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第29話 誇りの凱旋、未来への褒賞 

 王都の空に、鐘の音が鳴り響いた。


 その音は高く、誇らしげで、どこか少しだけ懐かしい。

 戦の終わりを告げる、平和の音色だった。


 城門がゆっくりと開かれ、勝利を収めた一行が、ゆるやかに入城していく。


「第一王子殿下だ!」


 「帰ってきた!」


「アルシオンの未来を守ったお方だ!」


 あちこちから歓声が上がり、見物に集まった市民たちが花びらを空へと舞わせた。

 王都の通りが一瞬で色づき、まるで祝祭の始まりのようだった。


 その先頭に立つのは、若き王子、テオドール・アルシオン。


 数日前まで不安げな影を纏っていた彼は、今や堂々たる指揮官の面持ちで人々の前を進んでいる。

 勝利の誇りを抱きながらも、どこか穏やかな光を宿した瞳。


(あの背中……もう、迷ってないんだ)


 アリア・アイゼンベルクは、彼の隣で馬を並べながらそう思った。

 風に揺れる彼のマントと、まっすぐに前を見据える瞳が、なによりまぶしく見えた。


 テオドールの左には銀髪の軍師ヴェルナーが付き従い、右には屈強な傭兵団長バルド。

 そしてその少し後ろ、アリアの隣には、イルマとシエナの姿もあった。


 「レオン様もいるぞ!」

「ギエル伯を捕らえたお方だ!」


 そんな声が民衆から上がる。

 街の人々は花びらを放り投げながら、誇らしげに彼らを迎えていた。


 レオン・ベルトラムは、その声に肩をすくめた。

 けれど、どこか誇らしげでもある。


 父の名でも、軍師の息子でもなく、一人の騎士として、胸を張って帰ってきた。

 人々の視線は、もはや彼を“誰かの影”としてではなく、“自らの名を刻んだ者”として見つめていた。


 通りの端で、手を振る子どもたちがいた。

 そのうちの一人が、花束を握って駆け寄ってくる。


 「これ……アリア様に!」


 差し出されたのは、小さな手でぎゅっと束ねられた野花の花束。


 「ありがとう。とっても、きれいね」


 アリアは馬を止め、身をかがめて受け取った。

 その瞬間、周囲からどっと拍手と歓声が湧き上がる。


「アリア様だ!」

 

「敵兵まで治したって本当か?」


 噂はすでに広まっているようだった。

 街の人々の瞳が、ただの“領主令嬢”ではなく、“誰かを救った英雄”を見るように変わっていく。


 アリアはそっと手を振りながら、少しだけ俯いた。


(こんなふうに、見られる日が来るなんて)


 恥ずかしさと、ほんの少しの誇らしさ。

 それらを胸の奥でかみしめながら、再び馬の手綱を取る。


 テオドールが振り返って、静かに笑みを向けてくる。


「君のしたこと、ちゃんと届いてるよ」


「ありがとう。でも、私はただ、できることをしただけです」


「それができるのが、一番難しいんだよ。アリア」


 そのやりとりを、ヴェルナーは黙って見守っていた。


 若き王子と少女の間に通うものが、未来を変えていくと誰よりも知っているのは彼だった。


 こうして、一行は王都を進み、王宮の階段を登っていく。


 やがて、重厚な王宮の門が開かれ、玉座の間へと続く赤絨毯の上を、彼らはゆっくりと進んでいった。


 *


 玉座の間は、静けさの中に緊張が漂っていた。


 王の姿が玉座の奥に現れると、一斉に膝をついた一行に、厳かな声が降り注いだ。


「よくぞ戻った、我が子よ。そして、忠義ある者たちよ」


 その声音は以前よりも少し柔らかく、そして何より、以前のような力強さが戻っている。


 (顔色がいい。毒の影響、ずいぶん回復してる)


