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先手必勝シリーズ

夏至祭の奇跡 ~精霊が願い事を叶えてくれました~

作者: 白井一葉

「さてと。じゃあ、私は適当に時間を潰してから帰るわね!」


王宮のパティシエが作った美味しいケーキを食べ終え、ティーカップに残った紅茶をぐいっと飲み干すと、私はそう言って席を立った。


「ありがとう、イザベラ……」

「イザベラ、いつもすまないな」


三人で始めたお茶会だが、一足先に私だけが席を立つ。

私の婚約者であるロバートと、私の親友グレイスは、この後も二人でお茶会を続けるのだ。


あまり早く家に帰ると父に怪しまれてしまうから、どこかで時間を潰さないといけない。

いつもなら、王宮の素敵な庭を歩いたり、図書室で本を借りて読んだりして過ごすのだが。

近頃はそれにも少し飽きてきた。


今日は何をしようか、と思いめぐらせて、そうだ久しぶりに買い物に行こうと思い立った。

この前仕立てたドレスに似合う帽子を探そう。

もうすぐ夏が来るから、新しい日傘を買うのもいいかもしれない。


侍女のヘレンに「街に行きたい」と告げる。

ヘレンは私達の事情を知っているので、こんなにも早く王宮から帰る私を問い詰めたりしない。

ただ「かしこまりました」とだけ言って、護衛騎士と御者に行き先変更を告げている。






昔々。

この国の王子が、婚約者である侯爵家の令嬢に、突然の婚約解消を申し出た。

真実の愛を見つけたという理由で。

その後は、想像通り、いや想像以上の修羅場となったらしい。


ちなみに、その真実の愛を理由に婚約解消された令嬢は、私のご先祖様だ。


彼女の父である当時のバーランド侯爵は怒り狂い、王家に対して反旗を翻した。

それが引き金となり、国内は荒れに荒れ、内乱一歩手前というところまで行った。

それに乗じて北の隣国が攻め込んで来たため、ひとまず国内の争いは収まったのだが。

北の隣国の侵攻を防いだ後、再び国内に不穏な空気が漂い始めた。


内乱をなんとか避けようと、王は苦肉の策としてバーランド侯爵にある提案を示した。



――この先、王家とバーランド侯爵家に、年齢的に釣り合いの取れる異性の子供が生まれた時は、必ず婚約させることとする――



バーランド侯爵はこの提案を呑んだ。

口約束など許さないと、正式な書面が交わされ、この婚約解消騒動はひとまず終結した。




その後、どうなったかと言うと。

この条件を満たす子供は、なかなか生まれてこなかった。

丁度よい年廻りの子供が産まれても同性だったり、せっかく異性が産まれても婚姻は無理な年齢差であったりしたのだ。


そして、約束の時から実に100年近くの時が経った頃になって。

ようやくこの条件を満たす子供が産まれた。


王家に生まれた男の子、すなわち王太子ロバートと、バーランド侯爵家に生まれた女の子イザベラ。

すなわち私だ。


今から15年前、私が産まれたその日のうちに、ロバートと私の婚約が結ばれた。


これでやっと約束を果たせると王家は胸を撫で下ろしたし、ようやく家門から王妃を出せるとバーランド侯爵家は喜びに沸いた。


全てが順調で、誰もが幸せな未来を想像していた。

生まれた時から洗脳に近い教育を施しておけば、成長してから婚約破棄だなんだと言い出すこともないだろう。

誰もがそう思った。信じていたと言っていい。


