、こう語る。


「グレンじいちゃんがいると、ぜったいに困らない村になるって、みんなで言ってるんだ!」


「そんなこと言われると照れるな。でもな、お前らがてんやわんやの村こそ、俺にとって一番のやりがいなんだよ」



 春。

 新しい命と土の匂いが村を満たすと、鍛冶場はとりわけ賑やかになる。


「鍬も鎌も、すぐに泥で詰まっちまう。グレンさん、もっと掃除が楽なヤツ、できませんか?」


 村の畑娘の声に、グレンは首をひねり、何度も土や草の切れ端で刃の角度を試す。失敗しては溶かし直し、工夫を重ねる。


「これはどうだ?泥よけの溝を彫り込んでみた。今度はどうしてもらおうか」

「これなら泥がべとっとつかない!腕も疲れません」


 夏、虫があふれ、草地が荒れれば、小さな鎌や草取りナイフが慌ただしく往復する。


「グレンじいちゃん、コイツで竹藪に入ったら……うわ、刃こぼれだっ」

「こりゃあ勇気も道具も鍛え直しだな。今度は“虫よけの持ち手”もつけてやろうか」


 秋には収穫の鍬ややり直しの籠、冬は雪降ろしの鉄板や火挟を頼まれ、四季ごとに道具の声と村人の声が混ざりあう。



 ある時、エミリアの薬草畑で突風が苗をなぎ倒した。


「もう間に合わない……」

 諦め顔のエミリアに、グレンが大声で叫ぶ。


「皆!エミリアの畑が大変だ!鍬も縄も“俺の道具”勝手に持ってけ!」


 その声を聞いた子供たちや青年が駆けつけ、グレンの作った鍬で苗を植え直し、泥にまみれて手を動かす。


「みんながいれば、どんな失敗もやり直しだってできる」

「グレンさんの道具なら、何度でも!」


 畑は夕焼けに包まれ、つぎの芽吹きを約束する。



 昼下がり、ノルが鍛冶場にパンを抱えてやって来る。


「休憩に、うちの嫁が焼いたパンだよ。グレンさん、あんたの道具がないとパンも焼けない」

「何を言う、パンの香りがあるからこそ俺もがんばれるんだ」


 リアナが寄ってきて、


「グレンさん、“支える”って難しいと思ってたけど、助けてもらった人から“ありがとう”を受け取り合う、それがこの村なんですね」


「手伝うのは難しくねぇ。相手を待って、応える。道具みたいにな――不器用でも毎日繰り返せば、それが“絆”になるのさ」


 沈黙を挟み、グレンは小さく呟く。


「俺の仕事は、みんなの『困った』を黙って受け止めて、また明日を繋げることだ。それが村の鍛冶屋の誇りなんだ」



 翌日、子供たちがせっせと鍛冶場を掃除し、農夫たちは畑の野菜を分け、エミリアは薬湯を差し入れる。


「おじちゃん、昨日おれの鍬を直してくれてありがとな!」

「ミリィ、今度は一緒に新しい釘作ろう」

「……グレンさん、村の皆のために健康でいてくださいね」

「はいはい、オレが倒れたらみんなで鍛冶屋をやってくれよ!」


 その日暮れ、村長バルスも現れ――


「グレン、お前が来てから、村は強くなった。お前が教えてくれた、“支え合い”ってのは道具作りだけじゃない、村そのものの在り方じゃよ」


「俺は……ただ、ここにいてくれて、みんなの『困った』が聞こえることが何よりありがたいんだ」


 バルスは深く頷き、火の向こうで微笑む。



 静かな夜、鍛冶場の火が落ち着き、村は安堵とともに包まれる。


 グレンは炉の残り火に手をかざし、呟く。


「……道具は磨けば、また新しくなる。人も村も、同じことだ。誰かのために働くことで、自分ひとりじゃ見えなかった温かさや誇りが胸に残る。明日もきっと誰かの『困った』が届くだろう。だが、それこそが幸せなのさ」


 その言葉は誰に向けたものでもなく、しかし、村のすみずみまで沁みわたり――

 エルデン村の人々は、グレンの仕事と優しさを胸に、「また明日」へと歩みを進めていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