 アリアはそう思いながら、密かに安堵した。


 王の瞳には光が宿り、その姿勢には、王としての威厳が再び立ち上がっていた。


 テオドールが前へ出て深く一礼し、戦勝を報告する。

 王はそれを聞き届けると、視線を向けた。


 その先にいたのはギエル伯。


 戦装束ではなく、地味な服装に身を包んだその姿は、どこか静かで、将らしい品格を滲ませている。


「ギエルよ。そなたの武は敵ながら見事であった。そなたほどの者がなぜ、降るという選択をしたのか?」


 王の問いに、ギエル伯は静かに頭を下げた。


「無為な死を選ぶよりも、この命で償う方が価値があると、教えられました。……若者たちに」


 王はしばらく彼を見つめていたが、やがて小さくうなずいた。


「その言葉に、今までの功績を加味し、そなたの処遇を定める」


 玉座の間の空気がぴんと張る。


「ギエル伯は本日より、王都にて謹慎とする。武器を持たず、政にも関与せず、ただ己を見つめ直すことに努めよ。今後のことは、謹慎期間が明けてから、改めて通達する」


「謹んで、拝命いたします」


 ギエル伯は静かに頭を垂れた。

 彼の声には、かすかな悔いと、どこか安堵の色が混ざっていた。


 王は再び声を張り上げた。


「この戦いの勝利には、多くの者の働きがあった。その中でも、特筆すべき功績を挙げた者に、ここで褒賞を授ける」


 玉座の間にざわめきが広がる。


「まず、アリア・アイゼンベルク」


 呼ばれたアリアが、息を呑んで前に進み出た。


「そなたは、魔法と知識をもって、戦術面のみならず多くの命を救ったと聞く。その心と力は、この国の誇りだ」


 王の声音が、やわらかく、しかし誇り高く響く。


「よって。銀貨一千枚を下賜する」


 アリアは震える手で胸元に手を当て、深く頭を垂れた。


「もったいなきお言葉、痛み入ります。」


「今後も期待しているぞ、アリア・アイゼンベルク」


 次に名が呼ばれたのは。


「レオン・ベルトラム」


「はっ!」


 堂々と一礼して前に進むレオンの顔には、若き誇りが宿っていた。


「そなたはこの戦において、ギエル伯を見事、生け捕りにした。これほどの働き、称賛に値する」


 王はわずかに笑みを浮かべる。


「そなたの武勇と冷静さは、もはやただの“軍師の息子”にとどまらぬ。近く、正式に“中位騎士”へと昇格させる旨、重臣たちと協議することとする」


 場内に、どよめきが走る。騎士への昇格、それは貴族社会で一つの階段を上ることを意味していた。


「身に余る光栄にございます。今後も忠誠と精進を誓います」


 短く、しかし真っすぐな答えに、王は深くうなずいた。


 最後に呼ばれたのは。


「セリナ・ユーレイン」


「はい」


 場の空気を一変させるような、軽やかで明るい声。

 少女は裾を美しくさばき、貴族顔負けの完璧な礼で前へと進み出る。


「そなたは、民間の身でありながら、戦中に武器と物資を迅速に供給し、交渉面でも多大な貢献をなした。兵站が戦を制すとは、まさにこのこと」


「もったいなきお言葉。これほどのお褒めをいただけるとは光栄にございます」


 セリナは口元に優雅な微笑を浮かべ、落ち着いた口調で返す。

 その姿に、宮廷の重臣たちですら「どこの名家の令嬢か」と目を見張った。


「よって、ユーレイン商会には“王室認可の交易証”を与える。王都および王領との交易を公に許可し、今後の発展を後押しするものとする」


「今後も、王国と民の繁栄のため、誠心誠意尽力してまいります」


 しなやかに一礼するその所作は、戦場で泥にまみれながら馬車を動かしていた少女とは思えないほど洗練されていた。


 アリアはその様子を少し離れた場所から見つめながら、思わず微笑む。


(さすが、セリナ)

 

 王は、三人の姿を見渡してから、静かに言葉を締めくくる。


「この国の未来を切り開くのは、そなたたちのような若者だ。誇りを持って、進め」


 玉座の間に、拍手が響いた。

 静かに、しかし温かく。

 

 *


 謁見を終え、アリアは控室へと戻ってきた。

 重い扉を開けると、そこには父ベルンハルト、そしてもう一人。


「やあ、アリア様。お疲れさまでございました。立派なお振る舞いでございましたね」


 そう丁寧に頭を下げたのは、スタンリー伯だった。


 飄々とした笑顔を浮かべながらも、その物腰に誠実さが滲んでいる。


「スタンリー伯。ご覧になっていたのですね」


「はい。王宮でのご様子を、この目で見られて何よりでした。」


 アリアが慌てて一礼すると、スタンリー伯は手を軽く振る。


「そんな、頭を下げられるような者ではございません。」


 どこか肩の力を抜いたような優しさを感じさせる口調。


 ベルンハルトが静かに口を開いた。


「戦後処理のため、俺たちはそろそろ領地へ戻る」



 スタンリー伯が軽く頷いた。


「王都の空気も悪くはありませんが、田舎の風の方が性に合います」


 その柔らかな言葉に、アリアも思わず微笑んだ。


「スタンリー伯。ご助力、本当にありがとうございました」


「私はただ、忠義を尽くしただけ。それよりアリア様、どうかご無理はなさいませんよう。王子殿下のおそばに立つというのは、きっと並大抵のことではございませんから」


「はい。心してまいります」


 その答えに、スタンリー伯は静かに目を細めた。


「頼もしいお言葉。またお会いできる日を楽しみにしておりますよ、アリア様」


 そう言って深く一礼し、彼は控室を後にした。


 その背中を見送りながら、アリアは静かに呟く。


「優しい人だな、スタンリー伯って」


「あぁ。だが、優しさの裏には強さがある。」


 その言葉に、アリアはゆっくりと頷いた。



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