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31話 村に溶け込んでいく実感  ――祭りの夜、温かな輪の中で

炎のような少年時代

 鍛冶屋グレンの物語は、村の外れではなく遥か遠く、荒れた港町の片隅からはじまる――


 グレンが初めて鉄を打ったのは、まだ腕も細い少年のころだった。

 父が営む古い鍛冶場には朝から晩まで火の粉が舞い、祖父も父も無愛想なほど寡黙な男だった。

 だが、グレンの瞳だけはいつも暗い天井を突き抜けるような輝きを帯びていた。


「父さん、俺も剣が作りたい。村の勇者みたいな、みんなを守る剣だ!」


 父は重いハンマーをゆっくり置き、「剣は道具だ。使う者次第で人も守るが、奪うこともある」と諭した。

 それでもなお、幼いグレンにとって“強さ”というものは絶対的だった。

 泥棒や賊が市場を荒らすたび、古びた剣を握る父の背中が、無敵に思えたのだ。


 だが、現実はどうしようもなく辛辣だった。

 父の鍛える農具や小さなナイフは、いつも隣町の新鋭の職人と比べられ「遅い」「重い」「形が悪い」と影で囁かれる。


「父さん……俺、もっと上手くなれば、みんなに認められるかな」


「道具は人を映す鏡だ。焦るな。急いで鍛えた鉄は割けやすい」


 それでもグレンは焦り、夜ごとひとりで炉の火を絶やさず練習を重ねた。


挫折と彷徨い、夢と孤独の果て

 十代半ば、グレンは父の死をきっかけに鍛冶場を継ぐ。

 村の期待、弱い者を守りたいという胸の奥の願い――

 だが、若さの残る手からはどうしても名職人の重厚感が生まれなかった。


「おい、グレン。お前の鍬、この間もすぐに柄が抜けたぞ!」


「まるで只の“鉄の塊”だよ。あんたの親父は、もっと丈夫だったな」


 非難と冷たい視線。悔しさと情けなさがグレンを苛み続けた。


 父の形見のハンマーを深夜の炉に振り下ろしながら、グレンは呻く。


「なぜだ……俺はこんなにも頑張っているのに。何も報われない。“強い鍛冶屋”なんて、やっぱり幻想なのか……」


 追い詰められる中、ふと祭りの夜、町に立ち寄った流れの剣士が語る。


「――“強さ”に焦がれる者ほど、孤独とともにある。だがな、小僧。鉄と同じく、人も冷めてから本当の形を知るんだ」


 その言葉が深く胸に刺さった。


村へと至る流転の道

 一度すべてを投げ出すように、グレンは町を出た。

 背に父のハンマーと、技術書の切れ端。金も人脈もほとんど捨て、ただ新天地を求めて歩く。


 旅の途中、小さな村村で農具の修理を引き受け、時に賛辞、時にため息をもらう。


「お兄さんの作った鎌、初めての形だけど使いやすいよ」


「手に馴染む……けど、なんだか寂しい音がするな」


 それがグレンの心そのものだったのかもしれない。


 幾つもの峠と川を越え、やがて辿り着いたのがエルデン村だった。


 村の入り口で最初に声をかけてきたのは、まだ幼い頃のリアナだった。


「こんにちは、おじちゃん。大きなハンマー持ってるけど、何を作る人?」


「……鍛冶屋だ。どこかに、俺と同じように鉄を叩く場所があればいいんだがな」


「お母さんの鍬が古くなってるの、直してみせて!」


新たな始まりと再生の希望

 エルデン村での暮らしは、決して平坦ではなかった。


 最初は村人たちも警戒し、「余所者の鍛冶屋」と距離を置いた。

 それでもグレンは不器用なまでにまっすぐ、求められれば夜明けまで修理や試作を繰り返した。


「グレンおじさん! この間の鎌、刃こぼれが全然しないよ」


「それは“畑の仕事が良くなった証拠”さ。――だけど、お前が怪我しないのが一番だ。道具に“強さ”を込めても、使う人が弱れば意味がない」


 やがて幼いリアナや農民たちが少しずつ彼の鍛冶場に集うようになる。


「ねえ、グレン。どうしていつもそんなに頑張るの?」


「……昔の俺は、“強い”っていうのは独りぼっちで戦うことだと信じてたんだ。でも今は違う。この村で、みんなと一緒にものを作るたび……新しい自分を、一から打ち直してる気がする」


