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第14話 王城に響く凱旋の鐘

アルシオン王国、王城。


 凱旋を告げる鐘が、晴れ渡る王都に高らかに響き渡っていた。


 テオドール・アルシオン率いる軍勢は、オルデ王国軍との国境対峙を無血で終え、堂々と帰還した。


 王城の大広間には、すでに貴族たちが集められ、静かな熱気に包まれている。


 中央の玉座には、カリオル・アルシオン王。

 その威厳に満ちた眼差しが、堂々と進み出るテオドールを捉えていた。


 テオドールは膝をつき、頭を垂れる。


 「無事に帰還いたしました」



 広間に重たい静寂が満ちる中で、王が静かに立ち上がった。


 「よくやった」


 その声は低く、しかし玉座の間にいるすべての者に、確かに届いた。


 カリオル王は自ら玉座を降り、テオドールの前に歩み寄る。


 「国境を守り、国威を損なうことなく事を収めた。その手腕、まさに賞賛に値する」


 大広間に、ざわめきが走った。


 貴族たちの表情が交錯する。目を伏せる者、皮肉げに笑う者。


 称賛、驚愕、そして、あからさまな敵意。


 とりわけ、王弟ユリウスに連なる一派は、顔をしかめながらテオドールを睨みつけていた。


 そして、玉座の脇に第二王子ユリウスもまた、列席していた。


 表向きには、柔らかな笑みを浮かべ、王の言葉に合わせて拍手を送る。


 だが、その瞳は、冷たく鋭い光を宿していた。


 また、あいつが。


 自分よりも先に、王に認められる兄の姿に、ユリウスは抑えがたい焦燥と怒りを覚えた。


 (まだだ。こんなことで、終わらせはしない)


 そっと拳に力を込め、視線を逸らす。


 テオドールが、自分にとって最大の障害となることを、この場にいる誰よりも痛感していた。

 だが、それを表には決して出さない。

 それが、王族というものだ。


 テオドールは、貴族たちのざわめきを冷静に受け止めながら、王を見上げた。


 カリオル王は、満足そうに小さく頷く。

 彼の純粋な瞳に、カリオルは一瞬、若かりし己を重ね、微笑んだ。


 乾いた拍手が、大広間を満たした。


 その中には、心からの賛辞も、内心の焦りも、様々な思惑が交錯している。


 テオドールは、そのすべてを胸に刻みながら、静かに拳を握った。


 これが、最初の一歩。


 だが、本当の戦いは、ここからだ。


 * 

 

