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34話 グレンの家族の  ──思い出父や母、師匠やかつての仲間たちとの思い出。

 夕暮れの鍛冶場に、燻る炭火とともに蘇るのは、いつも父の背中だった。

「グレン、火を甘く見な。鉄は熱に正直だ、人の心はもっと繊細だ」


 少年時代、父は寡黙で、冗談が下手だったが、手元は一分の迷いもなく美しかった。

「剣は最後の道具だ。まずは、この鎌を研いでごらん。それが人を生かす道具だ」


 爪の中煤が入ったこむ夜。父は酒の一滴も口にせず、暖かい炉の前でぽつりと話した。

「弱いものを、大切にできることが強さだ。剣や力でねじ伏せるのは一瞬だが、人を思いやる心は、一生の技術だ」


 父が最後に込めてくれたのは、鉄よりも確かな「とりあえず」だった。

「あなたの手で作った道具が、人の役に立ったとき。それを喜べる職人になれ。時々『おれはこれだけやった』なんて、威張るなよ」


 言葉の一つが、いまもグレンの心の奥底に焼き付いている。


 グレンの母は、鍛冶場には足を踏み入れなかった人だった。


 ところが、村の縁台で豆をむかえ、冬の日は囲炉裏の傍で子守唄を口ずさんだり。

 母の手は針仕事に長けていたが、その指の温かさは、鉄の熱と全く違うもので。

「グレン、うるさくても、お腹がすいては戦えないのよ」


 働き詰めの父の前に湯気立つ椀を並べ、小さなグレンには盛大にパンとジャムを用意してくれる。

 時折、グレンが鍛冶場失敗で泣き顔になって帰って、母はそっと頭を撫でて励ました。

「壊れたら、もう一度縫えばいい。人も道具も、やり直して、優しくなればいいのよ」


 深夜、家族三人で囲んだ狭い卓上。何でもない汁物を分けあうひととき、その静かな幸福。

 母の声、手の温もり。今もグレンの心の「原点」だ。


 父を早くくし、母を見て幾年か――素直

 グレンはしばし流れ者となり、小さな町鍛冶亡者となって身を寄せた。

「人には、教えられないことがある。学ぶことと真似することは違う」


 老人鍛冶師は、厳しい鉄を打ちながら言った。弟子の失敗にも叱責は少ない。

 だが、打ち方一つ、研ぎ方一つ、「型」を外してしか学べないものもあると悟らされた。

「おまえの鉄には『迷い』がある。だが、それもまたおまえだ。迷いを残したまま、人の役に立つものを作ってみろ」


 夜通し失敗作を並べては鉄チップ拾い。 叱られるたびに「まだ甘い」と言われても、不思議と逃げ出すのは考えなかった。


 ある夜、師匠がいない盃を差し出してきた。

「家族は一番重い。でも、手の中の鉄もまた、おまえの新しい家族だと思う」


 鉄を愛し、人を思う。

 言葉より、作った道具が雄より弁に、「職人の魂」を教えてくれる師だった。


 修行時代、鍛冶場にも同様に放浪の弟子たちが集まってきた。

「おいグレン! 夜明け前の鉄は魂抜けてるぞ、眠らないと目玉焼きも焦げる!」

「お前は鉄よりもパンの香りが似合うって、師匠が言ったぞ!」


 笑い声が絶えず、失敗したときも誰かが鍋いっぱいの粥を持ってきてくれる。

 仲間の一人は、途中で村に帰り家業を継いだだ。

 一人もう旅立ち、会うことはなかったが、手紙が年に一度だけ届いた。

「道具を使える俺たち、毎日新しい未来を打ち直してるみたいだな」


 言葉に表せない絆。

 別れてなお、グレンは仲間の面影を炉の火の中に探してしまう。


 グレンが今も支えてくれたもの、それは血縁や約束、そして幾つもの「別れ」と「出会い」で培われた小さな「灯り」だった。


 父がくれた「初め」。

 母の柔らかな「やり直し」。

 師の「迷いとともに進む覚悟」。

 友が教えてくれた「笑う力」「支え合う重み」。


 鍛屋冶という小さな空間で、これらの思い出は鉄よりも確かに息づいている。

「今のあんたが作る道具には、お父さんやお母さん、あの頃の師匠や仲間たちも一緒に息づいてる気がするよ」


 そうリアナと言われ、グレンはそっと鍛冶槌を撫でた。

「俺が守りたいものは、“家”だ。血のつながりでも場所でも、心を重ねられる誰かのための“温もり”だ」


