16話:小さな失敗、大きな学び ――枯れた苗と再挑戦の決意
――雨が上がった翌朝、シオンは畑に立ち尽くしていた。
空は晴れ渡り、雲間から差す光が畝を照らしている。だが、その光の下で、いくつかの苗がしおれているのがはっきりと見えた。
葉は黄色くなり、茎はぐったりと倒れかけている。
シオンは静かにしゃがみ込み、枯れた苗をそっと指先でつまんだ。
「……やっぱり、ダメだったか」
その声に、リアナが畑の端から駆け寄ってきた。
彼女はシオンの表情を見て、すぐに状況を察する。
「シオンさん……苗、枯れちゃいましたか?」
「ああ。雨の後、気になってはいたんだが……。やっぱり、根腐れしたみたいだ」
「うーん……雨が続いたから、水が溜まっちゃったのかもしれませんね。畝の高さは十分だったんですか?」
「……正直、低かったかもしれない。水はけを気にしてはいたけど、思ったより土が重くなってた」
「それに、雨の後は土の中に空気が入りにくくなるから、根っこが苦しくなっちゃうんです。私も何度も失敗しましたよ。初めて育てたトマト、全部枯らしちゃったこともあります」
「……そうなのか?」
「はい。最初はみんな失敗します。でも、そのたびに“どうしてだろう”って考えて、少しずつ上手くなっていくんです」
シオンは、枯れた苗を手のひらに乗せてじっと見つめた。
小さな命が、静かに終わっていく――その重さが、胸にずしりと響く。
「……戦いのときは、失敗が許されなかった。だが、畑仕事は違うんだな。失敗しても、やり直せる」
「そうです。畑も人も、何度でもやり直せます。失敗したら、その理由を考えて、次に活かせばいいんです」
そこへ、グレンが鍬を担いでやってきた。
彼は枯れた苗を一瞥し、どっしりと腰を下ろす。
「おーい、シオン。苗がやられたか?」
「……ああ。雨の後、畝の間に水が溜まってたみたいだ。根腐れだろうな」
「そうか。だが、これも大事な経験だ。畑仕事は失敗の繰り返しだぞ。俺だって、最初は何度も苗を枯らした。水はけが悪いなら、次は畝を高くしてみろ。それと、苗を植えるときは、根鉢を崩しすぎないようにな」
「根鉢……?」
「苗をポットから出したとき、根っこについてる土の塊だ。あれを崩しすぎると、根が傷んで水を吸えなくなる。軽くほぐすくらいでいい」
「……なるほど。昨日は、根をほぐしすぎたかもしれない」
「それも経験だ。次に活かせばいい。大事なのは、失敗を恐れず、何度でも挑戦することだ」
エミリアが、静かに畑の端から近づいてくる。
手にはノートと鉛筆。
「シオン、畑の記録はつけてる? いつ苗を植えたか、雨がどれくらい降ったか、枯れた苗の様子……全部書き留めておくと、次に同じ失敗をしなくて済むわ」
「……記録か。まだ、ちゃんとはつけていなかった」
「農業は“観察”と“記録”が基本よ。天気や土の状態、作物の反応を毎日書いておくと、後で見返したときに原因が分かりやすいの」
「分かった。今日から、ちゃんと記録をつけるよ」
ミリィが、畑の隅から駆けてくる。
手には小さな花を握っている。
「お兄ちゃん、これ、あげる! 元気が出るお花だよ!」
「ありがとう、ミリィ。……そうだな、元気を出さないとな」
リアナが、そっとシオンの肩に手を置く。
「シオンさん、畑仕事は“諦めないこと”が一番大事です。失敗しても、また挑戦すればいいんです。私も、何度も泣きました。でも、やめなかったから、今は野菜が育てられるようになったんです」
「……ありがとう、リアナ。君たちがいてくれるから、俺も諦めずにいられる」
「それでいいんです。畑も人も、ゆっくり育てばいいんですよ」
グレンが、にやりと笑う。
「そうだ。畑仕事は、根気と工夫だ。次は、畝を高くしてみろ。水はけをよくするために、畝の間に溝を深く掘るのもいい。苗を植えるときは、天気を見て、雨が続きそうなら植えるのを遅らせるのも手だ」
「……分かった。全部、次に活かしてみる」
「それでいい。農業に“完璧”はねえ。毎年、毎回、違うことが起きる。だが、失敗を積み重ねていくうちに、少しずつ上手くなる。それが畑仕事だ」
エミリアが、ノートを開いて見せる。
「私も、最初は失敗ばかりだったわ。虫にやられたり、病気で全滅したり。でも、記録をつけて、原因を考えて、少しずつ上達したの。シオンも、焦らずに続けていけば大丈夫よ」
「ありがとう、エミリア。……みんなの言葉が、すごく励みになる」
ミリィが、花を振りながら言う。
「お兄ちゃん、また新しい苗を植えようよ! 今度はきっと、元気に育つよ!」
「ああ、そうしよう。今度は、みんなの知恵を借りて、もう一度挑戦する」
リアナが、明るく言葉を重ねる。
「次は、私も一緒に苗を選びます。丈夫な苗を選ぶコツもありますから」
「苗選びのコツ……?」
「はい。葉っぱが濃い緑色で、茎が太くて、根元がしっかりしている苗がいいんです。背が高すぎる苗や、葉が黄色い苗は避けた方がいいですよ」
「なるほど……。今度は、よく見て選ぶよ」
グレンが、鍬を肩に担ぎ直す。
「それでいい。苗を植えるときは、曇りの日か夕方がいい。直射日光が強いと、植えたばかりの苗が弱るからな」
「分かった。……ひとつひとつ、覚えていくよ」
エミリアが、そっと微笑む。
「焦らず、ゆっくりでいいのよ。畑仕事は、毎日が勉強だから」
「……ありがとう、みんな。本当に、ありがとう」
シオンは、枯れた苗をそっと土に還し、新しい苗を植えるための準備を始めた。
失敗は、終わりではない。
それは、新しい挑戦への“始まり”なのだと、今は素直に思える。
「……小さな失敗が、大きな学びになる。次は、きっと上手くいく」
そう呟きながら、シオンは鍬を手に立ち上がった。
太陽は高く昇り、畑には新しい風が吹いていた。




