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11話:土壌改良の試行錯誤  ――はじめての“土づくり”に挑む朝 畝

――夏の朝、畑の土はまだ夜露を含んでしっとりと冷たかった。

シオンは鍬を手に、自分の畑の端にしゃがみ込んでいた。

昨日までの小さな成功――初めての収穫の余韻は、もう遠い過去のように思える。

今日からは「本当の土づくり」が始まるのだと、彼は静かに気を引き締めていた。


 リアナが、バケツと小さなスコップを抱えてやってくる。


「おはようございます、シオンさん! 今日もやる気ですね!」


「おはよう、リアナ。……畑仕事は、毎日が試行錯誤だな。昨日のキュウリはよかったが、隣の畝の芽は、どうも元気がない」


「うーん、やっぱり土のせいかもしれませんね。エルデン村の土は、場所によって全然違うんですよ。ここはちょっと粘っこいし、雨が降ると水はけが悪くなるんです」


「なるほど……。都会の本で読んだ知識だけじゃ、どうにもならないな。土を触ってみて、初めて分かることが多い」


「そうそう。土って、毎日ちょっとずつ違うんです。ほら、手で握ってみてください」


 リアナは、土を一握りしてシオンに差し出す。


「こうやって握って、指でほぐしてみると、粘り気とか、湿り気とか、色々分かるんですよ。今日はちょっと重たい感じかな」


「……確かに。昨日よりも、指にぬるっとまとわりつく。こういう土は、どうすればいい?」


「うーん……グレンさんは“落ち葉を混ぜるといい”って言ってました。畑の隅にたくさん落ち葉があるから、それを集めてきましょうか?」


「分かった。じゃあ、俺は畝の間を掘って、水が流れやすくしてみる」


 シオンとリアナは、それぞれ作業に取りかかった。

 シオンは鍬で土を掘り返し、畝の間に小さな溝を作る。

 リアナは落ち葉をバケツに集めて戻ってきた。


「はい、これ、落ち葉! このまま土に混ぜちゃっていいですか?」


「頼む。……しかし、土を改良するって、思ったよりも地道な作業だな。剣なら一振りで決着がつくが、土は一日じゃ変わらない」


「ふふ、農業は“待つこと”が大事なんです。落ち葉や草を混ぜて、微生物が分解してくれるまで、何日も何週間もかかりますから」


「微生物……。目には見えないけど、土の中で働いているんだな」


「そうですよ。うちの父は“土は生きてる”ってよく言ってました。だから、あまり土をいじりすぎない方がいいって。最近は“耕さない農法”っていうのもあるんですよ」


「耕さない……? それで作物が育つのか?」


「うん、落ち葉や草をそのまま土の上に置いて、微生物やミミズが自然に土を柔らかくしてくれるんです。すぐには効果が出ないけど、長い目で見れば、ふかふかの土になるって」


「……なるほど。焦らず、土の“声”を聞くことが大事なんだな」


「はい! それに、季節によっても土の状態は変わりますし、雨が多い年と少ない年でも全然違うんです。だから、毎日土を触って、観察することが大事なんですよ」


 そこへ、グレンが鍬を担いでやってきた。


「おーい、シオン! 土の具合はどうだ?」


「グレンさん、ちょうどいいところに。落ち葉を混ぜてみたんですが、これでいいですか?」


「おう、悪くねえ。だが、もうひと工夫だな。畝の間に溝を掘って水はけをよくするのも大事だが、粘土質の土なら“もみ殻”や“炭”を混ぜるといい。村の倉庫に少し残ってたはずだ」


「もみ殻や炭……。それも土壌改良になるのか」


「そうさ。炭は土の中の空気を増やして、微生物の住処になる。もみ殻は水はけをよくしてくれる。昔、俺の親父が教えてくれたんだ。鍛冶屋だって、土のことは知っておかないとな」


 リアナが目を輝かせる。


「グレンさん、詳しいですね! 今度、畑の講習会を開いてくださいよ」


「ははは、そんな大層なもんじゃねえが、困ったらいつでも相談しろ。土づくりは“失敗と成功の積み重ね”だ。焦るなよ、シオン」


「……ありがとう。剣の修行より、ずっと根気がいるな」


「そうだろう? だが、土は裏切らねえ。手をかけた分だけ、ちゃんと応えてくれる」


 エミリアが、そっと畑の端から声をかけてくる。


「シオン、土壌改良の本なら、私が王都から持ってきたものがあるわ。魔法の知識と合わせて、いろんな方法が載ってる。今度貸してあげる」


「ありがとう、エミリア。……君は、どうやって土を見分けている?」


「私は“魔力の流れ”を見るの。土の中の水分や栄養の偏りが分かるから、そこに有機物を足したり、畝の高さを調整したりするの。魔法がなくても、手で土を触って匂いを嗅げば、だいたい分かるわ」


「……やっぱり、土と向き合うことが大事なんだな」


「そうよ。焦らず、じっくり観察して。自然のリズムに合わせることが、いちばんの近道よ」


 ミリィが、家から駆けてくる。


「お兄ちゃん! ミミズ見つけたよ!」


「おお、ミミズか。それはいい兆候だ。ミミズがいる畑は、土が元気な証拠だ」


 グレンが、ミリィの手のひらのミミズを見て笑う。


「ミミズは土を耕して、空気を入れてくれる。だから、見つけたら大事にしろよ」


「うん! お兄ちゃんの畑、ミミズがいっぱいになるといいね!」


「そうだな。……ミリィ、ありがとう」


 みんなで土を触り、匂いを嗅ぎ、落ち葉やもみ殻を混ぜ、畝の高さを調整し――

 失敗と成功を繰り返しながら、少しずつ土が変わっていく。


「シオンさん、畑仕事って、最初はうまくいかなくて当たり前ですよ。私も、何度も失敗しました。トマトが枯れたり、ニンジンが曲がったり、全部土のせいだって思ったこともあります。でも、諦めずに続けていれば、必ず答えが返ってきますから」


「……ありがとう、リアナ。君たちのおかげで、少しずつ自信がついてきた」


「それでいいんです! 畑も人も、ゆっくり育てばいいんですよ」


 夕方、シオンは一人畑に残り、今日の土の感触をもう一度確かめた。

 手のひらに残る土の重み――それは、戦いの日々では決して得られなかった、静かな充実感だった。


「……土と向き合うことが、こんなにも奥深いとはな。明日は、どんな土に出会えるだろう」


 そう呟いて、シオンは畑を後にした。

 土壌改良の試行錯誤は、まだ始まったばかりだ。

 だが、その一歩一歩が、確かに新しい日常を形作っていく。

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