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3話:リアナ、笑顔とパンを携えて  ――隣人との出会いと、村の温かな歓迎

――朝の光が村を包むころ、シオンの家の前に、ひときわ明るい声が響いた。


「おはようございます、シオンさん!」


 振り向けば、リアナ・フェルグリムが両手いっぱいのかごを抱えて立っていた。栗色の髪が朝日にきらめき、頬はほんのり赤い。彼女の笑顔は、まるで村の朝そのもののように、さわやかで温かかった。


「おはよう、リアナ。今日も元気だな」


「はい! だって、今日はシオンさんの“村デビュー”ですから。これ、うちの焼きたてパンと、母が作ったベリージャム、それから村のチーズです。引っ越し祝いに、どうぞ!」


 リアナは、かごを差し出しながら、少しだけ照れくさそうに笑った。


「こんなにたくさん……ありがとう。でも、本当にいいのか?」


「もちろんです! エルデン村では、新しい人が来たら、みんなで歓迎するのが決まりなんですよ。昨日も、村のみんなで“どんな人が来るんだろう”って話してました。シオンさん、都会から来たって聞いたので、きっといろいろ戸惑うことも多いと思って……」


「……確かに、戸惑うことばかりだ。畑一つとっても、何から始めればいいのか分からない。昨日は鍬を振るだけで、腕が痛くなったくらいだ」


 リアナはくすっと笑って、シオンの手をそっと取った。


「じゃあ、今日は私が畑仕事を教えます! ……あ、でも、その前に、朝ごはんを一緒に食べませんか? 外で食べるパンは、とっても美味しいんですよ」


「……それは、いいな。実は、朝から何も食べていなかったんだ」


 二人は家の前の切り株に腰を下ろし、パンとチーズを分け合う。リアナは、パンにベリージャムをたっぷり塗って、シオンに差し出した。


「はい、あーん、してください!」


「……あーん、って、子供みたいだな」


「いいじゃないですか。村では、みんなこうやって仲良くなるんです。さあ、どうぞ!」


 シオンは、少し照れながらもパンを受け取る。甘酸っぱいジャムと、焼きたてのパンの香りが口の中に広がった。


「……美味い。こんなに美味しいパンは、久しぶりだ」


「でしょ? 母の自慢のパンなんです。シオンさん、これから毎朝でも届けますよ!」


「それは……ありがたいが、君の家のパンがなくなってしまうんじゃないか?」


「大丈夫です! うちは雑貨屋ですけど、パンも自家製でいっぱい焼いてますから。あと、私、料理も得意なんですよ。今度、シオンさんのためにスープも作りますね!」


「……本当に、至れり尽くせりだな。都会では、こんな温かい歓迎を受けたことはなかった」


 リアナは、少しだけ真剣な顔でシオンを見つめた。


「都会って、冷たいんですか?」


「……そうだな。人は多いが、誰も他人に関心を持たない。隣に誰が住んでいるのかも知らないことが多い。だから、こうして誰かが声をかけてくれるだけで、少し戸惑うくらいだ」


「エルデン村は、みんな家族みたいなものですから。困ったときは助け合うし、嬉しいことがあったら一緒に喜ぶし……。シオンさんも、きっとすぐに馴染めますよ!」


「……そうだと、いいな」


 パンを食べ終えると、リアナは元気よく立ち上がった。


「さあ、畑仕事を始めましょう! まずは、土を触ってみてください。畑の土は、“生きてる”んです」


「生きてる、か……。どういう意味だ?」


「土は、毎日ちょっとずつ違うんです。昨日より柔らかいとか、今日は少し乾いてるとか。だから、毎日ちゃんと触ってあげると、土も応えてくれるんですよ。ほら、こうやって――」


 リアナは、素手で土をすくい上げ、シオンの手のひらに乗せた。


「どうですか? 冷たくて、しっとりしてるでしょう?」


「……確かに、思ったより柔らかい。剣の柄とは、まるで違う感触だ」


「ふふ、畑仕事は力任せじゃなくて、土と仲良くなることが大事なんです。シオンさん、鍬を貸してください」


 リアナは鍬を受け取り、軽やかな動きで土を掘り返す。


「こうやって、腰を落として、リズムよく……。力を入れすぎると、すぐに疲れちゃうから、ゆっくり呼吸しながら。はい、シオンさんもやってみて!」


「……分かった。こうか?」


「そうそう! 上手ですよ。昨日よりずっといい感じです」


 シオンは、リアナの言葉に励まされながら、何度も鍬を振る。土の重みと、手に伝わる感触が新鮮だった。


「リアナ、君は小さいころから畑仕事をしていたのか?」


「うん。父がよく“土は裏切らない”って言ってました。失敗しても、ちゃんと手をかければ、必ず何かが育つって。……でも、去年はトマトが全部鳥に食べられちゃって、大泣きしましたけど」