 秋の黄昏、鍛冶場の裏庭にて。

 グレンは静かに、色褪せた家族写真を取り出していた。

 そこには煤けた父の横顔、働き者の母の笑顔、幼い彼が手を汚しながら鎚を握る姿が並んでいる。

「……君、自分の家族のこと、村の誰かに話した事ある?」


 シオンがふいに声をかけた。

「……あるような、ないような。ああして過ごした日々は、思い出あったかが、どこか痛むんだ。私の腕も心も、両親や師匠、昔の仲間たちの継ぎ足だよ。」


「羽根、昼に話してくれた父親の言葉、すごく響いた。弱いものを大切にできることが強さ……か。」


「親父は不器用でな、褒めるより先に手を動かす男だった。でも、俺の作った包丁で誰かが喜ぶと、遠くで静かに目だけ歩いてくれて……今思えば『見ててくれた人』がいるから、俺も人を見守られたんだと思う。」


 その静かな向こうに、フットリアナが現れる。

「グレンさん、昔のお母さんの話、私にももう一度聞かせてください。」


 グレンは決める。

「母さんはな、厳しい親父に一度も行かない人だった。だけど俺が小さくて、失敗ばかりだった頃、夜になると枕元で歌ってくれたんだ。『やり直せないものなんて、世の中にないさ』って……それがどんな失敗よりも残る。」


リアナがそっと先日手を付けました。

「鍛屋冶の手って、鉄だけじゃなくて人のやさしさも伝えてくれる気がします。グレンさんのお母さんの優しさが、村のみんなにも受け継がれてるんですね。」


 夕刻、焚火の回りにリアナやシオン、ノル、エミリアが集まる。


グレンがぼそりと呟く。

「修行時代の仲間と、たまに手紙で近づいてきたんだ。『今は村で鍛冶をしてる』って書いて、『オレも家族を持った』『あの夜みたいに失敗してる』って帰ってくる。不思議だな……離れていても、心のどこかで繋がれてる気がする。」


ノルがやっと笑って、

「昔の仲間話、また聞かせてよ。グレンパンさんの香りに負けて徹夜明け、パン工房に潜り込んで眠ってって本当?」


グレンは少しだけ照れたように、

「本当さ。その日師匠にエラく怒鳴られたな。でもな、『誰かに叱られたり、笑われたりする日々』ってのは、いつかかけがえのない宝になった。」


エミリアがしみじみ語る。

「私も祖母の薬箱を譲り受けた夜、母や祖母がどれだけ村のことを想っていたか、少しだけ分かった気がした。『道具』や『レシピ』だけじゃなく、思い出引き継いで生きているって、村に現れました。」


守るべきもの――「繋ぐ心家」の意味

 夜、鍛冶場で炉の火を見つめるグレンに、村長バルスが声をかける。

「のう、グレン。君はよく“家族”や“家”の話するが、家にいるのは何だと思う?」


グレンはしばし熟考し、ゆっくり言葉を紡ぐ。

「家は、血住むや場所を越えて、『心を』で作られるものだと思うんです。父や母や師匠、昔の仲間も、いなくなった今も支えてくれてくれる。村の誰かが困ったとき、私の道具でほんの少しでも楽になれば、それが家を守ることだって信じてる。」


「……そうか。なら、あなたはこの村に『新しい家族』をいっぱい作ったわけじゃな。」


「そうだね。あの古い木槌や、昔父が戦った炉の火も、全部ここに連なっている。人の手が利き続ける限り、“終わり”なんて来ないんだと最近は一番んです。」


 グレンは鍛冶場に並ぶ古い道具の数々――父のハンマー、母の針箱、師匠から贈られた小さな鑢、仲間の名前が焼印された鍬……それらを一つ一つ撫でていく。

「――親父、母さん、師匠、みんな――。俺はまだ半人前だけど、村の誰かの心に、『温かい家』を増やしてゆくよ。もし見てるなら、また失敗して笑ってくれよ。」


 シオンが後ろからそっと、

「グレンさん、本当に。、この村の『家』を作ってくれてありがとう。僕も、これからは誰かの『帰る場所』でいられるようになりたい。」


グレンは砕けたような笑顔で、

「焦らず焦らず。家族も、道具も、毎日じんわり“打ち直してゆく”ものさ。」


 とりあえず、「守るべきもの」――家の温もりは、代々受け継がれながらエルデン村に進んでいく。

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