32話 農具作りのこだわり ── 道具に込める想い、素材や技術への執念
火の粉が飛び、鉄が軋むたび、鍛冶場にはグレンの低い唸り声が混じる。
朝、村に太陽がのぼる前、グレンはすでに炉の前に立ち尽くしている。
隣の水槽からはかすかに水の音。焼かれた鉄の赤は、夜明けの色そのものだ。
「今日の鉄は、やけに反抗的だな……。さて、どう料理してやるか」
グレンはハンマーを持ち直し、じっと己の手のひらを見つめる。
彼にとって道具作りは、単なる日々の仕事ではない。
父から受け継ぎ、何十年も心血を注いできた、鍛冶屋としての“誇り”そのものだった。
「グレンさん、この鍬、どうしてこんなに重いの?」
畑仕事終わりに立ち寄ったシオンが、修理中の鍬をしげしげと眺める。
「これは“鉄の芯”が奥深く入ってるからだな。ただ軽くするだけじゃ駄目なんだ。畑の土は季節で固さも変わる。重さ、反り、刃の角度、全部“村の土壌”に合わせて細かく調整しなきゃ意味がない」
「あんた、素材を選ぶのにもこだわってるよな。あの古い鎌、持ち手の木目まで選び抜いてる……」
「木も鉄も、ひとつとして同じものはない。鉄は鍛え過ぎると割れるし、焼きが甘いと曲がる。柄は手に馴染んで初めて“生きた道具”になる。たかが鍬、されど鍬さ」
「ハッ……あの失敗鍬、覚えてるか? 去年の春、畑の泥沼に突き刺さったまま折れちまったやつ」
グレンはあっけらかんと笑うが、あの鍬が折れたときの落胆は隠せなかった。
「刃が分厚すぎて、泥を逃がせなかったんだ。職人が“自分の思い”だけで作ると、痛い目を見る。道具は“使う人”の体に合わせて初めて命が入る」
「でも直してもらった新鍬は、本当に泥がつかない。下手したら前よりも仕事が早くなった。あれ、どんな工夫をしたの?」
「ふふん、角度を一度見直して、“泥離れ”を重視した。俺だけの工夫じゃない。土を触るあんたらの声が、何よりもヒントなんだよ」
パン職人ノルが古い包丁を手に相談に来る。
「グレンさん、この包丁、妻のカネが“もっと軽く”って……でも切っ先が丸まってなくちゃ怖いってさ」
「カネさんの手なら、柄は少し短く、刃は“ハマグリ型”に研ぎ上げる……。包丁も農具も同じ、使い手が違えば全てを合わせなきゃ。ほら、触ってみな」
「……おお、これなら“毎朝のパン切り”が楽になりそうだ!」
グレンは鍛冶場の片隅に、村人から引き取った古道具を山と積んでいる。
その一本ごとに、村人の“名前”や“使い心地”が記された小さな木札が結びつけられている。
「修理するとき一番大切なのは、“誰の道具か”を忘れないことだ。みんなのクセまで全部記憶しておくんだ」
ある夜、グレンはエミリアと細工ナイフの開発で頭をひねる。
「もっと細く、もっとサビにくい刃があれば……薬草採りもずいぶん楽になるんです」
「難題だな、だが面白い。鉄に少しだけチタンを混ぜてみる。鍛接は難しいが……一度やってみる価値はある」
グレンは、誰よりも新しい知識を求めている。
時には外から入手した技術書の切れ端を夜な夜な読みふけり、深夜に試作品を何度も打ち直す。
「失敗は……へっ、慣れっこだ。だが一度も諦めはしない。新しいことを恐れず手を動かせば、必ず何かが残ると信じてる」
少年ミリィが折れた草取り鎌を持ってやってくる。
「グレンじいちゃん、また折っちゃった……怒られるかな」
「怒りゃせん。その代わり、お前に“刃の研ぎ方”を教えるぞ。ほら、この角度で石を当てて……。痛いか?」
「ちょっと熱いけど、すごく面白い!」
こうして道具の修理や作成は、村人とグレン、使い手と作り手が一緒になって作り上げる“共作”の営みとなる。
「熟練の技ってのはな、失敗と挑戦、それから“みんなの力”が集まってこそ初めて生まれるんだよ」
グレンはそう言って笑い、また炉に新しい鉄の塊を投げ入れた。




