33話 勇者の話題 ── 村の子供たちや住人との会話
静かな昼下がり、村人たちの集い
エルデン村には、時折、子供たちを中心に集会のような賑わいが広がっていた。広場の一角、まだ日差しの温かい午後。グレンが鍛冶場から出てくると、リアナやシオン、ミリィたちが丸くなって座り込み、何やら絵本を広げていた。
「ねえ、おじちゃん、こっち来てよ!」
ミリィが手を振る。
「ちょうど今、『勇者のおはなし』のことなの」とリアナ。
「おっ、懐かしいな。その昔の話、親父がよく炉端で行ってくれたっけ」
子供達が目を輝かせながらグレンを招き入れる。 絵本の表紙には大きな剣と兜、得意げな笑みを浮かべる勇者の姿。
「シオンお兄さんも、一緒に読みもう」
「うん、僕も昔は……ま、いや、続きが気になるな」
グレンは膝を折り、子供たちと同じ目線で輪に広がった。
語り継がれる『勇者像』――村の昔話と絵本の中
リアナが絵本をゆっくりと読み進めます。
「――「むかしむかし、村の外れに勇者が住んでいました。
勇者は剣と光る盾を持ち、村を苦しめる大きな魔物を追い払い、弱い人や困った人の声に耳を傾けました。一応
、勇者はただ強いだけではなく、時には失敗しても、村人に助けられながら、生きていました……」
「この勇者は、魔物と戦うだけじゃなくて、畑の仕事をしたり、暮らしの知恵を分けたりしてるだろ?」
グレンが笑いながら納得する。
「おとぎ話の勇者って、だいたい『剣で全部解決』って感じじゃなかったっけ?」
シオンが首をかしげると――
「そうそう、僕も剣を振るう方がカッコいいと思ってた!」 「
でもね、お母さんが言ってた。『本当の勇者は、人を守るために困難に立ち向かう人』なんだって」
村の子供たち、それぞれの「勇者像」を語り始めます。
「すごい魔法が使える人が勇者だよ!」
「いや、“怖くても逃げなかった人”が勇者じゃない?」
「大事な人を入れない人も勇者だよ!」
村長バルスとの昔話、「勇者の正体」
その時、穏やかな笑い声とともにバルス村長が近寄ってきます。
「おやおや、勇者談義か。昔、わしが若い頃は『勇者』と呼ばれたお百姓がいたんじゃよ。勇者かと言うと、ただ一人、怖い夜に村の堤防で手を離さずに踏ん張った。一応のことだが、誰も見ていない中で一人立ち続ける、それが勇敢だというもんだ」
バルの話に、グレンは大きく話してくれました。
「力とか特別な才能より、諦めないことの方が時には『勇気』だよな」
「俺も昔は英雄になりたいと、胸を張ったことがあった。でもな……」
グレン自身の「勇者への憧れ」と戸惑い
子供たちがしんみりと静まった空気の中で、グレンはゆっくり話し出す。
「鍛冶屋を始めた頃、俺にも“勇者”があった。剣や盾を作っては、“これで世界を救えるはずだ”と信じてな。でも現実は甘かった。剣は迷うし、畑の鍬は折れる。弱い誰かの手を握った方が、よっぽど勇気がいることもあった――」
「おじちゃんだって、勇者だったんだ!?」ミリィ
が大きく開く。
「いや、俺は……ただの鍛冶屋さ。本当の勇者ってのは、剣を振るう人間じゃなくて、自分の弱さを受け入れて、誰かが先に立って直せるヤツのことだ。」
リアナがそっとグレンの膝に触れる。
「グレンさん、子供の頃、どんな勇者になったかったんですか?」
「そうだな……大切な人を守るため、怖くても一歩前だ。でも、どこかで“孤独に耐えるほうが強い”って、思いついたんだ。
勇者像とのギャップ、語られる本当の強さ
子供たちの中から、ポツリとこんな声が漏れる。
「じゃあ、誰でも『勇者』になれるの?」
「うむ、そう思う。怖かったり、間違えたり、泣いたり……誰かのために手を伸ばしたら、それが『勇者』でいいと思う」
シオンも言いながら語りました。
「小さなことでいい。大事な人や、目の前の人に、勇気を出して寄り添う。それがこの村の『勇者』だと思うよ」
物語語りとして継がれる「勇者」の形
絵本の最後のページをリアナがめくると、
「勇者は自分の道を歩きながら、たくさんの仲間と出会い、最後には自分自身と向き合い、微笑みながら村に帰りました」と書かれてありました。
「ねえ、グレンじいちゃん。わたしたちもいつか勇者になれるかな?」
「なれるさ。冒険だけじゃない。失敗しても、友達に優しくしてもらえる。それでだって立派な勇者の物語なんだよ」
広がる夕陽のなか、村にちいさな勇者たちの声が響く。
