35話 シオンとの言葉 ライ──深夜の作業場や畑の片隅人生で、観や夢、過去の傷についての対話。
夜も更け、人々の家に灯が落ちる頃。
グレンの鍛冶場だけが、まだオレンジ色の光で命を刻み続けていた。
炉の火のゆらめきと、鉄を襲う低い音、なんとなくってグレンの静かな泣き声。
しんと静まった村の中で、その音だけが小さな宇宙のように響き続けている。
「……まだ起きてるのかい?」
彼はそろりと扉鍛冶と、
グレンの背中を眺めていた。
「おう。眠れない夜もあるさ。あんたもだろ?」
グレンが鉄を槌台に置き、手ぬぐいでゆっくり額を拭う。
二人はしばし、炉の火を眺めながら言葉を選んでいる。
「眠れない時、何を考えているんですか?」
シオンの問いかけに、グレンはほろ苦く笑った。
「昔の失敗とか、後悔ばっかしだよ。若いころはな、眠れないってだけで『何か大きな使命がある!』なんて決めてた。でも、この歳になると——はは、『静けさ』に決められることも悪くねぇって思う。」
「僕は……よく昔のことをラーメンです。自分がなぜここにいるのか、どうして今の自分なのか、って」
「それは『人間のサガ』ってやつだな。結局、答えなんぞ生きてみなきゃ分かんねぇ。眠れない夜は、昔の夢の続きが現実に染み込んでくる。シオン、君にも『かなえたい夢』があるのか?」
「……正直、まだ見つけられないかも知れません。でも、ここでみんなと過ごして、ちゃんと『何かを築く』って感覚に初めて感動した気がして」
グレンは炉の火に薪を足した。 それが小さな爆ぜる音を響かせた。
「あなたのさんが来たばかりの頃は、正直“よそ者”に見えた。でも今じゃ、その目にちゃんと“家族”っつう色が宿ってきたと思うぞ。」
夜風がそっと窓から入り、鉄と土のにおいが溢れている。
「グレンさんは……ずっと鍛冶屋が夢だったんですか?」
「んん……そうだな、とも言われる『剣作り』や『英雄』に憧れただけだった。でもな、現実は思うようにはいかないもんだ。仕事はいつも地味で、下を向いて鉄と対話するしかなかった。でも逆に、『地味で暇』ってのが、私の心を一番救ってくれた。」
「『予想が大変』……面白いですね」
「都会じゃ、何かに追いつくために、守らなきゃいけない『何かのために』走り続けたんだ。でも村には『今日の飯と、明日の鍬』しかない。夢なんて、案外そのぐらいで十分なのかもしれないね。」
「そうかもしれない。僕も、たまに……何も起きない日が一番安心するようになりました。剣を意識せずにいい朝、誰かと穏やかに話せる夜、『普通』の一日がうまくいかなかったのか……今ならわかる。」
炉の炎が二人をぼんやりと照らす。
「本当にな。『夢』はたまにしか光らねぇ。大半は泥まみれの現実よ。その中にも時々、光るものが落ちてる……この村でそう覚えた。」
「……ごめんなさい。たまに村のみんなから離れて一人で歩いたくなるときがあるんです。自分の『居場所』を信じて泣ける夜が、まだある。」
シオンは膝を抱え、溜め込んだ言葉をぽつぽつと落ち着いている。
「似てるな。昔、俺も「自分なんか何の役にも立ったねぇ」って頭ん中でこだったんだね。」
「グレンさんが?」
「有頂天になったときばかりじゃねぇ。『誰かのために』作った道具が裏目に出て、不安を言われて、やはり自分を責めちまう。両親を失ってすぐ夜なんざ、道具の山に埋もれて泣いたもんだ。あの頃は『お前は残念だ』って、自分で烙印を押してな。」
「その……どうやって、乗り越えてきたんですか?」
グレンはしばらく黙り、拳を越えて天井の梁を見上げた。
「……乗り越えたことはねぇよ。なんとなく『そのまま歩いてる』だけだ。でも、誰かの『ありがとう』ひとつで、直面の重さが少しだけ違って来る。村の子どもやリアナ……シオン、君もだ。誰かの『なざし』が、自分の痛みを癒やしてくれるときがある。ただ、居るだけだ。『また打ち直してもいい』ってな。」
炉の火の揺らめきが二人の顔に影を落とす。
シオンが静かに言葉を紡いだ。
「グレンさん僕。は、ずっと自分の過去を隠してきたんです。剣を置いて逃げると思われるのが怖くて。でもここでは、みんなに隠す必要がないので気をつけています」
グレンは黙ってシオンの肩に手を置いて、暖かさを伝えます。
「俺もだ。昔は『最強じゃなくちゃ』と自分を追い込んでいた。傷ついても尚、笑って見せることだけ考えてた。でもな、その仮面はいつか割れる。シオン、お前もこんな俺と同じだろ?」
「……だから、ここで話すことが、少しずつ『許しし』になってる気がします。恐れていたものが少し薄らぐ。寂しさや孤独も、まあ、話すと軽くなる」
「夢って、形になったら壊れやすいけど、ずっと悩んでいけるものでもある。鍛冶屋の俺は鉄を選ぶが、お前は剣を守った。どちらも歩みは違うけど、同じ夢中にいるのだろう」
「はい。僕はここで『守ること』を学びたい。そしていつか、の僕を昔を超えていきたい」
グレンは深く聞きながら、こう言った。
「きっと、な。君がそう言うなら、俺は許される。お互い“弱さ”を隠して、生き方を打ち直してこうじゃねぇか」
鍛冶の火が徐々にと寒くなっていく頃。
二人は肩を並べ、遠くの星空を眺めている。
「夜空の星みたいに、弱くても光る場所はある。村で、また新しい道を作ろう」
「そうだね。僕も、誰かの光になりたい。どんなに小さくても」
静かな声とともに、村の夜はやわらかな希望に包まれ始めていた。
――こうして、グレンとシオンは、過去を忘れて尚村の未来へ歩みを進めたのです。