だが、人の心は実にままならないものだ。


年頃になった王太子は、生まれた時から側にいた婚約者ではなく、別の少女に恋をした。

これだけ周りが外堀を埋めても尚、王太子の気持ちは婚約者とは別の少女に向けられたのだ。

これを真実の愛と言わずして何と言えよう。



ロバートと私の親友グレイスは相思相愛だ。

だが、今はそれを周囲には隠している。

見ていればすぐにわかると思うのだが、不思議なことに今のところそれを知る人は極わずかだ。




「イザベラは私とロバート殿下のことをよく知っているからわかったのよ。他の人はそうじゃないもの。全然不思議なことではないわ」


「そうだな、今のところは周囲には気づかれてはいない。いつか、露呈する日が来るのだろうが」


「ちょっと! 露呈するって何よ、ロバート! あなた達は何も悪いことをしているわけじゃないのよ! そんな言い方止めてよ。グレイスに失礼だわ!」


「違うわ、イザベラ。私は悪い事をしているの。婚約者のいる男性に恋をして、婚約者から奪おうとしているのだから」


「私も罪を犯している。婚約者がいながら、他の女性を好きになってしまった。しかもその女性はよりによって婚約者の親友なのだ」



グレイスとロバートの表情が曇る。

二人はそうやっていつも自分達を責めている。

でも、私は二人のそんな顔を見ていたくない。

なので、思い切りおどけたように言う。



「えー? そんなこと言うなら、私だって負けないわよ! ええと、だったら私は『相思相愛の二人の仲を邪魔する悪役令嬢』よ!」


「ふふっ、イザベラったら、何を言い出すのかと思ったら。貴女が悪役令嬢だなんて。貴女ほどその言葉が似合わない人もいないでしょうに。可笑しくて笑っちゃうわ」


「負けないわよって何なんだよ。相変わらずイザベラは面白いな」



二人の顔が笑顔に戻った。

私もほっとしてついつい笑顔になる。




そもそもだ。

私はロバートに、友情以上の気持ちを持つことができない。

何しろおむつをしている頃からの付き合いなのだ。

今更、恋愛感情を持つなんて無理だ。

ロバートはとても優しいし、友人としては最高だ。

きっと将来は素晴らしい王になるだろう。

でも、ロバートと結婚し世継ぎを設けるだなんて無理だ。想像すらしたくない。


だから、ロバートがグレイスのことを好きだったとしても、私は悔しくもなんともない。

むしろ、彼には女を見る目があると褒めてやりたいくらいだ。



グレイスは私の親友だ。

学院で同じクラスになった私達は、初めて会った日から三年間ずっと変わらず仲良くしている。


王太子の婚約者という肩書のせいで、私の周りに寄ってくる人間は皆、私自身を見ようとしない。

けれど、グレイスだけは私自身を見てくれた。

いつも私を気遣ってくれる優しいグレイス。

そんな彼女に、私は何度も励まされてきた。



言ってて悲しくなるが、私はそんなに美しいわけじゃない。

父やロバート、陛下や王妃様は可愛らしいといってくれるが、そんなの身内の欲目だ。


背が低く、15歳になったというのに幼児体型。

肩より少し長いブルネットの髪は、どういうわけか何をしても毛先がくるんと内向きに丸まってしまう。

琥珀のようなと気を遣って言われることもあるが、要するに平凡な茶色の瞳。

しかも、締まりのない気弱そうなタレ目で童顔。


皆、隠しているつもりだろうけど、地獄耳の私は知っている。

陰で私が『豆狸』と呼ばれていることを!