「よし、明日は新しい鍬を作るぞ。その名も『勇者の鍬』、村中の土を耕してやろうじゃないか!」
子供達が声をあげて笑っていた。
その輪の中心で、グレンは目を細めながら「本当の勇者」の在り方に、そっと思いを馳せていた。
その日の夕方、子供たちが広場を離れた後も、グレンの心はどこかざわめいていた。
鍛冶場に戻って、小さな窓から見える痛みが落ちる夕陽をぼんやりと眺めていた。 鍛冶場の隅、棚には古ぼけた絵本――「勇者がたり」――が残っている。
(――あのころ、俺もあんな顔で剣や盾の絵を見つめていたっけな)
火床の橙が、壁に揺れる影を写す。
しばらくして、シオンが鍛冶場を訪れました。
「グレンさん、スノーボードはありがとう。子供たちと一緒に絵本を読んで、久しぶりに『勇者』って言葉を真っすぐに聞いて気になります」
「おう、恥ずかしいもんだな。昔は『勇者になってえ』って、声高く叫んでたもんだ……大人になるってのは、『憧れ』を忘れることなのかな、ってたまに考える」
「そうかもしれない。でも誰だって、どこかで『憧れ』と現実の間でもがく時期があると思う。僕もそうだった。自分の弱さや、間違いから逃げてしまったり……」
グレンはハンマーを手に取り、ゆっくり油を挿しながら返します。
「不思議なもんさ。『勇者』って言葉を口にするだけで、自分が無敵みたいに思えた。でも……それが独りよがりだったこと、今ならわかる。誰かの、『助けて』や『小さな勇気』を受け取れるヤツの方が、よっぽど強い」
「……きっと、それこそが『村の勇者』なんでしょうね」
住人の「勇者」観――日常の中の静かな英雄
その後、パン職人のノルとカネがやって来ます。
「グレンさん、明日の朝までに新しいパンナイフ、いけますか?」
「ああ任せろ……そういや、子供たちと勇者談義で盛り上がったんだ」
カネは陽気に笑い、
「わたしはね、毎朝みんなより早く起きてパンを仕込むグレンさんも『村の勇者』だと思うよ。村が静かなうちから汗をかける人……特別な勇気だと思う」
「私もだよ」ノルが聞こえる。
グレンは少し照れくさそうにハンマーを握り直した。
「……それならお前ら夫婦こそ、朝ごとに村を救ってる英雄じゃないか」
「ふふ。村にはきっと、たくさんの『名前もなき勇者』がだろうな」カネが遠くを見てつぶやく。
勇者物語の向こう――憧れと現実、そのはざまで
夜、鍛冶場には村長バルスとリアナも顔を出す。
「グレンよ。おまえは『勇者』になってたな……」
「なりたかった、っていうより、“なれなかった”んです。昔、家族も仕事も全部うまくいかなくて、勇者っていう鎧を着て自己満足してた。……でも今は、鎧を脱げても仕方ない“弱さ”を見せられるほうが、大事に大事になった」
リアナは慎重に言葉を選びながら話しました。
「昔……畑の大雨の夜、グレンさんがみんなより早く外に勝って、鍬で堤防の泥を必死でかき出していたのを覚えています。誰よりも怖がりで、誰よりも“やるべきこと”に手を伸ばしていた。その背中が、ずっと私の勇者なんです」
グレンはしばらく黙り、ごつごつした手を重ねた。
「……俺なんか、大したことない。でも、今はわかってる。村の日常ってのは、誰かがひっそり泥をかき出してくれる『映えない勇者』に支えられてる。絵本のように剣を振るうばかりが、英雄じゃないんだな」
バルス村長が重く聞いてく。
「本物の勇者はな、みんなの中にいて、誰よりも自分と向いてる。村人が気づいてと、村全体が少しずつ強くなってもんじゃ」
それぞれの「勇者」が息づく夜
夜更けに集めた面々は、炉の近くで静かに語りを続けた。
シオンが焚き火の火を見つめながら、ぽつりとこぼす。
「都会にいた頃、『勇者になりたい』なんて思ったことすらなかった。でも、この村でみんなと暮らして――勇気や優しさって、日常のどこにでも隠れてるものなんだった……と思うようになりました」
「へっ。俺はまだまだヒヨッコサ。」とグレンが笑う。
「でも、明日も新しい鍬を打つ。誰かのため、村のため。一歩ずつでも、俺自身の『勇者物語』を生きてやる」
リアナがそっと笑みを浮かべる。
「その姿が、きっと子供たちや私たち大人の中に『勇者の火』を灯すんだと思います」
静かなエルデン村の夜、「勇者」の物語は語り継がれ、日常の中の名もなき英雄たち、それぞれの物語の中で「誰かを守る」勇気を今日も積み重ねていく――。




