一蓮托生
吸血鬼の中でとても寵愛される力を発症した主人公
淡々と日々を送るが幼稚舎からの幼馴染たちと心の距離が離れてていく毎日。
凡庸な僕は彼らの中から消えていくんだろうか。と諦観していたがある日体調が優れず、実家に帰ろうとすると…
というよくあるお話です。
空も海もお花も全部赤いよ
僕たちが食べている物と同じ色
そう言った日の夜、僕は寵児になった。
僕たちが生きる狭い世界は吸血鬼の貴族だらけだ。
美貌を持って能力を持って悠久を生きる僕らは人間と比べて遥かに超越している。
だが悠久を生きる辛さはどんな長寿の長達にも耐え難いようで、死は忌避される物ではなかった。
吸血鬼の死因は酷く限られていて、尚且つ苦しいものばかりで、結局生きるしかない。
そんな死ぬこともできない超越種を安楽に導ける存在が僕だった。
明確に言えば、僕の血族の秘められた能力だった。
能力を持つ者は美貌の吸血鬼の中でも一際美しく、人間が一目見れば恐慌が湧き立つ人外さ。
先祖返りと言われる能力者は、美しく安楽へ導くので過去は穏やかではなかった。
先祖返りは、一世に1人しか現れないからだ。
先祖返りの能力の発症は必ず幼い頃からと決まっており、視界が赤くなる。
眼球の色が変わるわけではない、保持者の視界だけが赤くなる。
それは生命の色であった。無差別な生命の色である。海を見れば微生物、繰り返された静かな輪廻の色が海を赤く染める。空を見れば舞い上がった受粉されずに終わった花粉や散った塵の亡骸で赤く染まる。ぼんやりとした赤いフィルターの視界だ。
生きるもの達は正常に見えるのが救いだった。
赤く見える条件は死でしかない。幼い僕でも分かる事だった。
さて、ただ視界が赤くなるだけの能力かと拍子抜けした僕に各々は次にこう語る。
「訓練すれば、その神聖な赤は我々を映すだろう。映すのだ。そして悠久を生きる我らを愛しておくれ。お前だけが我らを愛せる、そのために全てをお前に捧げよう。生命を持って全てお前の為に。」
文字通りに、僕は吸血鬼の中で寵児となった。
吸血鬼の世界を統治している長達が傅いて目を蕩けさせながら光悦に浸りながら、全てはお前のものだと囁く。
その際に僕は何も喋らなかった。
だって齢2歳半、分からない事だらけだった。
吸血鬼は早熟で体よりも脳の発達が早い。そんな発達した脳みそで僕が思った事は、
気持ちわるっ
ただこれだけだった。
寵児となった僕は大層尽くされ苦労も涙も娯楽も無かったが、傍若無人に、つまるとことクソガキにはならなかった。
ご立派な教育のおかげで、美貌に見合った所作と性格に教育された。コツコツと入念に仕込まれていった。
下世話な話ではないから安心してほしい。
ただ、生きるのに何も見出せなくなった翁たちの理想通りの導き手を仕込まれたというだけ。安堵と母性に包まれて逝きたい者もいれば無慈悲な肉塊を見る目で逝きたいという者もいて、要するに性癖、いや死癖を学んだ。
分厚かった。「こう死にたいです。」という嘆願書の分厚さといったら…あ、蛇足だが吸血鬼の中で死というのはとてもロマンス的なものだ。愛の最上級に近い。「お前を殺したい」この言葉がとっても情熱的な、情熱すぎて聞くのも恥ずかしいぐらいの意味を持つぐらいに死というのを重要視している。だから寵児になった時、長や翁達が愛してくれって言ったんだね。気持ち悪いな。
今更だが、僕が吸血鬼の寵児であるのは先祖返りを知る者だけしか知らない。
側から見れば、なんか美貌が極まってる吸血鬼がいるなぁ。
それが僕の評価だった。
教育を受けながら僕は成長していった。
僕は一応貴族の血族ではあるので、顔も広い。
幼馴染が3人もいる。
同じ幼稚舎から今の寄宿舎の付き合いだ。これからも続くと思う。
どれもみんな美しくて僕より豊かな性格を持っていて居心地がいい。
僕は長や翁達を「愛す」という仕事があるので時折、いや中々一緒に居ることが出来なかった。だから幼馴染であっても同じ時間を過ごすことが出来ず、あぁ置いていかれるのか、と諦観する節がある。実際、同じ話題などに乗れず涙することがある。
幼馴染は僕に良くしてくれる。
兄弟でいうと僕は末っ子だろうか。
活発なリーダー的長男、クールな宰相次男、おだやかな抱擁力三男、凡庸な僕、だ。
僕たちは距離感が近いらしく互いに触れ合うのに抵抗はない。
互いの血を飲むのだって幼い頃からしてきた。人間でいうキスみたいなものだ。
けど先ほどもいった通り一緒に居ることが少ない為、僕を除いた彼らの首筋の噛み跡を見るたびに、僕はあの輪から徐々に消えるのだろうかと考えてしまうのだ。
あ、愛しにいった後の僕は悲観的になりやすい。