それに引き換えグレイスはというと。

美しく輝くサラサラの金髪は背中に真っ直ぐに流れ落ち、染み一つない肌、紫水晶のような瞳が美しい。

背が高くすらっとしていて、凛とした立ち姿の美しさから『白百合の君』と呼ばれている。


グレイスは、コーネル公爵家の令嬢だ。

コーネル公爵家は過去に何度も王家からの降嫁があった由緒ある家柄だ。

身分の高さと賢さと美貌を兼ね備えているにもかかわらず、グレイスには王太子妃になる道が閉ざされてしまっている。



大好きな友人である二人が、私のせいで一緒になれないなんて。

そんなことがあっていいはずがない。

なので私は、二人ができるだけ一緒に過ごせるように取り計らうようにした。


三人でのお茶会はその一つだ。

三人で集まってお茶会を始め、少ししたら私だけが席を外す。

そうすれば、残りの時間はロバートとグレイスの二人きりの時間となる。


とても良い案だと思うし、ロバートとグレイスも喜んでくれている。

だが、あまり頻繁にやっていると周囲の人間に不審に思われてしまう。

侍女や護衛騎士の中には薄々感づいている者もいるようだ。

いつ、お父様に報告されてしまうかとひやひやする。



お父様にバレたら。

その時はきっと大変なことになる。

それこそ、昔々にご先祖様が婚約解消された時のように、お父様は怒り狂って王家に抗議するだろう。


でも、たとえそうなったとしても、私はロバートとは一緒になるつもりは無い。

もしそうなったら、修道院に行ってもいいとさえ思っている。

だが、それでは駄目なのだ。

優しい二人は、私を犠牲にしてまで愛を貫き通すことはしないだろう。

私が不幸でいる限り、彼らはきっと幸せにはなれない。


それがわかっているからこそ、私はどうにかしてこの婚約を円満に解消し、私自身も幸せになりたいと願っている。



正直に、ロバートのことを異性として好きになれないと伝えたとしても、お父様は決して納得してはくれないだろう。

貴族令嬢として生まれたからには、我儘は許されないと言われるに違いない。

バーランド侯爵家から王妃を出すチャンスを逃すわけにはいかないのだ、と。


かと言って本当のことを言えば、約束を違え他の令嬢を妃に迎えようとする王子に対して怒り狂うだろう。

かつてのバーランド侯爵のように、王家に対して反旗を翻すほどのことはしないにしても、かなり険悪な関係になるのは避けられない。

元々、バーランド侯爵家は王家に何かと対立してきた『貴族派』だ。

これ以上険悪になるのは、王家にとっても国にとっても避けたいところだろう。




「どうしたらいいのかな……」


揺れる馬車の中で思わずそう呟く。

すると、目の前に座っている侍女のヘレンが心配そうな顔をした。



「お嬢様? どうなさったのですか?」

「あ、ううん、何でもないの。それよりヘレン、今日はなんだか街が賑やかね」

「ああ、もうすぐ夏至祭ですからね」



よく見ると、街の至る所に大小様々な大きさの花でできた薬玉が吊り下げられている。

色とりどりのその薬玉は、華やかで見ているだけで心が弾んでくる。

夏至祭の祭事は国によって少しずつ異なるが、この薬玉だけはどこの国でも共通だという。


ちなみに、ここフォートラン王国では、夏至祭の特別なお菓子として銀のアラザンがかかったジャムサンドクッキーが食べられる。

このクッキーには各家庭によって代々受け継がれるレシピがあるようだ。


屋台では、ミントの葉とアラザンが乗せられたレモネードが売られる。

クッキーと言い、レモネードといい、何にでも銀のアラザンがかけられているのが、この国の夏至祭の食べ物の特徴だ。


これは、「フォートラン建国記」という古典文学が由来になっている。


この「フォートラン建国記」というのは、初代のフォートラン王エドワードが、大魔法使いエレイン・ルルーシュ・グレイスと、その使い魔であるフェンリルのヴィクターと共に、様々な困難を乗り越えフォートラン王国を立ち上げるまでが記された壮大な叙事詩だ。


その話に出てくるフェンリルの好物が、銀でコーティングされた砂糖、アラザンだった。

ある夏至の日、大魔法使いエレインが作ったクッキーに、初代の王エドワードが使い魔の好物のアラザンをたっぷり振りかけてみたところ、使い魔だけでなく精霊や妖精も大いに喜んだのだそうだ。


