18話 土の中の命たち ――ミミズや微生物との出会い
――朝の畑は、まだ静かな眠りの中にあった。
けれど、土の下では、目に見えない命たちがひしめき合い、今日も新しい一日を始めている。
シオンは、鍬を片手に畑の端にしゃがみ込み、じっと土を見つめていた。
「……土の中には、どれだけの命がいるんだろうな」
ふと、リアナがバケツを抱えてやってくる。中には、昨日集めた落ち葉や草が山盛りだ。
「おはようございます、シオンさん! 今日も畑仕事、頑張りましょうね!」
「おはよう、リアナ。……君は、毎朝本当に元気だな」
「はい! 今日は“土の中の命”について、シオンさんに見せたいものがあるんです」
リアナは、畝の端の柔らかい土をそっと掘り返す。
すると、土の中から太くて元気なミミズが、何匹も顔を出した。
「見てください、ミミズです! 畑が元気な証拠ですよ」
「……こんなにいるのか。正直、都会にいた頃はミミズなんて気持ち悪いと思っていた。でも、今は……なんだか、ありがたい存在に思えるよ」
「ふふ、ミミズは畑の“隠れた働き者”なんです。土を耕して、空気を入れて、落ち葉や枯れ草を食べて分解してくれるんですよ。ミミズが多い畑は、ふかふかで作物もよく育つんです」
「なるほど……。剣を振るっていた頃は、敵と味方しか見えていなかった。でも、畑では、こういう小さな命が支えてくれているんだな」
リアナは、ミミズをそっと手のひらに乗せてシオンに差し出す。
「触ってみますか?」
「……いいのか?」
「もちろんです。ミミズは、人には害がありませんから。むしろ、畑の味方です!」
シオンは、恐る恐るミミズを手のひらに受け取る。
冷たく、しっとりとした感触。
その小さな体が、ゆっくりと指の間を進む。
「……不思議な感じだな。こんな小さな生き物が、畑を支えているなんて」
「そうです。ミミズだけじゃありません。土の中には、微生物や小さな虫たちがたくさんいて、みんなで土を豊かにしているんです」
そこへ、グレンが鍬を担いでやってきた。
「おーい、シオン! 朝からミミズと遊んでるのか?」
「グレンさん、おはようございます。……リアナに“土の中の命”を教わってたんです」
「ははは、いいことだ。ミミズがいる畑は、いい畑だぞ。俺の親父は、“ミミズを見たら拝んどけ”って言ってたくらいだ」
「そんなに大事な存在なんですか?」
「大事も大事さ。ミミズが土を耕し、糞をして、空気を入れてくれる。おかげで根っこが元気に育つ。ミミズがいない畑は、どんなに肥料をやってもダメだ」
「……なるほど。畑仕事は、目に見えない命と一緒にやるものなんだな」
「そうだ。微生物も同じだ。目には見えねえが、土の中で落ち葉や堆肥を分解して、栄養に変えてくれる。畑の土一握りの中に、何億って微生物がいるって話だぞ」
リアナが、うなずきながら言葉を添える。
「微生物は、畑の“魔法使い”なんです。堆肥や落ち葉を分解して、作物が吸える形にしてくれる。だから、畑に落ち葉や堆肥をたくさん入れると、微生物が増えて、土がどんどん元気になるんです」
「……魔法使い、か。面白い表現だな」
「本当に魔法みたいですよ。土がふかふかになって、野菜が甘くなるんですから」
エミリアが、ノートを片手に静かに現れる。
「シオン、微生物の働きは、魔法以上よ。分解だけじゃなくて、病気を防いだり、根っこを守ったりもしてくれるの。微生物が多い土は、作物が病気になりにくいの」
「……そんなにすごいのか」
「ええ。たとえば“放線菌”は、土の中で悪い菌をやっつけてくれる。“糸状菌”は、落ち葉や枯れ草を分解して、土を柔らかくする。目には見えないけど、土の中は小さな命の世界なのよ」
「……畑仕事は、自然と命を育てることなんだな」
エミリアは、ノートを開いて見せる。
「私は、土の観察記録をつけてるの。ミミズの数、土の匂い、色、手触り……全部記録しておくと、畑の健康状態が分かるの」
「記録か……。俺も、少しずつつけてみるよ」
ミリィが、畑の端から元気よく駆けてくる。
「お兄ちゃん! アリの巣、見つけたよ!」
「アリも、土の中の命だな。畑に悪さをすることもあるけど、土を耕してくれることもある」
「そうだ。アリやダンゴムシ、トビムシ……いろんな小さな生き物が、土を動かしてくれる。全部が味方ってわけじゃねえが、バランスが大事なんだ」
グレンは、土の塊を手に取り、割って見せる。
「ほら、こんな風に土の中に小さなトンネルができてるだろ? これはミミズや虫たちが掘った跡だ。こういうトンネルがあると、根っこに空気が届きやすくなる」
「……確かに、畑の土がふかふかになってきた気がする」
「それは、ミミズや微生物のおかげだ。畑の“隠れた住人”に感謝しろよ」
リアナが、そっと土を手のひらに乗せてシオンに差し出す。
「この土の中には、数えきれないくらいの命が生きてるんです。みんなで支え合って、畑を元気にしてくれてる。だから、畑仕事は“命を育てる仕事”なんですよ」
「……命を育てる仕事、か。剣を振るっていた頃は、命を奪うことばかりだった。でも、今は違う。小さな命と一緒に生きていく――それが、畑仕事なんだな」
エミリアが、優しく微笑む。
「そうよ。畑も人も、命のつながりの中で生きているの。だから、焦らず、ゆっくり育てていけばいいのよ」
ミリィが、ミミズを空に掲げて叫ぶ。
「お兄ちゃんの畑、ミミズがいっぱいいるといいね!」
「そうだな。ミミズも微生物も、みんなが元気に暮らせる畑にしたい」
グレンが、鍬を肩に担ぎ直す。
「そのためには、落ち葉や堆肥を切らさずに入れてやることだ。農薬や化学肥料に頼りすぎると、土の命が減っちまう。自然の力を信じろ」
「分かった。……畑仕事は、自然と命を信じることなんだな」
リアナが、そっとシオンの手を握る。
「シオンさん、これからも一緒に畑を育てていきましょう。土の中の命たちと一緒に」
「ああ。俺も、みんなと一緒に成長していきたい」
夕暮れ、畑には静かな風が吹いていた。
土の中では、ミミズや微生物たちが今日もせっせと働いている。
シオンは、手のひらに残る土の感触を確かめながら、静かに呟いた。
「……ありがとう、みんな。土の中の命たち。君たちがいるから、俺も畑も生きていける」
その言葉は、土の奥深くまで、静かに染み込んでいった。