 王城に戻り、公式行事も一段落してようやく、日常が戻ってきた。


 かつてはピリピリとした緊張に満ちていた王城も、今は穏やかな空気に包まれている。


 アリア、レオン、シエナ、そしてテオドールは、いつもの教室に集まり、久しぶりの授業を再開していた。


 光の思念写本を展開しながら、アリアが説明する。


 「今日のテーマは、アルシオン王国と周辺諸国の国境線の変遷です」


 ふわりと浮かぶ光の地図に、シエナがわくわくと身を乗り出す。


 レオンは苦笑しながらノートを取り、テオドールも静かに耳を傾けていた。


 そんな平和な時間を破るように、勢いよく扉が開いた。


 「こんにちはー!」


 元気な声とともに、栗色の髪をリボンで束ねた少女。セリナ・ユーレインが顔を出した。


 「セリナさん!」


 シエナが嬉しそうに駆け寄り、セリナはその肩に軽く手を置きながら笑いかけた。


 「邪魔してない? ちょうど授業、終わった?」


 「ちょうど今、休憩時間だよ」


 アリアも優しく微笑み、セリナの手を取って軽く引き寄せる。


 女子同士の親しい空気に、教室が一気に明るくなる。


 セリナは小さな包みを取り出した。


 「今日はね、ハチミツ入りのクッキー、持ってきたの!」


 アイゼンベルク領で作ったハチミツをたっぷり使った、特製のクッキー。


 テオドールも立ち上がり、礼儀正しく頭を下げた。


 「セリナ、君のおかげで、今回の物資調達は本当に助かった。ありがとう」


 セリナは、屈託なく笑いながら手を振った。


 「お代はきちんといただいてますから、お気になさらず。おじいちゃんなんて、儲かったって喜んでましたよ」


 その言葉に、教室中がふっと和んだ。


 アリアもくすりと笑い、テオドールも小さく肩の力を抜いた。


 「せっかくだし、紅茶を淹れて休憩にしましょうか」


 アリアの提案に、みんながうなずく。

 小さな丸テーブルに、香り高い紅茶と、セリナ特製のクッキーが並ぶ。


 サクサクとした食感の中に、ふんわりと広がる優しい甘み。


 「おいしいー!」


 シエナが頬を押さえ、レオンも静かに目を細める。


 テオドールも一口かじり、笑みを浮かべた。


 香り高い紅茶と、ハチミツクッキーの優しい甘さ。

 小さなテーブルに、ほっとする時間が流れていた。


 クッキーをひと口かじったテオドールが、ふとアリアの方を見た。


 「アリア、君の授業があるから、こうして、みんなで笑っていられる」


 その不器用な、けれど真っ直ぐな言葉に、アリアは一瞬、胸の奥が熱くなるのを感じた。


 (そんなふうに言われたら)


 紅茶の香りが、ほんのり甘く鼻をくすぐる。


 「殿下の未来を、私も、守りたいです」


 少しだけ震える声で、それでも精一杯、アリアは応えた。


 ふいに、テオドールの手が、そっと伸びる。


 指先が、アリアの手に触れかけ。


 「二人、仲いいねーっ!」


 ぱたん、とシエナが元気よく身を乗り出した。


 アリアもテオドールも、はっとして、顔を真っ赤にする。


 「べ、別に……!」


 アリアは慌てて紅茶を持ち上げ、カップの向こうに顔を隠した。


 テオドールも、ばつの悪そうに視線を泳がせる。


 レオンは小さく笑い、セリナはくすくすとからかうような目を向けたが、

 誰も本気で冷やかしたりはしなかった。


 温かい、優しい空気。


 アリアは、カップを口に運びながら、

 そっと隣にいる王子の存在を、胸の奥にそっと刻みつけた。


 (こんな時間が、ずっと続けばいいのに)


 アリアは、そんな彼の横顔をそっと見つめながら、想いを胸に抱いていた。


 だが。


 甘いひとときの裏で、王宮の片隅では静かな波紋が広がり始めていた。


 ユリウス派の貴族たちが、密かに集まり、次なる策謀を練り始めていた。


 嵐は、まだ去ってはいない。


 * 


 王城、離れの一室。


 分厚いカーテンに遮られた室内は、昼間だというのに薄暗かった。


 そこに集うのは、数名の貴族たち、そして第二王妃、エレオノーラ・アルシオンの姿もあった。


 王弟ユリウス・アルシオンは、母の隣に控え、静かに周囲を見渡していた。


 「まさか、テオドール殿下がここまでやるとはな……」


 誰かが苦々しく呟く。


 オルデ王国とのにらみ合いを、無血でまとめた功績。


 そして、王からの明確な賛辞。


 テオドールの立場は、確実に強まっていた。


 「このままでは、第一王子の立場がますます磐石になる。いずれ、次期国王もあの若造に決まるやもしれん」


 別の貴族が、低く吐き捨てた。


 エレオノーラ王妃は、憤然と唇を噛みしめた。


 「それだけではありませんわ」


 静かな声には、隠しきれない怒りが滲んでいた。


 「アイゼンベルク家の娘。アリアとかいう小娘が、兵糧の手配や軍資金の調達にまで関わったとか」


 貴族たちの間にざわめきが広がる。


 「元は貧乏貴族の令嬢にすぎない身。何様のつもりですか!」


 その言葉には、嫉妬と侮蔑が混じっていた。


 王妃としての誇りと、貴族社会の序列を重んじる感覚。


 それらすべてが、アリアという存在に対して強い拒絶反応を示していた。


 ユリウスは静かに紅茶のカップを置き、口を開いた。


 「……動くしかない」


 貴族たちは顔を見合わせ、うなずいた。


 「方法は?」


 誰かが問う。


 ユリウスは、薄く笑った。


 「やり方はいくらでもある。焦らず、着実に、奴らの足元をすくうだけだ」


 エレオノーラ王妃も、冷たい瞳で静かにうなずく。


 (あの娘も、決してこのままにはさせません……)


 若き王子と、その傍らに立つ少女に向けて。

 静かに、だが確実に、影が忍び寄ろうとしていた。



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