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4話 この手で未来を動かすために

 刺客と魔物の襲撃を退け、私たちは無事にエーベルの港町へ戻ってきた。

 

 私とテオドール殿下は、護衛のロイとバルドを伴い、町の視察を兼ねた散策に出ていた。

 

 ヴェルナーは何か用事があると言いどこか行ってしまった。


 戦いの緊張はまだ完全には解けていない。それでも、心の中には確かな想いが芽生えていた。

 

 この場所を、必ず立て直す。そう、私は決意している。

 

「ここが……かつて交易で栄えていた港なんですね」


 テオドール殿下は目を細めながら、崩れかけた倉庫や桟橋を見つめている。


「ええ。今は寂れてしまいましたが、きっと復興できます。港と、街と、暮らしを」


 わたしがそう答えると、彼はわたしの横顔をそっと見つめた。


「アリアさんは、どうしてそんなに真っ直ぐなんですか?」


 不意に投げかけられた問いに、私は少し考えてから答えた。


「昔は怖くて逃げてばかりでした。でも、そんな自分が嫌だったんです。だから今は、前を向いていたい」


 彼は小さく頷いた。


 わたしたちは歩きながら、町の未来について語り合った。


「この港をもう一度動かしたい。大きな船が行き交って、人と物と想いが巡る場所にしたいんです」


「どうやって?」


「風魔法で帆船を動かします。魔法使いを育てるための学校も作りたい」


 夢を語る私に、テオドールはまっすぐな目で言った。


「アリアさん、すごく楽しそうに話しますね」


「楽しいんです。考えるだけで、胸がわくわくするから」


 そして、テオドールがふと真剣な顔になる。


「……ぼくは、王になるべきか迷っています」


 その告白に、私は息をのんだ。


「ぼくは第一王子。でも母は名門の家柄ではない。だから貴族たちは弟を支持している。無理に王を目指せば、国が分裂するかもしれない……それが怖いんです」


 私は彼の迷いをまっすぐに受け止めた。


「私でよければ、一緒に悩ませてください。支えになりたいんです」


 彼は目を見開き、少し照れくさそうに微笑んだ。


「……じゃあ、また来てもいいですか?」


「はい。いつでも」


 ふたりで交わした約束。


 *


 夕暮れが町を包み始めた頃、ヴェルナー・ベルトラムはアイゼンベルク家の館の応接室にいた。


「この度は、アリア様を巻き込む形となり、誠に申し訳ありませんでした」


 その言葉に、アリアの父・ベルンハルトは目を細めた。


「ユリウス派と対立した以上、娘が巻き込まれるのは想定内だ。ロイを近くに置いていたのもそのためだ」


 ヴェルナーは深く頭を下げた。


「それでも、私の判断が甘かった」


「我が領内で好き勝手はさせん。刺客どもの仲間は残らず捕らえる。アイゼンベルク家の誇りにかけてな」

 

 館を出たヴェルナーは庭に出て夜空を見上げ心の中で呟く。

 

(ユリウス派は、今回の襲撃で暗殺が通じないと理解したはず。捕らえた刺客から情報を引き出せればよいが……)

 

(それが叶わぬなら、王都に送って圧力とする)


 その思考は、次の一手を見据えていた。

 

 *

 

 王宮の応接室。

 

 淡い陽光がステンドグラスを通して差し込み、床に柔らかな光模様を落としていた。


 視察から戻ってきたテオドールは、机の上に置かれた地図をじっと見つめていた。

 

 王国の各都市、街道、そして地方の村々――しかし彼の目は、ひとつの場所に留まっていた。アイゼンベルク領。アリアの住む港町。


「ヴェルナー」

 テオが静かに口を開く。


「アリアさんが言っていたんだ。“魔法を学べる場所を作りたい”って。

 

 貴族だけじゃない。孤児でも、商人の子でも、誰でも可能性があるなら学べるようにしたいって」


 ヴェルナーは黙って頷く。

 

「ぼくも、そういう場所を作りたい。王都にも“希望を学べる場所”を」


「その意志、承りました。候補地は既に選定済みです」

 

「えっ……もう?」

 

 テオドールが目を丸くすると、ヴェルナーは薄く微笑んだ。


「殿下が“動く”と決めた時のために、前もって考えておいただけです。」


 そしてヴェルナーは言葉を続けた。

 

「庶民も通える学校。魔法を学び、読み書きを学び、国を知る者を育てる。それはユリウス派にとって脅威になるでしょう」


「……それでも、やりたいんだ」

 

 テオドールはまっすぐにヴェルナーを見た。

「アリアさんの言葉が、ぼくの中に残ってる。あの人は“誰かの力になれる場所を作りたい”って言ってた。だから僕も、そんな王子になりたい」


 *


 翌日。王都の南東、門をひとつ越えた丘陵地帯。

 古くは訓練場として使われていたが、今では雑草が広がる空き地に、数人の測量士と記録官たちが集まっていた。


 その中心で、地面に膝をついて地図を広げていたのは、ヴェルナー・ベルトラムだった。


「ここなら王都から徒歩でも通える。日当たりと風通しも良い。水路は近く、農村との交流にも使える。……申し分ない」


 記録官が首をかしげる。


「しかし、この場所は王都の外です。貴族方の支持は得にくいかと」


「むしろ、それがよい」

 

