12話:畝と水路、汗と泥の格闘 ――畑の形を整えながら学ぶ基礎
――朝日が畑を照らし始めた頃、シオンは鍬を片手に畑の中央に立っていた。
昨日は土壌改良に精を出したが、今日は「畝」と「水路」作りに挑戦するつもりだった。
だが、目の前の土はまだ重く、粘り気が強い。
思わずため息が漏れる。
「……さて、どうしたものか」
そこへ、リアナが元気よく駆けてきた。
手には小さなスコップと、布で包んだおにぎり。
「おはようございます、シオンさん! 今日もやる気ですね!」
「おはよう、リアナ。……昨日の落ち葉と炭を混ぜたけど、まだ土が重い。畝を作るには、どうしたらいい?」
「うーん、畝作りは力仕事ですからね。でも、コツを掴めば大丈夫ですよ。まずは、土を高く盛り上げて、両側に溝を作ります。水が流れる道を作るんです」
「なるほど……。溝の深さは、どれくらいがいい?」
「だいたい手のひら一枚分くらいかな。あんまり深くしすぎると水が溜まりすぎて根腐れしちゃうし、浅すぎると雨のときに流れてしまうんです」
「……やってみるよ」
シオンは鍬を振るい、土を盛り上げていく。
汗が額を伝い、腕がじんわりと痛む。
「畑仕事は、剣を振るうよりも体力がいるな……」
「ふふ、そうかもしれませんね。でも、畑仕事は“力任せ”じゃなくて“リズム”が大事なんです。ほら、こうやって――」
リアナはスコップで土をすくい、軽やかに畝を形作っていく。
「肩の力を抜いて、土の重みを感じながら、リズムよく動かすんです。シオンさんも、やってみて!」
「……こうか?」
「そうそう! 上手です。最初は難しいけど、慣れると楽しくなりますよ」
しばらく二人で黙々と畝を作る。
土の感触、汗のにおい、鳥のさえずり――すべてが新鮮だった。
「ねえ、シオンさん。都会では、こんな風に土を触ることってあったんですか?」
「……いや、ほとんどなかった。畑はあっても、誰かが管理していたし、俺はただ眺めているだけだった。こうして自分の手で土を動かすのは、初めてだ」
「最初はみんなそうですよ。でも、畑仕事は“やった分だけ”ちゃんと返ってくるんです。失敗しても、またやり直せばいいんですから」
「……失敗、か。俺は、戦いの中で失敗を許されなかった。だが、畑仕事は違うんだな」
「はい。畑は、何度でもやり直せますよ。土も、作物も、人も、みんなそうです」
そのとき、グレンが大きな鍬を担いで現れた。
「おーい、シオン! 畝作りは順調か?」
「グレンさん、おはようございます。……難しいですね。土が重くて、なかなか思うように形が作れません」
「最初はそんなもんだ。だが、土をよく見てみろ。水が溜まりやすい場所と、乾きやすい場所があるだろう? 畝の高さを変えてみるといい。高い畝は水はけがよく、低い畝は水持ちがいい。作物によって使い分けるんだ」
「なるほど……。キュウリやトマトは高い畝、カブやダイコンは低い畝がいいのか」
「その通りだ。よく覚えてたな。あとは、畝の間の溝を“水路”にしておくと、雨が降ったときに水が流れやすくなる。水路の出口は、畑の端の低いところに向けて作るといい」
「……分かりました。やってみます」
「おう、無理はするなよ。畑仕事は根気だ。焦らず、じっくりやれ」
グレンは、シオンの鍬の使い方を見て、細かくアドバイスをくれた。
「鍬を振るときは、腰を落として、腕だけじゃなく全身で動かすんだ。そうすれば、疲れにくいし、土もよく動く」
「……こうか?」
「そうだ! だいぶ様になってきたな。お前、剣の素振りも上手かったんじゃないか?」
「まあ、昔は……。でも、鍬は剣よりも重い気がする」
「ははは、農具は命を支える道具だからな。重みが違うのさ」
リアナが、にこにこと会話に加わる。
「グレンさん、今度“畑の講習会”を開いてくださいよ。みんなで土を触って、勉強したいです!」
「おう、いいぞ。村の連中も集めて、みんなで畑を作ろう」
しばらくして、エミリアがやってきた。
「おはよう、みんな。……シオン、畝作りはどう?」
「エミリア、おはよう。……難しいけど、少しずつ形になってきた」
「畑の形は、魔法陣と同じよ。流れを意識して作ると、作物も元気に育つわ」
「魔法陣、か……。なるほど、水の流れや土の高さも“流れ”なんだな」
「そうよ。自然の力をうまく使うことが、畑仕事のコツよ」
ミリィが、畑の端で手を振る。
「お兄ちゃん、見て! カエルがいたよ!」
「おお、カエルか。それはいい兆候だ。カエルは虫を食べてくれるし、畑が元気な証拠だ」
「うん! お兄ちゃんの畑、いろんな生き物が集まるといいね!」
「そうだな。……ミリィ、ありがとう」
みんなで畝を作り、水路を掘り、土をならしていく。
汗と泥にまみれながら、少しずつ畑の形が整っていく。
「シオンさん、畑仕事って、最初は大変だけど、終わった後の達成感がすごいですよ。畝がきれいに並ぶと、それだけで嬉しくなります」
「……確かに。剣の修行では味わえなかった充実感だ」
「それが“村の暮らし”です。みんなで汗を流して、笑い合える。シオンさんも、もう立派な村人ですよ」
「……ありがとう、リアナ」
グレンが、満足そうに畑を見渡す。
「よし、今日はここまでにしよう。無理をすると、明日が辛くなるからな」
「はい。……でも、もう少しだけやってみたい」
「気持ちは分かるが、体を壊したら元も子もねえ。畑仕事は“続けること”が大事だ。焦るなよ、シオン」
「分かりました。……今日は、ここまでにします」
夕暮れ、畑にはきれいな畝と水路が並んでいた。
シオンは、手のひらについた泥を見つめながら、静かに呟いた。
「……畑仕事は、剣の修行よりも奥が深い。だが、この泥の重みが、今は心地いい」
リアナが、そっと隣に座る。
「シオンさん、明日も一緒に畑仕事しましょうね」
「ああ。明日も、明後日も、ずっと一緒に」
村の空に、夕焼けが広がっていた。
新しい日々の始まり――
それは、汗と泥にまみれながらも、確かな充実感に満ちていた。




