30話 村に溶け込んでいく実感 ――祭りの夜、温かな輪の中で
宵が深まる頃、村の中央広場には無数の提灯が灯りはじめ、その淡い光に誘われるようにして人々がゆっくりと集まってきた。
焼きそばと焼き鳥の匂いが混ざりあい、遠くからは太鼓の音も微かに響いてくる。
シオンは、祭りの支度に追われるリアナやミリィ、グレンたちとともに、炭火を囲みながらいつしか口元がほころぶのを感じていた。
「シオンさん、浴衣お似合いですよ!」
リアナが嬉しそうに声をかける。
「慣れないけど、村の“お祭り衣装”っていいものだな」
シオンは照れ隠しに後頭部をかいた。
「似合ってるよ、ほんとに!」
ミリィが両手を大きく振る。「今日は絶対、綿あめ食べて、おみくじ引いて、あとね……いっぱい踊るのっ!」
「はは、ミリィのペースにはかなわないよ」とシオンが笑うと、
グレンが豪快な声で肩をたたいた。
「おうシオン、大人になっても祭りは楽しむもんだ! せっかく村に来たんだ、思いっきり“輪”のど真ん中で暴れなきゃな!」
村人たちとの交流、温かな会話
やがて、本会場では盆踊りが始まり、老いも若きも、手を繋ぎ輪になって歩き、踊り、時折くすくすと笑いがこぼれる。
シオンもリアナに手をひかれて、その輪の中に半ば強引に混ぜ込まれる。
「こんなふうに、みんなで踊るのは初めてだ……」
シオンは戸惑いながらも、隣に立つリアナとミリィと同じ動きを反復する。
「間違えたって大丈夫です。輪をつなぐのが一番の約束ですから」
リアナが優しく囁く。
ぐるりと続く人の輪からは、パン職人ノルやカネ、薬屋エミリアも手を振る。
子供たちはステップを踏みながら、シオンに「もっと高く足上げて!」とからかい、
「お兄ちゃん、こっちの方がカッコいいよ!」と声を張り上げる。
「俺、都会ではずっと一人で、こんなふうに誰かと手を繋いだことさえなかったんだ」
踊りを終えて息をつくシオンの言葉に、グレンが低く笑う。
「人は手を繋ぐためにいる、ってな。たまには不器用でも、みんながいればそれで繋がる。これが村の“流儀”さ」
パン職人のカネは、焼きたてのパンを差し出しながら
「今日は日頃のお礼も込めて、シオンくん特製パン!」
ミリィがもう片方から「シオンお兄ちゃん、あーん」
リアナも「お味はどうです?」と笑い合う。
「これが……“わかちあう”ということなんだな」
シオンの胸に小さな灯がともる。
祭りの輪のなかで、心の声
賑やかないっときが、ふと静けさを連れてくる。
提灯の明かりの下、エミリアが近寄ってくる。
「シオン、今日のあなたは本当に村に馴染んでる。始めてこの村に来たときとは、顔つきが全然違うわ」
「そう……見えるか?」
「ええ。表情に優しさが増えてる。たぶん、村の“当たり前”が、いつの間にかあなたの“日常”になってるんだと思う」
バルス村長は、木のベンチに腰かけシオンを招く。
「お前さん、気づいてるか? 今夜はもう誰も“余所者”だなんて思っちゃいない。誰でも、“気づけば輪の真ん中”にいるもんじゃ。シオン、お前は立派に村の一員だよ。わしが保証する!」
「ありがとうございます。……自分でも少し信じられない。でも、今夜のこの景色が、とても胸に沁みます」
ノルやグレン、子供たちが集まってきて
「もっと踊ろうよ! 今度はシオンさんがリーダー!」
「グレンさんの新曲もあるんだぞ!」
「おいおい、リーダーは柄じゃ……」
けれど、その流れのなかで自然と輪の中央にシオンが立つ。
皆が「シオン!シオン!」と囃し立てる。
夏の夜、すべての声が重なって輪になる
夜空に小さな花火が打ち上がる。
リアナがそっと寄り添い、「ねえ、シオンさん。ここに来てくれて、本当にありがとう」