 ヴェルナーは即座に返す。


「ここは、階級に縛られない“自由な学びの場”を築くための地だ。貴族の館の隣でそれをやっても、平民は通うことが出来ないだろう?」


 そして彼は地図にペンを走らせる。

 

 「講義棟」「訓練区画」「居住舎」その線は、すでに迷いのないものだった。


 *

 


 風に混じって、どこか懐かしい匂いがした。

 

 乾いた潮の香り。どこまでも広がる水平線。

 

 そして、地面にひび割れた塩の結晶――。


 アリアは、廃れた塩田の前に立っていた。


「ここ、本当に昔は使われてたのか?」

 ロイが首をかしげて、周囲を見渡す。


 かつてこの地には、簡素な塩田が広がっていたという。

 

 だがいまは排水路は塞がれ、塩の蒸発槽も傾き、使える形にはなっていなかった。


「使われていたけど、すごく非効率だったの。地形も、水の流れも、まるで無視して作られてたのよ」


 アリアはしゃがみ込み、地面に指を走らせて簡単な図を描いた。


「水を入れる“塩入池”。そこから順に“濃縮池”を通して、最後に“結晶池”へ。

 それぞれの池を段差でつなげて、重力だけで水を移動させるの。そうすれば、魔法を使わなくても自然に濃度が上がって、最後に塩ができる」


「……なんでそんなこと知ってるんだ?」


 ロイの問いには答えず、にっこりと微笑んで見せた。前世のことはまだ秘密だ。


「試してみないと、わからないけどね」


 冒険者ギルドで土魔法が得意な冒険者を雇い、簡易的な段差構造を作らせる。

 

 アリアは風魔法で風向きを読み取り、最適な蒸発位置を調整するよう指示をする。


 村人たちは最初こそ半信半疑だったが、塩の結晶ができはじめた瞬間、目の色が変わった。


「 ほんとに、できてる……!」


「一週間で、こんなに……」


「前より、白くて……きれいだ」


 アリアは、真っ白な塩の結晶をそっと手に取った。


「これは、希望になるわ」


 *

 

 エーベルの港町。潮風が香るこの場所に、再生された塩田からの恵みが届けられたのだ。

 

 塩の結晶を満載にした荷馬車が、きしみながら坂を下ってくる。

 

「到着したぞーっ!」

 

 若い荷運びの男が声を上げると、倉庫の前にいた使用人たちが駆け寄った。


 山側の乾いた土地に広がる塩田で採れたばかりの真っ白な塩。

 

 大きな麻袋に詰められたそれは、手間と工夫の結晶だった。


 アリアは塩の袋に手を触れ、その冷たさとざらつきを確かめる。

 

 (これが、港の未来を変える)


 ちょうどその頃、港の広場には近隣の漁村から漁師たちが集まってきていた。

 

 朝の漁を終えた男たちが、桶に入れたばかりの銀色に光る魚のシララを、街で売るために並べている。


「そっちは三十尾入りだ。脂がのってるぜ、嬢ちゃん!」


「塩で漬けるって話、あれ本当かい? 」


 その声にアリアは笑みを返しながら頷く。


「ええ。港町エーベルの名に恥じない品にします」


 漁師の威勢のいい声、荷馬車の軋む音、樽職人が叩く木槌の音。

 

 街が、少しずつ“交易のための町”として息を吹き返し始めていた。


 届いた塩は、注文していた新しい樽に詰められ、魚と共に漬け込まれていく。

 

 樽の蓋を閉めるたびに、まるで未来をひとつひとつ封じ込めているような気がした。


「この塩と魚で、学校の土台を作るのよ」

 

 アリアは自分に言い聞かせるように、声に出した。


 夕陽が港の水面に反射し、ゆらゆらと黄金の光を揺らしている。

 

 アリアは倉庫の前に立ち、積み上げられた塩の樽と、そのそばに並ぶ魚の荷車を見つめていた。


 人の声、馬の嘶き、波の音。

 

 それらすべてが、今この町に「生きている」音として響いている。


 少し前まで、この町は静かすぎた。

 

 船も動かず、人も減り、灯りすらまばらだった港。

 

 だけど今は違う。交易の息吹が、確かに戻ってきている。


「これで、ようやく“始められる”わね」


 アリアは手のひらでそっと塩の樽を叩いた。

 

 音は鈍く、しかしどこか心強い響きだった。


 まずは魔法学校の建設。

 

 子どもたちが学べる場所を、未来を選べる力を持てる場所を。


 そしてその先には、もっと大きな夢がある。

 

 魔法を、技術を、知識を持つ者が評価される、そんな国を――。


 潮風がふわりとアリアの髪をなでる。

 

 その風の向こう、遠く離れた王都にも、きっと同じ志を抱く少年がいる。


 彼女はそっと、空に目を向けた。


「わたしも、前に進んでるよ」


 その呟きは、潮風に乗って、遠く離れた王都へと届いていくようだった。



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