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第20話 帰還、そしてそれぞれの決意

 王都の空は、どんよりとした雲に覆われ灰色に沈んでいた。


 俺、レオン・ベルトラムは、王宮の練兵場近くのベンチに腰掛け、頭を抱えていた。


 父ヴェルナーの、「テオドール王子をこの大陸の覇王にする」という野望。それを知っただけでも、俺にとっては十分すぎるほどの衝撃だった。

 それだけでなく、テオドール殿下とオルデ王国姫との婚姻話、テオドール殿下が知ればどう思うだろう?

 胸の内には、答えの出ない問いばかりが渦巻いている。


(俺は、どうすればいいんだ)


 拳をぎゅっと握る。だが、何も掴めない。


 その時だった。


「そんな顔をしていては、ますます肩が凝るだろう?」


 ふいに、穏やかな声が頭上からかけられた。


 顔を上げると、見知らぬ青年が立っていた。


 黒の髪、しなやかな長身の体躯に、気品を纏った立ち姿。

 その青年は、柔らかく微笑んでいた。


「慣れない外交に疲れてね。少し身体を動かしたいと思っていたところだ。もしよかったら、手合わせしてくれないか?」


 そう言って、練兵場に備え付けられた木剣を軽く掲げる。


 断る理由など、なかった。


 いや、むしろ、今はこの迷いを断ち切りたかった。


「お願いします!」


 俺は立ち上がり、木剣を手に取った。


 練兵場に立つと、周囲の雑踏がすっと消える。


 お互いに軽く礼を交わすと、青年いや、後に知るリオネル王子が、にこりと微笑んだ。


「全力で頼むよ?」


 そして、踏み込んだ。


(速い!)


 一瞬で間合いを詰められ、俺は防御に回る。


 打ち込まれる木剣。正確無比で重い一撃一撃。

 焦りと迷いが重なり、俺は押されるばかりだった。


(どうする?どうすればいい!)


 父の期待。国の行方。自分の無力さ。


 心が、絡まった糸のように軋んでいた。


「ほら、そんな顔をしていては、剣も鈍るぞ」


 リオネル王子が軽く笑った。


 その余裕が、俺の胸の奥に、火を灯した。


(……違う。こんなところで迷っている場合じゃない!)


 今、俺がすべきことは一つ。


 目の前の人物と全力で向き合う。


 ただそれだけだ!


「うおおおっ!」


 叫びと共に踏み込み、打ち込んだ。


 木剣と木剣がぶつかり合い、乾いた音が響く。


 打ち合い、受け、返す。

 戦ううちに、頭の中の靄が晴れていく。


 迷いが、消えていく。


 ただ目の前の剣筋だけを見据える!


 やがて、二人の剣は互角となった。


 リオネル王子の目が、楽しげに細められる。


 そして、最後にお互い一歩引き、同時に剣を下ろした。


「素晴らしいよ」


 リオネル王子が、心からの笑みを浮かべた。


 そう言って、軽く肩を叩くと、背を向けた。


 去り際に、ふと振り返る。


「また、戦おう。次は、戦場で肩を並べる同志として」


 その言葉を背に、リオネル王子は練兵場を後にした。


 静かになった空間に、俺は一人立ち尽くしていた。


 だが、胸の内は、今までにないほど澄んでいた。


(俺は)


 小さな迷いに囚われている場合じゃない。


 父の思惑も、国の動きも、きっと乗り越えていける。


 俺は今の俺にできることを全力でやるだけだ。


 ふと顔を上げると、青空が広がっていた。


 迷いを振り切った心に、優しい光が降り注いでいるようだった。


(前に進もう)


 俺は、静かに拳を握りしめた。


 *


 王都近くまで戻ってきた。


 スタンリー伯領での滞在は、充実していた反面、心にも多くの問いを残した。

 領民と共に生きるスタンリー伯の姿。忠義に生きるその姿。


 そして、王都の城門が見えてきた。

 城門をくぐった先で、一人の青年が待っていた。


「お帰りなさいませ、殿下!」


 レオン・ベルトラムが出迎えた。


「レオン。何かあったのか?」


 テオドールが声をかけると、レオンは顔を引き締めた。


「はい。実は、オルデ王国との同盟交渉が本格的に動き出しています」

 