「……俺こそ。君たちのおかげで、やっと“居場所”を見つけられた気がする。最初はどうしても仲間に入れない気がしていたのに、今はこうして輪の中にいる自分がいる」
ミリィがぎゅっと手を握る。
「シオンお兄ちゃん、ずっとずっと一緒にいようね!」
「もちろんだ。明日も、その次の日も……みんなと笑っていられるように頑張るよ」
ひとりひとりが、そっと側に寄り添い、
誰かが誰かの肩をぽんと叩き、
また次の祭り歌が始まる。
静まる宵、深まる「つながり」の時
提灯の明かりが夜風に揺れ、祭りの熱気も一段落。
広場の中央に子供たちは寝転び、大人たちは縁台や芝の上に集う。
屋台の片付けや楽器の余韻に包まれつつ、その場には不思議な一体感がたゆたっていた。
「シオンさん、ちょっとこっちへ」
リアナに手を引かれ、シオンはひときわ人の輪が濃い場所へ。
ノルやカネ、グレン、エミリア、ミリィ、村長バルス――村の顔ぶれが、まるで一つの家族のように肩を寄せ合って談笑している。
「今日は本当に楽しかったなあ」とノルが笑う。
カネが「特製パンももう残ってないね」と微笑む。
グレンは笑い声をあげて「焼き鳥の串だけで山ができた!」と豪快に語る。
バルス村長がふと静かに言う。
「……お前さん、最初はこの祭りも、村も戸惑いの連続だったな。でも今はどうだ。輪のどこに座っても、誰とも目を合わせて笑い合っている。シオン、もうどこから見ても“村の仲間”だ」
「……ありがとうございます」
エミリアが持ってきたハーブティーの湯気が夜気にゆらめく。
「自分の居場所は“ここだ”と感じられる瞬間が、きっと誰にもある。それは“誰かと手を繋ぐ”、あるいは“誰かの声を受け止める”――ごく小さな出来事の積み重ねなんだと思うんです」
リアナがそっと語り掛ける。
「みんなと並んで踊って、おしゃべりして、たまに失敗して笑われて。だけど、それが嬉しくてたまらない。シオンさんは、そういう人なんだと思います」
心の奥底に芽生える“自分の居場所”
夜空が深まり、最後の打上花火の余韻が漂う中、シオンは自分の心の変化を実感していた。
「――俺は、ずっと居場所を探して彷徨ってきた気がする。でも今、君たちとこうして過ごす時間がある。村の輪の中で、見上げる星空がただただ温かい。そんな自分になれたことが、心から嬉しい」
すると、ミリィが遠慮がちに袖を引っ張る。
「ねえ、シオンお兄ちゃん。来年の祭りも一緒にいるよね? わたし、ずっとずっとここが好きだもん!」
「もちろんだ。来年も、そのまた次の年も……みんなと肩を並べて笑っていたい」
バルス村長は穏やかな笑みを浮かべて頷く。
「この村の輪は、途切れそうで決して切れん。誰かが不安なときには近くで、嬉しいときは分けあいながら――それが“家族”というもんじゃよ」
エミリアが言葉を添える。
「今日のこと、ちゃんと日記に書き留めておきます。来年、また読み返して、“みんなで一緒にいる幸せ”を思い出すために」
温かさが灯る、村の未来につながる夜
リアナが最後にシオンへ、小さく囁く。
「初めて会ったときのシオンさんは、どこか心細そうでした。でも今は、みんなの中心にいる。この輪の中で、誰より優しくて、誰より強い。――そう、私は思います」
シオンは深く息を吐き、静かに語る。
「……ありがとう、リアナ。村の一員だって、心から言える。これからも、みんなでこの輪を深めていきたい」
広場の提灯がひとつ、またひとつと消えていく。
解散の挨拶と「また明日」の声が夜気に溶けるなか、
シオンの胸には、この場所こそが“帰るべき場所”だという確かな温もりが、ゆっくりと息づいていた。
――こうして、祭りの夜は幕を閉じる。
だがその温かい輪は、エルデン村の未来へと、静かにつながり続けていくのだった。




