第16話 静かなる宣戦布告
王城の執務室に、緊張が張り詰めていた。
襲撃事件について報告を終えた。
ギルベルト・ファルクス卿の捕縛、背後にユリウス派の影がある可能性について。
テオドール殿下は、ずっと無言だった。
机の前に立つその姿は、表面上は変わらない。
だが、静かに握られた拳が、わずかに震えているのを私は見逃さなかった。
胸の奥に燃えている怒りは、私たちにも伝わってきた。
けれど、彼は一言も発さない。
やがて無言で振り返り、扉へ向かって歩き出した。
「っ……!」
私は思わず声をかけそうになった。
だが、踏みとどまり、言葉を飲み込んだ。
シエナも、セリナも、ただその背中を見送るしかなかった。
ヴェルナーとバルドは違った。
動きを、何も言わずに悟ったらしい。
二人は無言で、自然な動きでテオドール殿下の背に付き従った。
それは、打ち合わせたわけでもない。
ただ、当然のように。
扉が静かに閉じる。
部屋には、静寂だけが残された。
*
王城の一角、貴族たちに与えられた私的な執務室エリア。
その奥、重厚な扉の前に、テオドールは立ち止まった。
扉を隔てた向こうから、くぐもった声と笑い声が漏れ聞こえてくる。
ユリウス。
そして、彼の側近たち。
一言も発さず、扉を押し開けた。
勢いよく開いた扉に、中の貴族たちが一斉にこちらを振り向く。
室内には、ユリウスと彼に連なる貴族たち、そして私兵と思しき男たちの姿があった。
紅茶と香の匂いが漂う空間。
だが、その空気は一瞬で凍りつく。
「……これは、珍しいお客様だ」
ユリウスは、作り笑いを浮かべた。
だが、その目は笑っていなかった。
テオドールは応えない。
ただ、まっすぐユリウスの前まで歩み寄る。
背後には、ヴェルナーとバルド。
彼らもまた、一言も発さず、テオドールに付き従う。
異様な静けさ。
じわじわと、部屋全体に緊張が広がっていく。
やがて。
テオドールは、静かに口を開いた。
「ギルベルト・ファルクス卿を捕らえた」
その言葉は、冷たく、重く室内に響いた。
ユリウスの顔から、瞬時に血の気が引く。
ざわめく側近たち。
だがすぐに、顔を真っ赤に染めて怒鳴った。
「な、何の権限でこの私室に踏み込むのだ!無礼者め! 捕らえよ!」
周囲に控えるユリウス派の貴族たちが、ざわめき、子飼いの兵士たちが武器に手をかけた。
その瞬間だった。
バルドが、無言で一歩、前へ出た。
ただそれだけ。
なのに、空気が変わった。
ずしりと地面を踏みしめるような圧倒的な存在感。
その視線、その気配だけで、兵士たちは本能的に悟った。
(……勝てない)
恐怖が広がった。
バルドは剣に手をかけさえしなかった。
ただ、静かにその場に立っただけ。
なのに、兵士たちは誰一人、動けなかった。
その後ろでは、ヴェルナーが冷静に全体を見渡している。
眼光鋭く、敵味方すべてを監視する。
ユリウスは、バルドに気圧され命令を続けることもできなかった。
叫びかけた口を、ただ、わななかせるだけ。
テオドールは、一言も発さない。
ただ、まっすぐ前を向いて立っていた。
怒鳴り散らしたユリウスも、武器に手をかけた兵士たちも、
ただ、押し潰されるように息を潜めている。
そんな中、テオドールは、ただ静かに前を向いていた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「私は、大事な人を狙う者はを許さない」
その声は、驚くほど穏やかだった。
けれど、その言葉の重みは、誰よりも深く、重かった。
「そしてこの国を乱す者には、相応の責を負わせる」
凛とした声。
恐れでも、怒りでもない。
ただ、王となる覚悟を、静かに示す宣言だった。
誰も、言葉を返せなかった。
ユリウスでさえ、わずかに顔を引きつらせるだけだった。
テオドールは、それ以上何も言わず、背を向ける。
ヴェルナーとバルドが、無言で後に続いた。
彼らの歩みに、誰一人として逆らうことはできなかった。
扉が閉まり、テオドールたちの姿が完全に消えた後。
執務室に残されたユリウスは、震える手で机を叩きつけた。
鈍い音が、静まり返った室内に響く。
「必ず引きずり下ろしてやる……!」
噛み殺すような声で、ユリウスは吐き捨てた。
周囲に控えるユリウス派の貴族たちが、顔を見合わせる。
誰も声を発することはできなかった。
*
それから、時間を置かずして。
王城内に、ある噂が広がり始めた。
第一王子テオドール派と、第二王子ユリウス派。
二つの勢力が、ついに本格的な対立に入ったのだ、と。
それは、まだ密やかな囁きにすぎなかった。
けれど、誰もが胸の奥で、どこかで感じていた。
波乱の予感を。
それから間もなく。
王都の地下牢で、ギルベルト・ファルクス卿は死体となって発見された。
表向きは病死とされたが、内部では「ユリウス派による口封じ」との噂が絶えなかった。
真相は闇の中へと葬られた。