“強さ”と孤独、夢の果てに見えたもの

 夜遅く、炉の火が静かに揺れる鍛冶場で、グレンはふとシオンに語りかける。


「お前、勇者ってどんな奴だと思う?」


「……かつての仲間を守るために剣を取る人。“自分のためじゃなく、誰かのため”に戦える人、かな」


「そうかもな。でも……昔の俺は、ただ自分の弱さを隠すため、誰にも負けたくなかっただけだ。勝つことが“正しさ”だと思っていた。――でも今は…」


「今は?」


「今は、自分自身に正直に生きる奴のほうがよっぽど勇者だと思う。失敗しても、誰かに馬鹿にされても、へこたれずに立ち向かう。その積み重ねが、“本当の強さ”だとな」


 シオンは静かに頷いた。


「お前の作る道具は、昔のどんな武器よりも温かい。グレンさん、今のあなたが一番、誰かを“守る”鍛冶屋だと思う」


「……そんなふうに言われる日が来るなんてな」


夢を打ち直す、未来へ

 鍛冶屋グレンは、かつて“強さ”に憧れて挫折し、孤独の果てで村にたどり着いた。

 けれど今、彼は悔しさも哀しみもすべての経験を「道具」として、村人とともに生き直している。


 そして夜明けには、また彼の手で新しい道具と、希望が生まれるのだった。


彷徨いの果て、静かな出会い

夜明け前の山道。

グレンはカバンひとつ、父の形見のハンマーをぶら下げて足を運んでいた。

腕も足も、誇れるもののはずが泥と汗にまみれ、何度も川べりで息を切らした。


「……道具は人を映す鏡、か」


父の口癖。だが、今の自分にはどんな鏡にも頼りない影しか映せなかった。

町を離れ、幾つもの村を旅しても、どこかに置き去りにされている想いが胸に引っかかっていた。


それでも手だけは鉄を握り直し、鍛冶屋の看板を見ると自然に赴いていた。

時には飢えを凌ぐために、時にはほんのわずかな温もりを求めて。


「さあ、どうする。そのままどこまで流れていく?」


ふと、ある峠道で雨宿りをしていたときのこと――

旅人の老人が近寄ってきて言った。


「若いの、そんな俯いてると、人生からも置いていかれるぞ」

「……放っておいてくれ」

「何を背負っているかは知らんが、誰も“自分一人だけで生き抜いた”なんて言えやしない。せめてもの“縁”に耳を貸してみな」


老人は静かに去っていったが、その言葉がじわりと胸に沁みた。


エルデン村との邂逅

小雨の日、草に埋もれそうな道を抜けると、小さな村が見えてきた。

エルデン村――まだ名前も知らない土地だった。


広場の真ん中で古びた鍬を直していた老婆がいた。

声をかけると、老婆は眉をひそめながらも無言で鍬を差し出し、ふとグレンの手元を見て小さく微笑した。


「おや、あんた、鍛冶屋の手をしてるねぇ」

「親父の鍛冶場で育っただけさ」


老婆は黙って鍬を差し出した。


「なら、これを直してごらん。どこの町でも通用する腕前か、見せてごらん」


久しぶりに真剣なまなざしで鉄に向き合う。

湿った土、炭の火、叩くたびに自分の鼓動まで確かめるようで……


「うん、いい音だね。しばらく村にいなさい。鍛冶屋はどこでも重宝されるもんだよ」


老婆の言葉は優しかった。他人の目を初めて肯定だと受け取れた瞬間だった。


受け入れられるための“不器用な日々”

それでも最初、村人たちは警戒した。

「あの男はどこから来た」「道具も悪くないが人となりはどうだ」――

何度もきつい言葉、時に無視。それでもグレンは決して逃げなかった。


「鍬の刃がすぐに鈍る」「包丁の柄が短い」村人の要望に一つひとつ応えては工夫し、

夜には古い鍛冶場の隅で火を焚き、何度も打ち直す。


「焦ることはない。ただ、なりたい自分を忘れるな」


ひとりごとを言いながらも、村の子供たちが「新しい包丁」をもらいに来ると自然と笑顔になった。


「シオンお兄ちゃんと一緒に、また何か作ろう!」


子どもたちの無邪気な声――

いつのまにか、グレンの胸の奥に新しい灯が宿りはじめていた。


かつての夢と、今の夢

ある晩、村の集会で勇者譚が話題になった。


「昔、勇者が悪いものを取り除いてくれた――そんな話を聞くとな、お前さんも何か憧れただろう?」


グレンは遠い昔を見るように目を閉じる。


「……剣より、鍛冶屋のハンマーだ。誰かの背中で、眠る子供の横で、静かに生き続ける“道具”を作れたら――そんな夢を持てるようになったのは、この村に来てからなんだ」


村人たちは頷き、焚き火を囲んで輪になる。


“強さ”の本当の意味

シオンが、ふと傍らに座る。


「グレンさん。強い人ってどんな人だと思った?」

「……昔は、誰にも負けない剣を持ったひとりぼっちの勇者だと思った。でも今は違う。間違いたくないとき、傷ついてもまた起き上がれる人間が一番強い」


「そうかもしれませんね。僕は、あなたの“諦めない手”が一番強いと思う」


炎の灯りに、グレンの瞳がわずかに潤んだ。


「……ありがとうよ。もし親父が見ていたら、少しは認めてくれるだろうか」


「きっと誇りに思いますよ。ここにいるグレンさんを」


新しい朝への一歩

翌朝。

鍛冶場で火を起こし、グレンは笑みを浮かべる。


「今日も誰かの道具を作ろう。焦らず、まっすぐに」


いつしか、グレンの中に巣食っていた孤独と挫折は、「また明日」への希望に姿を変えていた。


――こうして、彼はまた一歩、村人たちと心を重ねてゆく。

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