喜んだ精霊の一人がエドワードに「何でもひとつ願いを叶えてあげよう」と言った。

エレインはてっきりエドワードが敵を倒すことを望むと思ったのだが、エドワードが望んだのは「エレインがエドワードの側にずっといてくれること」だった。

「フォートラン建国記」は、歴史書であると同時に、エレインとエドワードの恋物語でもあるのだ。


だからだろうか。

夏至祭には、こんな言い伝えがある。


――夏至祭を楽しむ人々の中には、人間に姿を変えた精霊が紛れ込んでいる。

その精霊を見つけ出してアラザンが乗ったクッキーを捧げると、何でもひとつ願い事を叶えてもらえる。





「……本当かしら」

「え? 何がですか?」

「夏至祭の精霊の話よ。本当に願い事を叶えてくれるのかしら」

「それについては、信じる気持ちが大事だと古くから言われているようですよ。疑っては駄目なんです」


ヘレンは人差し指を立てながら、教師のように真面目な顔で言った。



「じゃあ、今年の夏至祭にはアラザンのクッキーを持って参加してみるわ」

「お嬢様が手作りされるんですか?」

「そうよ。ヘレンも手伝ってくれるわよね? 焼きたてが食べ放題よ?」

「もちろんです。喜んでお手伝いいたします」



最近のヘレンはいつでも私を心配そうにしているので、こうやってにこやかな様子を見ることができて嬉しかった。









そして、夏至祭の日がやって来た。



朝から厨房を借りて、料理長に教わりながらヘレンとクッキーを作る。

亡くなった母も、夏至祭にはこうやって手作りのクッキーを焼いていたのだそうだ。

母は私がまだ赤ん坊の頃に亡くなったので、私に母の思い出はほとんど無い。

なので、時々誰かがこうやって母の思い出話をしてくれるのがとても嬉しかった。


上に乗せるクッキーをハートの型でくり抜いて、間に挟んだイチゴジャムが見えるようにするのが母の家のレシピなのだそうだ。

料理長の言う通りにしていたら、予想以上に上手く焼けた。

焼きたての熱々クッキーをヘレンと頬張りながら、美味しいと言い合う。



焼けたクッキーは、少し冷ましてから清潔な白いレースの縁取りがあるハンカチで包み、口のところを赤いリボンできゅっと結ぶ。

精霊に捧げるクッキーだ。見た目にも気を遣わないと。


それから、自分とヘレンと護衛騎士が食べるおやつとして、さらに三つ同じような包みを作る。

こちらにはリボンは結ばず、ただハンカチをきゅっと結ぶだけにした。



クッキーの準備が終わると、仮装の準備にとりかかる。

夏至祭では、若者は仮装して街に繰り出すのだ。

私とヘレンは、ありきたりだが花の妖精の仮装をすることにした。

二人ともシンプルな薄い緑色のワンピースを着て、頭に造花でできた花冠を被る。

私は黄色い木香薔薇の花冠で、ヘレンはシロツメクサの花冠。

どちらも街で手ごろな値段で売られているものだ。


お互いの妖精具合を褒め称えると、私達はクッキーが入った籠を手に下げ、意気揚々と馬車に乗り込んだ。




馬車の中での話題は、当然、精霊のことばかりだ。


「見つけたら逃げないように手を掴まないと」

「そんなことをしたら怒りをかって願い事を叶えて貰えなくなるかもしれませんよ?」

「それは大変! じゃあ、服の裾をそっと掴むようにするわ」



ヘレンは夏至祭についてとても詳しかった。

そして、驚いたことに、精霊に願い事を叶えて貰ったという知り合いが沢山いた。


素敵な伴侶との結婚が叶った話や、望んでいた職に付けた話。なかなか子供を授からなかった夫婦に待望の我が子が産まれた話などなど。

本人の努力のせいなのでは? と首を傾げたくなる話も多かったが、なるほどそれは精霊の力に違いないと思える話もいくつかあった。


そんなわけで、王都の噴水広場に着いた時には、私とヘレンはかなり気分が盛り上がっていた。

ワクワクが止まらない、と言った感じだ。



「わあ、凄い人ね!」

「お嬢様、迷子にならないように気を付けて下さいね」

「急に走り出したりしないようにお願い致します」


ヘレンと護衛騎士のジャンにそう言われ、神妙な顔で頷く。

でも、実は、広場に数多くある屋台の美味しそうな食べ物や、広げられた布の上に沢山並ぶアクセサリーに気を取られていて、話はあまり頭に入って来なかった。



それから三人で、広場の中を見て回った。

時刻はもうすぐ夕方という頃合いだ。

せっかくだからと、アラザンとミントの葉が乗ったレモネードを買い、ジャンが買って来てくれた串焼きの肉を頬張る。


「美味しい!」

「ピリッと辛い味付けがとても美味しいですね」

「本当に、これはエールが進みそうな味付けですね」


ジャンは初めは仕事中だからと一緒に食べることを拒否していたが、お腹を空かせたひとの前で私達だけが食べるなんてできないと無理を言って一緒に食べてもらった。


広場の片隅にあるベンチに座り、美味しい夏至祭の食べ物を堪能して、さあ、精霊を探しに行こうかと思ったその時。


ベンチの横を小さな子供が走り抜けて行った、と思ったら、すぐに目の前で転んだ。

子供は目に涙をいっぱいに溜めた後、大きな声で泣き始めた。



「大丈夫?」


慌てて近づいて見ると、転んだ拍子に手のひらを擦りむいてしまったようだ。

皮がめくれて血が滲んいる。

血を見た子供は、せっかく泣き止みかけていたにもかかわらず、またもや大声で泣き始めた。



「あらあら、血を見て怖くなっちゃったのかな?」


泣きわめく子供の手を取り、持っていたハンカチで手のひらを隠すように結ぶ。



「ほら、これで見えなくなった」


そう言いつつ笑いかけると少しだけ落ち着いたようで、子供はようやく泣くのを止めた。

それでも、まだ少しだけしゃくりあげていて、いつまた大泣きしだすかわからない。



「そうだ、これをあげる」


そう言いつつ、籠の中からクッキーの入った包みを取り出した。

布の結び目をほどき、銀のアラザンが乗ったイチゴのジャムサンドクッキーを手渡すと、子供は目を輝かせてそれを食べ始めた。



「美味しい!」


一口齧ってすぐにそう声を上げた子供は、よくよく見るととても整った顔立ちだった。

半ズボンを履いていたので男の子だと思っていたが、女の子だと言ってもおかしくない。


そして子供がすっかり泣き止んだ頃、母親らしき女性がやって来た。


「ああ、ここにいたのね! 随分と探したのよ!」


母親はそう言って子供を抱きしめた。


「あの、この子、転んで手のひらを擦りむいてしまったんです。血を見ると怖いのか泣き出しちゃうので、こうしてハンカチでくるんであります。傷にバイ菌が入ると大変だから、できるだけ早く手当してあげて下さい」


