24話 村の小さな祭り ――準備と期待、初めての参加
――エルデン村の空に、夏の光が眩しく降り注いでいた。
七月の最初の土曜、村の中央広場には、日に焼けた村人たちが次々と集まり始めていた。
畑の一角は特設会場となり、やぐらが簡素に組まれ、色とりどりの提灯が風に揺れる。
普段は静かな村道に、今日は子供たちの声や手仕事の音が、賑やかに響き渡っていた。
シオンが広場に着いたとき、リアナがちょうど屋台の準備をしていた。
エプロン姿の彼女は、額に汗をにじませながら木箱を運んでいる。
「シオンさん! おはようございます。ごめんなさい、先に始めちゃってて」
「気にしないでいい。……屋台はもうほとんど組まれているんだな」
「はい。みんな朝早くから集まって頑張ってくれたんです。焼きそば、かき氷、金魚すくい、ヨーヨー釣り……今年も定番ばかりですけど、みんなで作る屋台って楽しいですよ!」
横ではグレンや村長バルスが率先して丸太椅子を並べ、子供たちも手毬や飾り付けを手伝っている。
村の祭りには、決まった“役割”がない。誰もが手伝い、誰もが主役だ。
「リアナ、俺は何を手伝えばいい?」
「うーん……じゃあ、焼き鳥係お願いします。炭はグレンさんがもうおこしてくれてるから、野菜と肉を串に刺して焼いてください」
「……任せてくれ」
シオンが手元に竹串と野菜、肉を受け取り黙々と作業していると、ミリィが駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん! 祭り楽しみだね! 今日は浴衣着てる人もいるよ!」
「ミリィも綺麗だな。……俺も、『村のお祭り』は初めてだ」
そうなのだ。
シオンにとって、派手な都会の祭りの喧騒は知っているが、こうして村の人たちみんなで一から作りあげる素朴な祭りには、これまで縁がなかった。
焼き鳥の下ごしらえをしながら、シオンはふと尋ねた。
「リアナ……この村の祭りって、毎年こんなふうにみんなで準備してるのか?」
「はい、ずっと昔からです。おばあちゃんが子供の頃から、準備も屋台も踊りも、みんなでやってたって。伝統芸能や神事はほとんど残ってないですけど、その分“みんなで楽しむ”祭りなんです」
「都会の祭りは、お客とお店がきっぱり分かれてて……。こうやって、分担も誰が“客”か“主”かもなくて、みんなが笑い合ってるの、すごく温かいな」
リアナが頷く。
「そう思ってくれると嬉しいです。……毎年、“新しい人”が主役のちょっとした出し物を担当するんですよ」
「出し物……? 俺が?」
「そうなんです。今年は、シオンさんのお話とか、畑の野菜のクイズとかどうかなってみんなで話してて」
グレンが笑いながら割って入る。
「照れるなよ、シオン! 村祭りは“みんなの祭り”だ。今年が初参加なら、存分に盛り上げてくれよ!」
「……心得た。恥はかき捨てだな」
村人たちは、平鍋や氷を運びながら、肩をたたき合い、冗談を言い合い、“今日しか会わない”遠い親戚がふいにやってくることもある。
やがて昼が近づくと、広場のテーブルに次々と料理が並べられていく。
焼きそばや焼き鳥、おむすび、採れたて野菜のサラダ、煮物、村の酒やジュース。
子どもたちは金魚すくいに夢中になり、大人たちはお互いの手料理を勧め合っている。
シオンは、初めて味わう空気感に、どこか不思議な高揚を覚えていた。
「これが、村のお祭りか……。リアナ、俺にも分かるかな、この楽しみ?」
リアナは、うれしそうに頷いた。
「シオンさんがこうやってみんなと一緒に準備して、笑ってくれたら、それだけでもう“村の祭り”を楽しんでる証拠ですよ」
日も傾き始め、村の中央広場には次第に提灯の灯りがともされた。
宵闇のなかで、柔らかな光が揺れる。
焼き鳥や焼きそばの香りが漂い、子どもたちの笑い声が響き、祭りは最高潮を迎えようとしていた。
シオンは、串焼きの手を止めて広場を見渡す。
村の人々が笑い、語り合い、誰ともなく踊ったり拍手したり――都会の人混みしか知らなかった彼にとって、それは眩しすぎるほど温かな光景だった。
リアナがそばにやってきて、不意に手招きする。
「シオンさん、今度は“畑クイズ大会”の時間です。司会、お願いします!」
「俺が司会を……? 冗談だろ」
「冗談じゃありません。今日の主役はシオンさんなんですから。勇気出してください!」
「……わかった」
照れと戸惑いをこらえ、シオンはマイクの代わりに竹の棒を手に取り、みんなの前に立った。
「さあ、畑クイズ大会の始まりだ。正解者には、俺が収穫した特製トマトをプレゼントする!」
「やったー!」「本気で当てるぞ!」
子どもも大人も次々に手を挙げる。
シオンも、真剣な顔に思わず微笑みを漏らした。
「第1問。今年、一番先に芽を出した野菜は何だったでしょう?」
「はーい!」「レタス!」「じゃがいも!」「人参!」
「正解は……レタスだ。よく覚えてくれてたな、ミリィ」
ミリィが満面の笑みで受け取るトマト。
他の大人たちが「じゃあ次は難しいのを」とリクエストする。
「第2問。……畑の守り神と呼ばれている虫は?」
「ミミズ!」「てんとう虫!」「カマキリ!」
「正解は、ミミズだ。よく観察してくれているな、クロエ」
何問目かで子どもたちと大人が大騒ぎになり、広場は満面の笑顔であふれた。
クイズが終わると、手作りの舞台でギターを持ったリアナが歌を披露し、子どもたちによる小さな劇や、年配者の昔話の語りも続く。「お祭り」は神事や厳粛な祈りとともに、こうした“賑わい”や“喜び”を分かち合うものでもある。
村長バルスが、みんなの前に進み出て語りかけた。
「この村の祭りは、昔から“みんなの幸せ”と“豊作祈願”を願うもんだ。それが、いつしか“みんなで笑い、支え合う日”になった。新しい仲間が増え、みんなが手をたずさえて歩いていける、それが一番の宝だと思う。……シオンくん、君ももうこの村の仲間だ」
大きな拍手のなかで、シオンは少しだけ目頭が熱くなるのを感じた。
宵の空には、やがて小さな打ち上げ花火が上がる。わずかな灯りとともに、子供たちの歓声が夜に弾ける。
祭りの後片付けをしながら、シオンはそっとリアナに語りかける。
「……俺、今なら分かる気がする。村の祭りは“誰かのため”とか、“自分の居場所の確認”なんだな。都会じゃ味わえなかった“つながる”感じがする」
「はい。こうして集まって笑い合える、それだけで“生きてる力”が満ちてきますよね」
「もう、村人の一人としてここで肩を切ってもいいかな?」
「もちろんです。シオンさんは、いつの間にか“みんなの中心”みたいになってます」
二人は片付けを終え、提灯の火が消えるまで広場の片隅で話し込んだ。
「ありがとう、リアナ。こんなに温かい時間があるなんて、思わなかった」
「こちらこそ……。また来年も一緒に、村の祭りを作りましょうね」
夜遅く、最後の灯りが消えるころ――
村の小さな祭りが、シオンにとっても“自分の居場所”を照らすかけがえのない時間となっていた。




