17話 肥料と落ち葉の魔法 ――自然の力を借りる工夫
――朝露が消えかけるころ、シオンは畑の端にしゃがみ込んでいた。
昨日植え直した苗は、まだ頼りなく揺れているが、土の表面には小さな変化が見えていた。
ふと、リアナがバケツを両手に抱えて駆けてくる。中には色とりどりの落ち葉が山盛りだ。
「おはようございます、シオンさん! 今日も元気に畑仕事ですね!」
「おはよう、リアナ。……そのバケツ、また落ち葉か?」
「はい! 今日は“落ち葉の魔法”を教えちゃいます。うちの父が、“畑は森の真似をすればうまくいく”ってよく言ってたんです」
「森の真似……?」
「森では、木の葉っぱが毎年落ちて、それが土に還って、また新しい命を育ててるんです。畑でも同じように、落ち葉や草を混ぜてあげると、土がふかふかになるんですよ」
「なるほど……。剣の修行は力任せだったが、畑仕事は自然と向き合うことが大事なんだな」
リアナは、落ち葉を畝の間に広げ始める。
「このまま落ち葉を土の上に敷いてもいいし、細かく刻んで土に混ぜてもいいんです。微生物やミミズが分解して、栄養たっぷりの土にしてくれます」
「微生物……。目には見えないけど、土の中で働いているんだな」
「そうです! それに、落ち葉を敷くと、土が乾きにくくなって、雑草も生えにくくなるんですよ」
「一石二鳥だな」
そこへ、グレンが大きな袋を担いでやってきた。袋の中身は、黒くて細かい“堆肥”だった。
「おーい、シオン! 今日は“肥料の魔法”も教えてやるぞ」
「グレンさん、おはようございます。その袋は……?」
「村の堆肥小屋で作った完熟堆肥だ。落ち葉や家畜の糞、野菜くずを積み重ねて、何ヶ月も寝かせて作る。これを畑に混ぜると、土が一気に元気になるぞ」
「……魔法みたいだな。どうやって作るんだ?」
「簡単さ。落ち葉や草、野菜くずを積んで、水をかけて、時々混ぜるだけだ。冬を越すころには、黒くて柔らかい堆肥になる。臭いがきついときは、まだ発酵が足りねえ。完熟してから使うのがコツだ」
リアナが、堆肥を手に取って匂いを嗅ぐ。
「森の土みたいな匂い! これなら、野菜も元気に育ちますね」
「そうだ。化学肥料も悪くねえが、自然の力を借りるのが一番だ。土がふかふかになって、虫や病気にも強くなる」
シオンは、堆肥を畝にまきながら尋ねる。
「肥料って、どれくらい使えばいいんだ?」
「やりすぎは禁物だ。多すぎると根が焼ける。畝の上に薄く広げて、軽く土と混ぜるくらいで十分だ。苗の周りは特に気をつけろ。直接触れると弱るからな」
「分かった。……畑仕事は、加減が大事なんだな」
グレンは、にやりと笑う。
「剣もそうだろ? 力任せじゃ、すぐに折れる。畑も同じさ」
そこへ、エミリアがノートを片手にやってくる。
「シオン、肥料の種類もいろいろあるのよ。堆肥のほかに、鶏糞や牛糞、米ぬか、骨粉……それぞれ効き目が違うわ」
「骨粉……? 初めて聞いた」
「動物の骨を砕いて粉にしたものよ。リン酸が多くて、根や花を育てるのに向いてる。だけど、やりすぎると土が固くなることもあるから、少量ずつ使うのがコツよ」
「……なるほど。畑仕事は、知識も必要なんだな」
エミリアが、ノートを開いて見せる。
「私は、毎年どんな肥料をどれくらい使ったか記録してるの。そうすると、どの作物がどんな土を好むか分かるようになるの」
「記録か……。畑の“日記”みたいだな」
「そうよ。自然の力を借りるには、観察と記録が一番大事なの」
ミリィが、畑の隅から手を振る。
「お兄ちゃん、ミミズがいっぱいいるよ!」
「ミミズは、畑の味方だ。土を耕して、空気を入れてくれる。落ち葉や堆肥が大好きなんだ」
リアナが、ミリィの手のひらのミミズを見て微笑む。
「ミミズが増えると、土がふかふかになるんです。落ち葉や堆肥をたくさん入れてあげましょう!」
グレンが補足する。
「それとな、畑の端に“落ち葉溜め”を作っておくといい。秋になったら、村のみんなで落ち葉を集めて積んでおく。春には立派な堆肥になるぞ」
「落ち葉溜め……。森の真似をするって、こういうことか」
「そうだ。自然のサイクルを畑に持ち込む。それが“落ち葉の魔法”さ」
エミリアが、静かに言葉を添える。
「自然の力を借りると、畑も人も元気になるの。不思議だけど、本当なのよ」
シオンは、畑の土を手のひらで包み込む。
「……剣を振るっていた頃は、力で全てを解決しようとしていた。でも、畑仕事は、自然と対話しながら、少しずつ積み重ねていくものなんだな」
リアナが、そっとシオンの肩に手を置く。
「畑も人も、ゆっくり育てばいいんです。落ち葉や堆肥の力を借りて、みんなで元気になりましょう!」
グレンが、空を見上げて言う。
「自然には敵わねえ。だが、うまく付き合えば、必ず応えてくれる。それが畑仕事の面白さだ」
エミリアが、ノートに何かを書き込みながら微笑む。
「今日の記録、“落ち葉と堆肥の魔法”。きっと、来年の畑がもっと良くなるわ」
ミリィが、元気よく叫ぶ。
「お兄ちゃんの畑、ふかふかになるといいね!」
シオンは、みんなの笑顔に囲まれながら、静かにうなずいた。
「……ありがとう、みんな。自然の力を借りて、俺も畑も、少しずつ成長していくよ」
――その日、畑には新しい命の気配が満ちていた。
落ち葉と堆肥の魔法――それは、自然と人が寄り添いながら生きる、村の知恵そのものだった。