「まあ、それはそれはありがとうございました。お礼が遅れてしまって申し訳ございません」


「お姉ちゃんにクッキーを貰ったんだよ! これ、とっても美味しいの! お母さんも食べて!」


クッキーはもう、子供が手にしている一つだけになっていた。

それも、かじりかけの半分だけだ。


なので、籠から新しい包みを出して母親に向かって差し出した。



「お子さんに気に入ってもらえて嬉しいです。もしよかったら、貴女もいかがですか?」


手当をして頂いた上に、私までもがクッキーを頂くなんてと母親は恐縮していたが、それでもどうぞと勧めると、にこやかな笑みを浮かべて受け取ってくれた。


さすがにこの子の母親だけあると思えるような、ハッとするほど美しい人だった。

親子は頭にお揃いの木槿(むくげ)の花飾りを付けていた。



振り返ってお辞儀をする母親と手を振る子供が人波に紛れて見えなくなると、ふと、ヘレンとジャンの姿がないことに気付いた。



「……ヘレン? ジャン? どこにいるの?」



慌てて叫ぶと、すぐ横にいた男が「おや? そこのお嬢さんは迷子かい?」と声を掛けてきた。

酒に酔っているらしく、顔が赤い。


「よし、俺について来な。美味しいレモネードを買ってやろう」

「結構です。レモネードはもう飲みましたから」

「だったら、何か甘い物でも買ってやるよ」

「結構です。放って置いて下さい」


しつこくされたのが怖くて、声が震えてしまう。

私の怯えた様子が面白いのか、男はニタリといやらしい笑みを顔に張りつかせ、私の手首を強く掴んだ。


「何をするんですか、止めて下さい!」

「おい、大声を上げるんじゃない。おとなしくしていれば痛い目には合わせないから安心しろ」



恐怖で体が強張り、声を出すことができなくなった。

じわりと目に涙が溜まってくる。



その時だった。


「いい加減にしろ。それ以上の乱暴は許さない。すぐに立ち去れ」


突然、低くよく通る声が背後から聞こえてきた。

けして大声というわけではないのに、思わず従ってしまうような、そんな圧のある声だった。


チッという舌打ちをした後に、私の手を掴んだ酔っ払いはその声の主を振り返った。

そして、何故かひどく怯えたように慌てて走り去って行った。



解放された手首を擦りつつ、私も改めて窮地から救ってくれた恩人の顔を見た。

そして、息が止まった。



(なんて美しい人なんだろう……!)



緋色の長い髪はいくつかの毛束が三つ編みにされ、全体を緩く一つに纏められている。

切れ長で青味がかった灰色の瞳は、よく見ると、灰色の虹彩の中に濃い青が幾筋か散っているせいでそう見えるようだ。

その美しい顔立ちに相応しい鍛え上げられた肉体が、日焼けした肌の色と相まって、どこか野性的な魅力を醸し出している。

夏至祭の仮装だろうか。

立ち襟の、足元まである長いシャツのような、白いふんわりとした麻の服を身に着けている。

まるで砂漠の商人のような姿だが、頭には見たことの無い白い花の冠を付けていた。




人間離れした美しさ。

瞬きも忘れてその瞳を覗き込んでいると、先程とは違って、心地よく柔らかな響きの声がかけられた。



「大丈夫かい?」




(なんて素敵な声だろう。美しいだけでなく、声までもが魅力的だなんて)



うっとりとして咄嗟に声が出てこない私に、恩人は心配そうに言った。


「怪我をしたのかい?」


「い、いえ、掴まれたところが痛かったくらいで、怪我はしていません」


そう言いつつ、前に出した両手を振って見せる。


「赤くなっているじゃないか……」


言われて初めて気づいた。

確かに握られたところが赤くなっている。


「このくらい、なんともないです! 大丈夫です!」


今度は慌てて手首を背中に隠す。



「そ、そんなことより、助けて頂いてありがとうございました!」



真っ先にお礼を言うべきだったのに。

恩人のあまりの美しさに気を取られ、ただただ呆けて見つめてしまった。

恥ずかしくて思わず下を向く。

顔が熱い。多分、今の私の顔は真っ赤になっているだろう。


その時、ふわりと檸檬の爽やかな香りが鼻先をくすぐった。

近づいて来た恩人が手を伸ばし、私の顎に手を添える。

くいっと顎を引き上げられ、私は至近距離で恩人の顔を見る羽目になった。



(ひゃあああああ! 近い近い近い! 駄目! 無理!)


声を出さずに心の中だけで絶叫する私を、恩人は心配そうに見つめてきた。



「本当に、大丈夫かい?」

「はいっ! 大丈夫です! 元気です!」


そう言ってその場でピョンピョンと飛び跳ねて見せると、恩人はクスっと声を出して笑った。


(笑った顔も美しいだなんて……。まるで人間じゃないみたいな美しさだわ……って、もしかして!?)




そうだ。

こんなに美しい人間がこの世にいるはずがない。

綺麗で、声も良くて、優しいだなんて、これはもう、多分きっと。



(精霊に違いないわ……!!)



ぐっと両手を握りしめると、私は思い切って恩人に向かって叫んだ。



「あなたは精霊ですか!?」

「………………は?」




ぽかんと驚いたような顔で、恩人は私を見下ろしている。

恩人は背が高い。

背の低い私は、首を思い切り後ろにそらして彼を見上げている。



「…………私が精霊だと、そう思ったのかい?」

「はい!」

「どうしてそう思ったのか聞いてもいいかい?」

「はい、えっと」



美しいし、声が素敵だし、なんだかレモンの良い香りがする。

狼藉者をあっという間に退ける迫力もある。

こんな人間はこの世にいやしない。

よって、あなたのことを精霊だと思いました。


そう言うと、恩人は背を曲げてお腹を押さえつつ震え出した。

具合でも悪くなったのかと思って慌てたが、よく見るとただ笑っていただけだった。



(精霊って、笑い上戸なんだわ……! 知らなかった!)


