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25話 村長バルスの相談事  ――村の未来と小さな悩み

――村の朝は、他愛もないようでいて、どこか張り詰めた空気を孕んでいる。

村長バルスは、その朝もいつものように広場を歩く。

だが近頃、その背にはささやかな悩みの影がそっとまとわりついていた。


納屋の前でシオンと顔を合わせたのは、そんなある日のことだった。


「おう、シオンくん。すまんが、少しだけ時間をもらえるかのう」


「もちろんです、村長さん。どうかされましたか?」


「いやな、大したことじゃない。だが、最近、村のことをあれこれ考えててのう……。気になることが出てきたんじゃ」


 ふたりは納屋の板の椅子に並んで腰掛ける。

 バルスは深く息をつき、少しだけ低く小さな声で続けた。


「この村に生きる、というのは、なかなか簡単じゃない。わしが若い頃は、村の人も子どもも多くての。田畑の仕事もわいわい賑やかにやったもんじゃ。だが最近は、やれ子どもが減っただの、若いもんが外に出たいだの……。寂しゅうなった、という声が多く聞こえてな」


「あの……やはり、村を出る若い人が多いんですか?」


「うむ。都会に憧れるのも分かるよ。便利なものも仕事も多いしのう。それにな、村の暮らしはどうしても昔ながらのやり方がしみついていて、新しいことに挑戦しづらい雰囲気もあった」


 シオンは、少し考えてから静かに口を開いた。


「それで、村長さんはどうありたいと思いますか?」


「……わしはな、村の“温もり”だけは守っていきたいんじゃよ。便利さは都会にかなわん。だが、この村にしかない“人のつながり”や“助け合い”——そういう宝は、絶やしたくない。けれどもな……時代も変わる。昔のままでは通じぬこともある。村人の誰もが幸せに生きていける“道”を、新しく探さなあかんのじゃ」


「新しい道……。難しいことだと思います。でも、“みんなで考える”のが大切なのかもしれません」


「そうじゃ。最近、わしはよく悩む。村の将来のことだけじゃない。“ああすべきだったのでは”とか“もっと若い奴らの声に真摯に耳を傾けるべきだったかも”とか……。情けない話じゃ、歳を重ねても悩みは尽きん。シオンくん、おぬしから見て、この村の“これから”には何が大切に思える?」


 しばし、沈黙が落ちる。

 シオンは、畑の匂い、子供たちの声、村人たちとの日々を次々思い浮かべながら語り始める。


「……自分は村の外から来て、右も左も分からなかった。でも、リアナさんやグレンさん——村のみなさんが本当に温かく迎えてくれて、“ここに居てもいいんだ”と思えた。だからこそ、村の人と外から来る人、その両方の目で話し合える場所や機会があると、もっと村が元気になるんじゃないかと思います」


「ほう……具体的には、どんなふうに?」


「例えば……村の外の若者や家族を“体験移住”で受け入れたり、村の子どもたちにもっと多様な勉強や遊びの機会を作ったり……。逆に、村の人が“自慢できること”をみんなで発見して、互いに伝え合えば、この土地を好きになるきっかけも増えるんじゃないかと」


「うむ……確かに。“村の自慢”は意外とみんな、口にせんからのう」


「大人たちが思っている以上に、子供たちや若い人の考えも柔らかい。自分も、“村の畑のすごさ”“雑貨屋の工夫”“手作りのお菓子や、みんなの知恵”——都会じゃなかなか手に入らない宝物だと思いました」


「そうか……わしにもまだできることがあるかもしれん。じゃが、そう思う反面……小さな悩みもたくさんあってな」


「どんなことでしょう?」


「例えばな、最近“川の水が前より澄まなくなった”と村の年寄りが言いだした。山の手入れも人手不足で、春先の小道の整備も間に合わなかった……。細かいことじゃが、“村の未来”と“目の前の小さな問題”の両方に、わしの心はいつも引き裂かれるんじゃ」


「村長さんがそうやって気にしてくれているから、村はうまく回っているんだと思います」


「ありがとよ、シオンくん。だが、みんなに頼ってばかりでもいかんしなあ。ほんとはもっと、村の若いもんに積極的に動いてもらう“知恵袋”役になりたい」


「それなら、情報をみんなで共有できる“話し合いの場”を増やすのはどうですか? 定例の“寄り合い”に、子供も若者も参加できるようにしたり、村の“困りごと相談箱”みたいなものを設置して、みんなから意見を集めたり」


「ほぉ……昔ながらの“寄り合い”も、もっと柔らかくなったほうがええかもなあ。相談箱か、それは面白い!」


「何かを始めるときは、小さな悩みも、大きな未来も、一緒に話していいと思います。都会の人も村の人も、子供も大人も本音が言えるのが一番です」


「……なるほどな。わしは、村人を信じて、みんなに背中を預けてもいい時期なのかもしれん。シオンくん、おまえはどうだ。これからも村で、“誰かのため”に動いてくれそうか?」


「はい。自分なりにできることを考え続けたいと思います。困りごとなら、いつでも一緒に考えます」


「心強い。よし、わしもまた新たな気持ちで“明日”を作っていくとしよう」


 バルスは笑いながら、小さな肩を軽くたたいた。


「村の未来も、今日の困りごとも、みんなで分けあおうやないか」


「……はい、みんなで」


(二人の会話は、日暮れまで続いた)







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