「それは、災難だったな」


「でも、その分、今年はちゃんと鳥除けを作ったんです。村の鍛冶屋のグレンさんが、すごく丈夫な網を作ってくれて。あの人、力持ちで優しいんですよ。シオンさんも、農具のことで困ったら絶対相談した方がいいです」


「グレン、か。昨日、少しだけ話した。……あの人も、どこか寂しそうな目をしていたな」


「グレンさん、昔、家族を魔物に……。でも、それでも村のために頑張ってるんです。だから、みんなグレンさんのことが大好きなんですよ」


「……そうか。人は、何かを失っても前に進めるものなんだな」


 リアナは、そっとシオンの横顔を見つめる。


「シオンさんも、何か辛いことがあったんですか?」


「……ああ。俺は、ずっと戦いの中にいた。何度も剣を振るって、何度も誰かを救ってきたつもりだった。けど、気づけば、何もかも失っていた気がする」


「でも、今は違いますよ。エルデン村には、みんながいます。私も、シオンさんのそばにいますから」


「……ありがとう。君の言葉は、剣よりも心強い」


 リアナは、照れくさそうに微笑んだ。


「そんなことないですよ。でも、シオンさんがそう言ってくれるなら、私も頑張ります!」


 しばらく、二人は黙って畑を耕した。太陽が少しずつ高く昇り、畑に光が差し込む。


「ねえ、シオンさん。将来、どんな畑にしたいですか?」


「どんな畑、か……。そうだな。誰もが集まれる場所にしたい。子供たちが遊びに来て、村の人たちが笑い合える、そんな場所に」


「素敵ですね! 私も手伝います。お花畑も作りましょうよ。春になったら、村中が花でいっぱいになるように」


「いいな、それは。花も野菜も、みんなで育てれば、きっと素晴らしい畑になる」


「はい! ……あ、そうだ。今度、村長さんにも相談してみましょう。きっと協力してくれますよ」


「村長、バルスさんだったな。昨日、少しだけ話した。のんびりした人だった」


「バルスさんは、ちょっと抜けてるところもあるけど、村のことをすごく大事にしてるんです。困ったことがあったら、何でも相談してみてくださいね」


「……分かった。みんなに支えられてるんだな、この村は」


 リアナは、空を見上げて深呼吸した。


「はい。エルデン村は、小さいけど、みんなが家族みたいな場所です。シオンさんも、これからはその家族の一員ですよ」


「……そうか。なら、俺もこの村のためにできることを探してみるよ」


「それじゃあ、まずは畑仕事をマスターしましょう! 今日の目標は、畝をきれいに作ることです。コツは……」


 リアナはまた丁寧に鍬の使い方を教え始める。

シオンは、彼女の明るい声を聞きながら、土の感触を確かめるように鍬を動かす。


 やがて、村の子供たちが畑の前を通りかかり、興味津々に二人を見つめてくる。


「おーい、リアナ姉ちゃん! その人が新しい村人?」


「うん、シオンさんっていうんだよ。みんな、ちゃんと挨拶しなさい!」


「こんにちはー!」


「こんにちは。俺はシオン。これからよろしく頼む」


「わーい! 新しいお兄ちゃんだ!」


 子供たちは、シオンの周りをぐるぐる回りながら、いろんな質問を投げかけてくる。


「シオンお兄ちゃん、都会ってどんなところ? 魔物って本当にいるの?」


「都会は……人が多くて、賑やかだけど、みんな忙しそうだったな。魔物は……そうだな、昔はよく見かけた。けど、この村は平和でいい場所だ」


「すごーい! 都会の人だ!」


 リアナは、子供たちとシオンのやりとりを微笑ましく見守る。


「シオンさん、子供たちにも人気ですね。これからは、みんなで畑を作りましょう!」


「そうだな。賑やかな畑も、悪くない」


 昼近くになると、村のあちこちからパンの焼ける香りや、野菜を煮込む匂いが漂ってくる。

リアナは、シオンを連れて村の広場へ向かった。


 広場では、村人たちが集まり、シオンの歓迎会が始まっていた。


「シオンさん、ようこそエルデン村へ!」


「これ、うちの畑で採れた野菜です。よかったら召し上がって」


「新しい仲間が増えて、うれしいよ!」


 村人たちは、次々に声をかけ、手作りの料理や果物を差し出してくる。

シオンは、戸惑いながらも、その温かさに胸が熱くなった。


「……ありがとう。こんなに歓迎されるのは、初めてだ」


「当たり前です! シオンさんも、もう村の一員なんですから」


 リアナは、にっこりと笑って言った。


「これから、たくさん楽しいことがありますよ。畑仕事も、お祭りも、みんなで一緒にやりましょう!」


「……ああ。俺も、この村で生きていく。そう決めたからな」


 村人たちの笑い声と、パンの香り、子供たちのはしゃぎ声。

エルデン村の温かな日常が、シオンの心に静かに染み込んでいった。


 こうして、シオンの“戦わない”新しい人生は、村の温かな歓迎とともに、静かに、しかし確かに始まったのだった。

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