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15話:雨の日の畑と心の曇り  ――思い通りにならない天気と気持ち

――朝から、しとしとと雨が降り続いていた。

エルデン村の畑は、薄い霧に包まれ、土の匂いがいつもより濃く漂っている。

シオンは窓辺に立ち、外を見つめていた。

昨日までの晴れ続きが嘘のように、空はどこまでも灰色だ。


「……これじゃ、畑仕事はできそうにないな」


 ふと、リアナが傘を片手にやってきた。

 長靴の先で水たまりを跳ねながら、明るい声をかけてくる。


「おはようございます、シオンさん! 今日は雨ですね」


「おはよう、リアナ。……畑に出たいけど、この雨じゃ何もできないな」


「そうですね。雨の日は、畑に入るのはやめておいた方がいいんです。土が柔らかくなってるから、歩き回ると踏み固めちゃって、根っこが苦しくなりますし。それに、泥はねで病気が広がることもあるんですよ」


「なるほど……。それでも、畑の様子が気になって仕方がない。せっかく蒔いた種や苗が、雨で流されてないか、根腐れしてないか……」


「分かります。私も最初は、雨が降ると心配で畑を見に行きたくなりました。でも、雨の日は“待つこと”が大事なんです。無理に作業しても、かえって畑を傷めてしまうから」


「……待つ、か。戦いのときは、何かしら動いていないと落ち着かなかった。でも、畑仕事は違うんだな」


「はい。雨の日は、畑の周りをそっと観察するだけにしてます。水たまりができていないか、排水の溝が詰まっていないかを遠くからチェックするくらいです。もし水が溜まっていたら、クワで溝を掘って水を逃がすことだけはやりますけど、それ以外はお休みです」


 そこへ、グレンがカッパ姿でやってきた。

 鍬は持たず、手には大きな傘。


「おーい、シオン! 雨の日は畑に入るなよ。土が緩んでるから、歩き回ると後が大変だぞ」


「分かってます。……でも、どうしても気になってしまう」


「気持ちは分かるが、畑仕事は“我慢”も大事だ。無理に作業しても、土を練り固めてしまうだけだし、病気も広がりやすい。雨が上がったら、まず畑の水はけをチェックして、必要なら溝を掘り直す。それまでは、家で道具の手入れでもしておけ」


「道具の手入れ……。確かに、鍬や鎌の刃を研いだり、柄を乾かしたりするのは、雨の日にぴったりかもしれないな」


「そうだ。農家は、天気と上手く付き合うのが仕事のうちだ。思い通りにならない日もあるさ。焦るなよ」


 エミリアが、静かに傘を差して現れる。

 手には分厚い本と、ノート。


「シオン、雨の日は“勉強の日”にしてもいいのよ。私も、こういう日は農業の本を読んだり、次の作付け計画を立てたりしてる。畑の記録をまとめるのもおすすめよ」


「……計画を立てる、か。戦いのときは、常に先を読んで動いていた。畑でも同じなんだな」


「そうよ。雨の日は、頭を使う作業に向いてる。種の在庫を確認したり、次に植える野菜を選んだり。畑に出られない分、じっくり考える時間にできる」


 ミリィが、窓辺から顔を出す。


「お兄ちゃん、今日は一緒にお菓子作ろうよ!」


「お菓子……。そうだな。たまには畑のことを忘れて、家の中で過ごすのも悪くない」


 リアナが、にっこりと微笑む。


「雨の日は、村のみんなも家でのんびりしてますよ。お母さんはパンを焼いて、グレンさんは農具の修理、エミリアさんは読書。私も、家で刺繍をしたり、レシピを考えたりしてます」


「……みんな、雨の日の過ごし方があるんだな」


「はい。畑仕事は、天気に逆らわず、自然に合わせるのが一番です。どうしても気になるなら、雨が上がったときに畑をよく観察して、風通しや水はけを良くする工夫をしましょう[5]。でも、雨の日は無理せず休むのが一番です」


「……分かった。今日は、家でできることを探してみるよ」


 グレンが、傘をくるくる回しながら言う。


「雨が上がったら、まず畑の溝を見てみろ。水が溜まっていたら、すぐに排水だ。高畝にしておくと、雨の季節も安心だぞ。それと、雨の後は病気や虫が出やすいから、観察を怠るなよ」


「はい。……雨の後の畑仕事、忘れないようにします」


 エミリアが、ノートを差し出す。


「シオン、畑の記録をつけてみて。雨の日や晴れの日、作物の様子を書き留めておくと、後で役立つわ。どんな天気の日に、どんな変化があったか。農業は“観察”と“記録”が大事よ」


「ありがとう、エミリア。……やってみるよ」


 雨音が、静かに家の屋根を叩く。

 シオンは、窓の外を見つめながら、心の中の焦りが少しずつ和らいでいくのを感じていた。


「……思い通りにならない天気も、悪くないかもしれないな」


 リアナが、そっと声をかける。


「シオンさん、畑も人も、時には“休む”ことが大事なんです。無理に頑張らなくても、ちゃんと前に進めますから」


「……ありがとう、リアナ。君たちのおかげで、少しだけ気持ちが軽くなった」


 ミリィが、嬉しそうに手を振る。


「お兄ちゃん、クッキー焼こう!」


「ああ、今日は家族みんなで過ごそう」


 雨の日の畑は静かで、どこか寂しげだ。

 だが、家の中には笑い声と温かな時間が流れていた。


 思い通りにならない天気と、思い通りにならない気持ち。

 けれど、それもまた、村で生きるということなのだと、シオンは静かに受け入れ始めていた。

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