新たな発見にワクワクしながら見ていると、笑いの発作から回復して来た恩人が、目のふちの涙を指で拭っていた。


「君は面白いね。楽しいし、本当に可愛らしい」

「えっ!?」


精霊もお世辞を言うのだとわかって驚いていると、恩人が笑顔で言った。



「私の名前はアル。君の名前は?」



(精霊が名乗った! これは私に気を許しているってことよね? これはいける! これでさらにクッキーを捧げれば、願い事をの一つや二つ、気軽に叶えてくれるに違いないわ!)



「わ、私の名前はイ、いえ、ベラです」

「ベラか。ベラは可愛いね。こんなに真っ赤になって」



そう言うと、恩人こと精霊あらためアル様が、手の甲で私の頬を撫でた。



(だから近いってば! 精霊って、距離感がこんなにおかしいものなの!?)



「あ、あの、これ、助けて下さったお礼です」


そう言いつつ、籠からクッキーを出す。

もちろん、赤いリボンを結んだ包みだ。

これは、今、この時のために用意したものなのだから。



「手作りのクッキーです! お口に合えば良いのですが……」


そう言って差し出した包みを受け取ると、アル様はすぐにリボンを解きクッキーを口に入れた。



「おや、これは美味い。王宮のパティシエが作ったものなんかよりずっと美味しいよ」

「喜んで頂けてよかったです!」


精霊ともなると、王宮のパティシエが作ったクッキーを食べたことがあるのかもしれない。



(いや、違うか、これはただのお世辞……? そう言えば、さっきも可愛いとかなんとかお世辞を言ってくれたもんね!)



手作りクッキーの味を褒められて舞い上がった気持ちを、どうにか地上に引き戻す。

それにしても、これは一体どういうことだ。

ただクッキーを手で摘まんで齧っているだけなのに、そこはかとなく色気まで醸し出している。

精霊恐るべし。


このままだと心臓が持たない。

動悸、発汗、顔面紅潮。どれをとっても良くない兆候ではないか!



「あ、あの、アル様……?」

「なんだい、ベラ」

「……っ!」


ただ名前を呼んだだけなのに、アル様は何故か私の隣に座り直し、腰に手を回して来た。



(ちょっと待って。なんでこんなに距離が近いの!)


精霊だから許されているが、これが人間だったらまずもって許されない。

もしアル様が私を助けてくれた恩人じゃなかったら、たとえ精霊だとしても逃げ出したいくらいの距離感と行動だ。

さりげなく手を突っ張ってアル様を押しやり、なんとか距離を取る。

すると自然と腰から離れた手は、今度は前に回って私の手を握った。


どうあっても私と触れていたいということなのだろうか。

もしかして、精霊は寂しがり屋で、いつも誰かに触れていないと死んでしまうのだろうか。

精霊の生態については謎が多い。

今度、王宮の図書室で専門書を探して読んでみよう。


(……って、今はそんなことどうでも良い!)



「あのですね、精霊は、願い事を何でも一つだけ叶えてくれると聞いたのですが」


「ああ、夏至祭の言い伝えだね。……ベラは、一体、何が望みなの? 良かったら聞かせて貰えないかい? ()()()()()()()()()()()、叶えてあげるよ」




(嘘!? やった!! 夏至祭の言い伝えは本当だったんだ!!)



感動の余り両手で口元を覆って涙目になった私を、アル様が「可愛い……! 今すぐ連れて帰りたい……!」と呟きながら見てくる。

まずい、早く願い事を言わないと、精霊の国に連れ去られてしまうかもしれない!




それから私は必死にアル様に願いを語った。




「要するに、ベラは婚約解消を望んでいると」

「はい」

「でも、周りが、特に父親が許さないだろうと」

「……はい」



アル様は急かすことなく私の話を黙って最後まで聞いてくれた。

なので、安心したせいもあり、私はかなり詳しいことまで話してしまった。


「ベラは、その婚約者と親友のことが大好きなんだね」

「はい!」

「そして、父親のことも大好きなんだね」

「…………はい」



確かに父は、亡くなった母の分まで私を可愛がってくれている。

後妻を迎えるようにという周りの勧めを受け入れず、亡くなった母一筋に過ごして来た。

それは多分、人見知りな私のためなのだろう。


父は最終的に王妃になることが私の幸せだと思っている。

高い身分につくことで、誰も私を害することができなくなるから。



「父は、私が王妃になることを望んでいます」

「……王妃か。ねえ、ベラ。それは、ここフォートラン王国の王妃でないと駄目なのかい?」

「…………は?」

「例えばだけど、他の国の王妃じゃだめなのかな?」



どういうことだろう。

アル様がとんでもないことを言い出した。



「え、ええと……そうですね、例えば、他の国の王妃になれるのであれば、父は婚約解消を認めてくれるかもしれません」

「そうなんだね。だったら、」

「でも、そんなことは絶対に無理です。私みたいに美しくも無ければ賢くも無い、しかも身分だって侯爵令嬢でそれほど高いわけではない娘が、他国の王妃になんて絶対になれっこないですから」



