第24話 誇りの剣、知恵の光
アイゼンベルク領、ベルンハルトは、手紙を受け取るなり顔色を変えた。
隣には、どっしりと構えた祖父・ギュンターの姿。
ふたりで文を読み進めるうち、部屋の空気がぴんと張りつめていく。
王妃とユリウスが挙兵。
王を毒したのはテオドールだと、偽りの噂を流し、戦を始めようとしている。
「なるほどな。あの坊主、ようやく本性を見せおったか」
ギュンターの目が鋭く光る。けれどその瞳には、怒り以上に“奮い立つ何か”があった。
「アリアが、我らに助けを求めてきた」
「孫娘が頭を下げてきたなら、黙ってるわけにはいかんな」
「王家に剣を向ける者を、見過ごすことなどできません。アイゼンベルクの名にかけて」
ふたりの視線が交わった瞬間、すべてが決まった。
「出陣の準備を」
その声が響くや否や、アイゼンベルク領は一気に動き出す。
伝令が走り、戦に必要な物資が揃えられる。
旗が掲げられ、アイゼンベルクの獅子が再び咆哮する。
祖父と父の胸には、ただ一人の少女の姿があった。
(お前が信じた相手のために、我らは剣を振るおう)
*
王都、王宮の一室。
アリアとテオドール、ヴェルナーの三人が並び、封書を囲んでいた。
「これはスタンリー伯からの返書です」
従者が手渡したそれは、威厳ある封蝋に包まれている。
テオドールが封を切り、手早く目を通したあと、読み上げる。
「王に忠義あり。兵を率いて向かう。だそうです」
その言葉に、アリアはそっと胸に手を当てた。
「……よかった」
ほっとした笑みが、自然にこぼれる。
「スタンリー伯が動けば、流れが変わりますね」
「ええ。これで、頼もしい味方がひとり増えました」
ヴェルナーも、落ち着いた声でうなずく。
そしてテオドールは、ふとアリアの方へ視線を向けた。
「君の家の返事もうすぐ届くはずだね」
「はい。必ず、来てくれます」
その答えに、迷いはなかった。
家族の誇りと、アリアの信念が、確かに重なった瞬間だった。
*
その日、王都の城門が大きく開かれた。
最初に現れたのは、金と緋の旗を掲げる騎馬隊。スタンリー伯の軍勢だった。
テオドールが出迎えると、スタンリー伯はすぐさま膝をつく。
「王家に弓を引く者どもを、必ず討ち果たしましょう」
その姿は、まさに王家の忠臣そのものだった。
その数時間後、城門が再び揺れた。
「アイゼンベルクの軍旗です!」
伝令の声に、アリアの胸が高鳴る。
大地を揺らすような足音とともに現れたのは、整然と進軍する兵士たち。
その先頭には栗色の髪を風になびかせた、ロイ。
そして、堂々と馬にまたがる二人の男。
「アリアの手紙を読んだときには、もう身体が勝手に動いていたわ」
祖父・ギュンターが豪快に笑う。
「王に忠を尽くす。それがアイゼンベルク家の誇りです」
父・ベルンハルトが静かに言った。
その姿を見て、アリアは思わず目頭を押さえた。
(来てくれた。やっぱり、私の家族は、心強い)
*
王宮の奥、静かな寝室。
そこには、床に伏せるカリオル王の姿があった。
だがその目には、確かな光が宿っていた。
「来てくれたか、スタンリー伯。そして、ベルンハルト殿」
「陛下、お体は……」
スタンリー伯が一歩前に進み、膝をつく。その表情には、安堵と、そして燃えるような怒りが滲んでいた。
「……このような卑劣な真似を……っ!」
拳を強く握りしめたその手が、かすかに震えている。
それは王に対する忠誠心ゆえの怒り。守るべき主君が、謀略によって命を狙われたという事実が、誇り高き将の心に火を灯していた。
「毒とはあまりに卑怯。陛下に害をなした者ども……決して、許すわけにはまいりません」
声には、深い憤りと決意がこもっていた。
「陛下を害し、王太子殿下を貶めた反逆の徒どもをこの手で必ず、討ち果たしてみせましょう」
その一言に、部屋の空気が引き締まる。
ベルンハルトもまた静かにうなずき、口を開いた。
「アイゼンベルク家もまた、王家に忠を尽くす覚悟にございます。陛下のご命令とあらば、いつでも剣を振るう所存」
重く、静かに交わされる決意の言葉。
それは、ただの臣下の忠誠ではなかった。
王を“主君”としてだけではなく、“人”として敬い、支え続けてきた者たちの、魂の誓いだった。
*
数日後、王宮の作戦会議室。
高い天井と冷たい石の壁に囲まれた空間には、ぴんと張りつめた空気が漂っていた。
アリアは、テオドール、ヴェルナー、レオンに呼び出されていた。
広げられた地図や作戦案。そのすべてが、これから始まる本物の“戦”を物語っている。
そんな空気の中で、ヴェルナーが口を開いた。
「アリア殿。あなたの“知恵”を貸してほしい」
その声はいつになく真剣だった。
「“思念写本”で勝ち目の薄い状況を覆すための、手がかりになるようなものを見せて欲しい」
アリアは小さくうなずくと、ゆっくりと立ち上がった。
「わかりました。お見せします。私の知る世界に、劣勢を覆したふたりの英雄がいました」
指先に魔力を流すと、空間にふわりと青白い光が立ちのぼる。
その中に、まるで幻のように、戦場の光景が浮かび上がった。
「ひとり目は、騎馬軍を巧みに操る将。中央にあえて隙を作って敵を誘い込み、左右から挟み撃ちにする“包囲殲滅”という戦術で勝利を掴んだのです」
映像の中、挟撃された敵が次々と崩れていく。
レオンが、息をのむように呟いた。
「こんな策略を、実行できる将がいたなんて!」
アリアは、少しだけ微笑んで、続けた。
「もうひとりは、退くふりをして敵を誘い込み、伏兵で迎え撃った戦術家です。これは“釣り野伏せ”と言われています。逃げることすら、勝利の手段にした勇気ある戦い方です」
彼らの目が、映像にくぎ付けになるのがわかった。
「私は剣を振るうことも、軍を率いることもできません。けれど、こうして誰かの背中を押す“知恵”なら、届けることができます」
その声は静かだったが、どこか温かく、そして誇らしげでもあった。
テオドールは、アリアをまっすぐ見つめて言った。
「ありがとう、アリア。君のその知恵と想いが、何よりの力になる」
レオンは頷き、ヴェルナーの方をみる。
「父上、この戦術は使えそうですか?」
ヴェルナーは考えるような仕草をし、深くうなずいた。
「使える。魔導士部隊を編成すればかなり効果的に運用できる。アリア殿、あなたがいてくれて本当に良かった」
アリアは小さく笑い、心の奥でひとつの決意を固めた。
(私はこの場所で、私にしかできない戦い方をする。 皆を守るためにこの知識を、未来へつなぐために)
誰かの力になること。それが、今の彼女にとっての“戦”だった。