 レオンはさらに言葉を続けた。


「そして、テオドール殿下とオルデ王国の姫との婚姻が、正式に議題に上がったとのことです」


「……!」


 アリアは胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。


 もちろん、政治的な意図は理解している。

 オルデ王国は強国であり、アルシオン王国にとって重要な相手だ。


 それでも、どこか、言葉にできない感情が心に広がった。


 横を見ると、シエナも驚いたように目を見開いていた。

 バルドだけが動じていなかった。


 王宮に到着すると、テオドールはすぐにヴェルナーを私室に呼んだ。


「ヴェルナー。スタンリー伯は、王の臣下としての立場を貫きどちらの派閥にも属さないとのことだ」


 テオドールは簡潔に報告した。


 ヴェルナーは軽く頷き、目を細めた。


「忠義に厚い人物です。」


 静かな声だった。


 テオドールは少し逡巡し、それでも意を決して口を開いた。


「ヴェルナー。オルデ王国の姫との婚姻の件、どう考えている?」


 少しの沈黙が落ちる。


 ヴェルナーは、静かにテオドールをみつめる。


「オルデ王国は強国です。そして、ザイデン王は切れ者と名高く、リオネル王子も武人としての勇名を諸国に轟かせています。婚姻関係を結び結束を強めるのは悪い話ではないかと」


 それだけを、淡々と告げた。


 そこに感情はなかった。


 ただ、冷徹なまでに現実を見据えた、参謀の視線。


 ヴェルナーの冷静な言葉を受けて、テオドールは無言で視線を落とした。


(わかっている。……わかっているんだ)


 オルデ王国との婚姻は、アルシオン王国にとって大きな後ろ盾となる。

 それは、王国の未来を守るために必要な選択。


 だが、心の奥底に、どうしても晴れないものがあった。


 それは理屈ではない、曖昧で、けれど確かに存在する感情だった。


「少し、考えさせてほしい」


 静かに、だがはっきりと口にした。


 ヴェルナーは無言で頷いた。


 *


 夜の王宮は、静寂に包まれていた。


 テオドールは、一人、月明かりの下を歩いていた。


 頭では答えを出そうとしている。

 だが、心はまだ揺れていた。


 ふと、足音が聞こえた。


「殿下……?」


 振り返ると、そこにアリアがいた。


 白い外套を羽織り、夜風に髪を揺らしながら、静かに立っていた。


「こんな夜更けに、どうされたのですか?」


 心配そうに近づくアリア。


 テオドールは、微笑みを作った。


「少し、風にあたりたくて」


 嘘ではない。だが、真実でもなかった。夜の王宮庭園は、昼間とは違う静けさに包まれていた。


 白く咲き誇る夜花が、月光を浴びてかすかに輝いている。


 二人は言葉少なに、並んで歩いた。


 ふと、アリアが足を止め、夜空を見上げた。


「きれいですね」


 広がる夜空に、無数の星が瞬いている。


 テオドールも、ちらりとアリアを見てから空を仰いだ。


「えぇ、とても」


 アリアは、微笑みながらぽつりと呟いた。


「星を見ると、船乗りたちが夜空をみて航海をした話を思い出します」


 テオドールが、目を細めた。


「詳しいですね」


「ええ、これでも殿下の家庭教師ですから。」


 アリアは控えめに笑い、それから少しだけ、照れたように頬を指先で触れた。

 テオドールもつられて笑顔になる。


 月明かりに照らされたその笑顔に、テオドールの胸が、わずかに痛んだ。


 夜風が吹き抜け、アリアが肩をすくめる。


 アリアは肩に重みを感じた、テオドールは自分が着ていたマントをアリアにかけたのだ。


 テオドールの方をみると、そこには、優しく微笑む横顔があった。


「あっ、テオドール殿下!」


 アリアは慌てたが、テオドールは静かに首を振った。


「夜は冷えます」


 その優しさに、アリアは胸の奥がほんのりと熱くなるのを感じた。


 二人は再び歩き出す。


 その距離は、さっきより少しだけ近くなっていた。

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