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21話 リアナとの距離感  ――朝のあいさつと心の揺れ

――朝靄の中、エルデン村の一日は静かに始まる。

シオンは、まだ眠気の残る体を引きずりながら戸を開けた。

ひんやりとした空気が、肌を撫でる。

畑の向こう、隣家の窓が開く音がした。


「おはようございます、シオンさん!」


リアナの明るい声が、朝の静けさを破る。

彼女はエプロン姿のまま、手を振っている。


「……おはよう、リアナ。今日も早いな」


「はい! 朝の空気が気持ちよくて、つい早起きしちゃいました。シオンさんも、もう畑に?」


「いや、まだこれからだ。昨日の疲れが残ってて……」


「ふふ、慣れれば平気ですよ。最初はみんな、朝がつらいって言ってました」


リアナは、少しだけシオンの顔を覗き込むように近づいてくる。

その距離、わずかに近い。

シオンは、思わず視線を逸らした。


「……リアナは、毎朝こうして声をかけてくれるんだな」


「だって、隣同士ですし。シオンさんが村に来てくれてから、朝がちょっと楽しくなったんです」


「……そうか。俺は、まだ村の暮らしに慣れてなくて。正直、戸惑うことばかりだよ」


「大丈夫です。私も、最初は都会から戻ってきたとき、すごく戸惑いました。村の人たちって、みんな距離が近いでしょう? 最初はそれが恥ずかしくて」


「……俺も、今ちょっと戸惑ってる。リアナとこうして話すのも、なんだか不思議な感じがする」


リアナは、ふっと微笑んだ。


「シオンさんって、時々すごく真面目な顔をしますよね。でも、そんなところが私は好きです」


「……そうか?」


「はい。村の人たちも、みんなシオンさんのことを気にしてますよ。昨日も雑貨屋で、“最近、シオンさんがよく笑うようになった”って話題になってました」


「……俺が、笑うように?」


「そうです。最初は、ちょっと怖そうって思ってた人もいたみたいですけど、今は“優しい人だ”って評判ですよ」


シオンは、少しだけ頬が熱くなるのを感じた。

朝の空気のせいだけではない。


「……リアナは、どう思ってるんだ?」


「え?」


「いや……俺のこと。どう思ってる?」


リアナは、しばらく黙ってシオンの顔を見つめた。

その視線が、まっすぐで、どこかまぶしい。


「私は……シオンさんがいてくれて、すごく嬉しいです。隣に住んでくれて、毎朝あいさつできて、一緒に畑仕事ができて……それだけで、毎日が楽しくなりました」


「……ありがとう。俺も、リアナがいてくれるから、この村でやっていける気がする」


「じゃあ、今日も一緒に畑仕事しましょう! 昨日のトマト、すごく元気でしたよ」


「……ああ。リアナと一緒なら、どんな作業も頑張れそうだ」


二人は、並んで畑へと歩き出す。

朝日が、ゆっくりと村を照らし始めていた。


「そういえば、シオンさん。昨日、村の子供たちが“シオンお兄ちゃんと遊びたい”って言ってましたよ。今度、一緒に虫取りに行きませんか?」


「……虫取りか。子供の頃以来だな。俺でよければ、付き合うよ」


「やった! みんな、シオンさんのことが大好きなんです。最初はちょっと怖がってた子も、今は“頼れるお兄ちゃん”って言ってます」


「……俺が、そんなふうに見られてるのか」


「はい。村の人たちって、家族みたいなものですから。困ったことがあったら、何でも言ってくださいね」


「……ありがとう、リアナ。本当に、君が隣にいてくれてよかった」


リアナは、少しだけ頬を赤らめてうつむいた。


「……私も、シオンさんが隣でよかったです」


二人の間に、静かな時間が流れる。

畑の土を踏みしめる音だけが、朝の空気に溶けていく。


「ねえ、シオンさん。今度、私の家で朝ごはん食べませんか? パンを焼きすぎちゃって……一緒に食べてくれると嬉しいんです」


「……いいのか?」


「もちろんです! 母も“シオンさんをもっと家に呼びなさい”って言ってますし」


「……じゃあ、遠慮なくご馳走になるよ」


「やった! 今日は、パンとジャムと、昨日の畑のトマトをサラダにしましょう」


「……リアナは、本当に面倒見がいいな」


「そうですか? 私は、ただシオンさんと一緒にいたいだけです」


シオンは、リアナの言葉に、胸の奥が少しだけざわめくのを感じた。

この村に来てから、こんなふうに誰かと心を通わせたのは初めてだった。


「……リアナ。ありがとう。これからも、よろしく頼む」


「はい! こちらこそ、よろしくお願いします」


朝の光が、二人の影を長く伸ばしていく。

リアナとの距離――

それは、少しずつ、しかし確実に、近づいていた。

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