アル様が何か言いかけていたような気がするが、私はそれを遮った。

これ以上、実現不可能なことを考えるのが嫌になったからだ。



「君は、どうしてそんなに自分を卑下するんだろう」



悲し気な声に思わずアル様の顔を見る。

美しい瞳が、こちらを気遣うように見下ろしていた。


「君は、美しいよ。私が一目惚れするくらいに。一生懸命に話す様子は震えるほど可愛らしいし、笑顔も食べてしまいたいくらいだ」


「アル様……? 何を仰っているんです?」


「本当だよ。私は君が好きだ。どうあっても君を妻に迎えたい。片時も離したくない。今すぐ君を私のものにしたい」


「……っ!?」



不意に強く抱きしめられ、無理やり顎を引き上げられた。

そして、唇に柔らかな感触を感じたその瞬間に。



私は全身の力を込めてアル様を思い切り突き飛ばし、後ろも見ずに走り出した。







※※※






「さてと、お腹もいっぱいになったし、そろそろ帰りましょうか」

「そうですね。これ以上遅くなると帰り道が混み合いますから。早いうちにここを出た方が良さそうですね」


ふと気づくと、私はベンチに座っていた。

手には空になったレモネードのコップと、食べ終わったあとの串焼きの串があった。


ヘレンとジャンが、それらを手際よく片付けてくれて、私達三人は公園の出口に向かって歩き出した。




「残念ながら、精霊には会えませんでしたね」

「まあ、滅多に会えるものではないですからね」

「クッキーは明日のおやつにしましょうね」



ヘレンとジャンの会話を、ぼんやりと聞きながら歩く。

二人の会話は耳から入ってくるのだが、何故だかちっとも理解できない。




「どうしました、お嬢様?」

「あのね、ヘレン、クッキーなんだけど、転んだ子供とその母親にあげたじゃない?」

「え? そんなことがあったんですか? いつです? いつの間に?」



ヘレンはあの木槿(むくげ)の髪飾りの親子のことを全く覚えていなかった。

隣にいるジャンも、首を傾げている。



「じゃあ、私が酔っ払いに絡まれたときのことは?」

「え? 酔っ払い? ねえ、ジャン、近くにそんな人いたかしら?」

「いえ、自分はずっとお嬢様の隣にいましたが、そんな男は見かけませんでしたよ?」



私は咄嗟に捕まれた腕を見る。

そこには誰かが掴んだような痣が――無かった。



「アル様……」



ふと、涙が込み上がって来た。

私が、あの時、彼を付き飛ばしたりしなければ。

彼から逃げ出したりしなければ。


アル様は、精霊は、私に怒ってしまったに違いない。

だからこんな風に、夢から覚めたみたいに私を現実に放り出して姿を消してしまったのだ。


驚いただけだった。けして嫌ではなかった。

あまりに驚いて思わず突き飛ばして逃げてしまっただけなのだ。


どうしても込み上げてくる涙を抑えきれずに、私は泣きながら籠の中を確かめた。

クッキーの袋は一つしか残っていなかった。

それは赤いリボンが付いたものではなかった。



「アル様……!」




その後、どうやって家に戻ったのか覚えていない。

部屋に戻り、一人きりになった私は、枕に顔を押し当てて大声で泣いた。


そんなつもりじゃなかった。

本当に、驚いただけだったのだ。

彼のことが嫌で、逃げたわけではなかった。

ただただ驚いて、恥ずかしくて、思わず走り出してしまっただけなのに。






泣き疲れて眠りに落ちる瞬間、暗闇の中で誰かの声がした。

心に直接語り掛けてくるような、優しい声だった。

どこかで聞いたことがあるような気がしたが、どうしても思い出せない。




――本当に、彼のことが嫌だったわけではないの?


本当です。ただ驚いただけだったの。


――では、また彼に会いたいと思う?


会いたいです! アル様に会いたい。どうかアル様に合わせて下さい!


――わかったわ。優しいお嬢さん。美味しいクッキーのお礼よ。次に彼に会った時は、どうか素直になって頂戴ね。



またアル様に会えるかもしれない。

そんな淡い期待を抱きしめながら、私は眠りの底に落ちて行った。








そして、次の日のこと。


「お嬢様、起きて下さい!」


慌てた様子のヘレンが部屋に駆け込んできた。


「お嬢様にお客様です。旦那様ができるだけ急いで支度して、応接室に来るようにと仰ってます」


こんな朝早くから訪ねて来るなんて。

一体、どこの誰なんだろう。


昨日の夜、泣きながら寝てしまったせいで、目がびっくりするほど腫れあがっている。

それを見たヘレンが慌てて冷たい氷水に浸したタオルを持って来てくれた。


ドレスに着替えてヘレンが髪をさっと梳かしてくれている間ずっと、冷たいタオルを目に当てる。


「こんなに朝早く、誰が来たのかしら?」

「私も全く分からないのです。ただ、家令のジョーンズが、とにかく早くお嬢様をお連れするようにと言っておりました。かなり慌てていましたよ」

「ジョーンズが?」


家令のジョーンズは冷静沈着、何事にも動じない頼れる人間だ。

その彼が慌てるとなると、相当な人物が訪ねてきたに違いない。


(もしかして、王宮からの使いとか……? ロバートとグレイスのことがバレたのかも……?)