考えてほしい、これまで僕に尽くしてくれた方が僕の手で死ぬのだ。灰が手をすり抜ける感覚が悲観さを助長させる気がする。別に死んで悲しいと思わない。相手が勝手に僕に尽くしているだけなので。
幼馴染は僕が一緒にいられないことに何か思っているのか、気になったことがある。
だけど彼らはそういった群れに無頓着なので「おー」で済ます。
三ヶ月の蜜月旅行(翁の1人が新婚旅行の気分のまま死にたいという願いだった)から帰った僕を見て彼らは、「あ、いる」だけだった。僕は疲れていたし悲観モードだったのですぐに寮へ帰った。棺桶にカビが生えそうだった。
この頃ひっきりなしに呼ばれるので、疲れからか体調がすぐれなくて療養も兼ねて実家に帰ろうかな、と早朝にコウモリ便で手紙を出したその昼、厳かな馬車がずらずらと僕らの寄宿舎を訪れた。僕はとてもとても嫌な予感がした。なぜならば愛されたい長、翁達が迎えに寄越す馬車と同じメーカーだからだ。
僕は昼なので食堂の2階の隅で昼食をとっていたが、馬車達の知らせを聞いて、それもあの高級メーカーが並んでるぞ…!と騒めくギャラリーを見て僕は身を縮めながら十字架を切っていた。神と子と精霊の御名によって…と手を組みガクガク震えていたのだが、全然神などいなかった。
食堂の両扉を侍従が開け広げ、悠久を生きた美貌の長達が一歩「カツン」と足音を鳴らした。その音をはじめ、次々と食堂にいた生徒達は傅く。洗礼された動きはやはり貴族特有のもの。そんな生徒達を一瞥もせずに長達は僕のところへ向かってくる。なんで知ってるんだよ。迷いなく来るな。気持ち悪い。
2階へ繋がる大きな螺旋階段を登ってきた長達は僕を見つけるとすぐに目を蕩けさせ傅いた。当たり前に長達の行方を見守っていた観客達は動揺していた。どよめきが走って僕は終わりを悟った。儚い僕の学生生活の終わりを悟った。観客には僕の幼馴染達がいた。
目を見開いている。首元にまた吸血の跡があって、なんだか僕はとても疲れたな、と思った。
長のうち、濃く濃縮したガーネット色の瞳を持つ男が口を開く。
「これまで休みなく我らを愛してくれたお前は眠る時が来た。我らは決してお前を厭わない。全てをお前に捧げているのだから。さぁ、眠ろう。我らの安楽。」
何故だか聞き覚えのある言葉だと思った。
そう思ったらとても瞼が重くなって、頭がぐらぐらしてきた。
どんどんと瞼が下がりガーネットの長は立ち上がって僕の体を抱える。お姫様抱っこであったが、僕は何故だかとても安心した。
ガーネットの首筋の額をすり寄せると芳しい香りがして僕は本能に逆らわずに動脈に噛み付いた。ガーネットは小さく「ッ…」と呻くと前を向いていた顔を僕と目線を合わせる為に傾けた。その時、動きに倣って白雪の長髪はサラサラと幕のように彼と僕だけを囲って、僕は、既視感を覚えたんだ。
遠い遠い昔、僕は彼の腕の中で髪で隠されながら眠るのが好きだった、と。
また深い眠りについた彼を天蓋着きの寝台へ降ろす。
何百、何千、何億と繰り返してきた。
次、彼が目覚めるのはいつだろうか。
彼にとって今世、共に過ごしてきた幼馴染とやらは彼をどう思うだろう。
幼馴染らは我らより繋がりが薄いと感じる。
彼の呪縛は、薄れていくのだろうか。
想い馳せる。ずっと昔、彼と共に過ごした日々を。甘い、甘すぎて溺れ死にそうだったあの頃を。
我らの代はまだ残っている。
先代の翁達はやっと、無念なく灰に還った。狂うほど焦がれた彼に、望みのまま愛してもらい死ねた。
我らは己では苦しいばかりで死ねない。哀れな種だ。
美貌と能力を持ったただの長命種でしかない。だが結局のところ他殺であったり死ねることは出来るのだ。
だが人間は本能で怖がり、吸血鬼の中でも一際美しく、等しく狂わせる彼は死ねない。
吸血鬼の卵に紛れ込んでしまった卵は孵ってしまい、死ぬことはなかった。死を知らない。
まさしく異端で長い輪廻を繰り返す彼を我らは手放すことが出来ない。する気もない。安楽が自ら我らの手に渡ってきたのだ、と先代の翁たちも、その前の翁達も言っていた。
一定のリズムで呼吸する彼はまた少しずつ逆行していくだろう。体も魂も記憶も。
進んだしまうのは我らだけ。彼との過ごした記憶も覚えているのは我らだけ。
何も覚えず、また新しい者と過ごし狂わせていく様を我らは影に立って眺めるしかないのだ。
苦しい。苦しい。苦しい!貴方と共に先を歩みたかったのに。何故、貴方の中で我らは、俺は死んでいくのですか。その死は愛なのか。こんな仕打ちを生きながらに受けるなら、死んでしまいたい!貴方の手で俺の息を止めてくれたら。だって愛してしまったんだ。
寝台に寝そべる彼の傍に膝を着き胸に顔を寄せて耳を当ててただ鼓動を感じながら「早く、殺してくれ」と目を伏せた。
眠る彼に傅く姿はただ、哀れだった。