それに思い至ると同時に、全身が震えた。

不安でたまらない気持ちをなんとか抑えつつ、応接室に入る。



「遅くなり、大変申し訳ありません…………っ! アル様!?」


そこにいたのは、なんとアル様だった。


昨夜と違って、きちんとしたフロックコートにクラヴァットを身に着けたアル様は、朝の光を浴びて輝くような美しさだった。

長椅子に深く腰掛けるその姿は、高貴な者が醸し出す威厳に満ち溢れていた。



「やあ、ベラ。こんな朝早くから押し掛けて済まない。でも、君に会いたくてどうにも我慢ができなかった」


アル様がそう言うと、目の前に座っているお父様がコホンと咳払いした。


「イザベラ。話はアルファード殿下から聞いた。お前はロバート殿下と婚約解消をして、アルファード殿下の妃になることを望んでいるそうだが」


「…………はい?」


「それは、ロバート殿下とコーネル公爵令嬢に気を遣ってのことなのか? 自分一人が身を引こうとしているのではないのか?」


「それは違います!」


何を言われているのか理解が追い付かないが、それだけは絶対に違うので思い切り食い気味に否定した。



「そうか、それならば良い」



(さっきからお父様は何を言っているの? アルファード殿下? それは誰? アル様のことなの?)



私が困ったような顔をしているせいか、アル様が丁寧に説明してくれた。


アル様の本当の名前はアルファード・アルドラ。

アルドラ王国の第一王子で、現在二十歳。

丁度、王になるのが面倒だと思っていたところ、父である現アルドラ王が、親子ほどに年の離れた妃との間に生まれた息子を溺愛している姿を見て、いっそのこと王の座はその年の離れた弟に譲ってしまおうかと思い始めた。

最近、あまりにも面倒ごとが多くて嫌になり、お忍びでフォートラン王国に遊びに来ていたのだとか。




「でも、やっぱり王位には私が就くことにしたよ。ベラを王妃にしなくてはいけないからね」

「そ、そんな理由で王になるんですか?」


私が呆れてそう問いかけると、アル様はにっこりと凄みのある笑顔を浮かべ言った。


「言ったろう? 私は君に一目惚れしたんだ。君のことが愛しくて仕方が無い。君を得るためなら王にだってなるさ。お願いだよ、ベラ。どうか私の妃になっておくれ」



そう言って立ち上がると、アル様は私の前に歩いてきて跪いた。

私の手を取りそっと口づけるアル様の胸ポケットには、木槿の花が一輪差してあった。



「アル様、その花は……?」


「目が覚めた時、何故だか枕元にこの花があったんだ。美しいだろう? 君にも見せたいと思ってこうして持ってきたんだよ」



そう言って差し出された花は。

昨日の夏至祭で、あの親子が頭に着けていた木槿の花そっくりだった。


どうやら精霊は、本当に願いを叶えてくれたらしい。

だとしたら、私は精霊の言う通りにアル様に素直にならなければ。




「アル様」

「なんだい、愛しいベラ」

「私、アル様のことが大好きです。アル様は、こんな豆狸みたいな私でいいんですか?」

「何を言っているんだい? 狸はこの世で一番愛らしい生き物だよ?」

「……ん?」



どういうことか思っていると、アル様の後ろで控えていた侍従らしき男性と目が合った。

すると、彼はにこやかにこう答えた。



「アルファード殿下はペットとして狸を飼っておられます」


その数が15匹だと聞いたお父様は、厳かに頷きながら言った。


「アルファード殿下のお気持ちは本物だろう。イザベラ、お前はきっと幸せになれる」



若干の疑問は残るが、アル様が私の容姿を好ましいと思ってくれていることがわかって一安心だ。



「ベラ……。ああ、ひと時も離したくない。このままアルドラに連れて帰りたい」


「「駄目です!!」」


お父様と私の声が、応接室に響き渡る。

アル様は本当にとんでもないことを言い出すので困ってしまう。


でも、困っているだけで嫌ではないのだ。

この先の人生で何が起ころうとも、私がアル様から離れたいと思うことはないと思う。


(アル様が、ずっとそばにいてくれますように)


そう願いつつ、私は木槿の花に微笑みかけた。



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