9話
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村へ戻ると、アントンが畑のそばの柵に寄りかかって待っていた。
「ずいぶんと早かったな。それで小鬼はどうなった?」
タバコの煙をぷかぷか吐きながらアントンは尋ねた。
エレナが丸めた葉っぱを渡すと、アントンは中身を見て悲鳴をあげた。
「こりゃあ、小鬼の爪か?」
「ええ。キツく脅して言い聞かせておいたから、もう畑には手を出さないはずよ」
広げた葉っぱをもう一度丸めながら、アントンが礼を言った。
「助かったよ。作物を盗まれるのは死活問題だからなぁ。これで安心して眠れるってもんよ」
「お礼ならこの子に」
エレナが隣を目線で示すと、アントンは目をパチクリさせてガビを見た。
「おいおい本当かよ。お前さんが小鬼をとっちめたのかい。その剣で?」
「まあね」
「そいつは凄い。おれは見ての通り立派な大人だが、小鬼なんかにゃ近付きたくもないと思ってんだぜ。すげえよ、ありがとな、ぼうず」
「気にしないで。仕事だからさ」
頬をかきながらそう答えると、エレナがくすくすと笑った。
「それじゃあ依頼書にサインしよう」
「それは私が」
アントンは依頼書にサインして、印杖を押し付けた。棒から紙へ光がうつって、ふっと消えた。
三人はまた村人にじろじろ見られながら村の入り口まで歩いた。
「また何かあったら頼むよ。そういや名前を聞いてなかったな」
「私はエレナ」
「ガビだよ」
「そうかい。エレナ、ガビ。助かったよ。また何かあったら頼むぜ。小さな賞金稼ぎさんよ」
ガビ達はアントンに別れを告げて村を後にした。
二人がポルユスに着いた頃には、空の端っこがオレンジ色に染まり始めていた。
急いで掲示板のところへ行くと、見覚えのある若い兵士が手を振っていた。夕方にもなればさすがに目も覚めたようだ。
「無事に帰って来られてよかった。換金するならそこの建物だからね」
ガビとエレナは、兵士の指している角張った建物に足を踏み入れた。
入ってすぐに石造りのカウンターがあった。その上は鉄格子で塞がれていて、鉄格子の向こうには人当たりの良さそうな小太りのおばさんが座っている。
「いらっしゃい。子連れの賞金稼ぎなんて珍しいわね。こんにちは、ボク」
「こんにちは」
ガビは軽く頭をさげた。
「換金をお願い出来るかしら」
「もちろん。その為の場所だもの。それ以外をお願いされても困っちゃうわ」
おばさんは口に手をあてて、オホホと上品に笑った。
エレナは依頼書をカウンターに置いた。
よく見ればカウンターの真ん中部分が少しへこんでいて、そこだけが向こう側と繋がっている。どうやらそこを使って物のやり取りをするらしい。
おばさんは依頼書をチラリと見てから後ろを振り返ると、大きな鍵付き棚の引き出しを漁った。ジャラジャラと金属が擦れる音がした。
「懸賞金はサンズ金貨四枚……はいどうぞ。確認してくださいな」
エレナは依頼書に印杖を押しつけてから金貨を手にとり懐にしまい込んだ。
「ありがとう。さ、行くわよ。ガビ」
「またね。ボク」
おばさんに手を振られながら換金所を後にした。
二人は早歩きで門へ向かった。空はどんどん暗くなっていく。
ポルユスを出てしばらく経つと、完全に日が落ちて夜になった。雲ひとつない夜空にはたくさんの星が所狭しと輝いていた。
「見て。今日は満月だよ」
「だから夜なのにこんなに明るいのね」
二人は速度を落として、星空を楽しんだ。
ガビは流れ星を四つも見つけることが出来たし、エレナはあちこち指差して色んな星座を教えてくれた。
そうしているうちに、見慣れた林が見えてきた。
あの林の向こうに愛すべき我が家が待っている。
ガビはこれまでにないくらい疲れきっていた。
小鬼と戦った時の精神的な疲労が一番の要因なのは間違いない。布団に入ったらきっと一瞬で寝てしまうだろう。
林を抜けて村道を進んで行くと、やがて一際大きな家屋が現れた。
「やっと着いたね」
ガビはあくびをしながら言った。
お腹すいた、座りたい、眠りたい……そんな気持ちでいっぱいだった。
今日は全然休めなかったから明日休みにしてくれるようお願いしよう、なんて考えていると、突然目の前にエレナの腕が現れた。
ガビはびっくりして立ち止まった。
エレナは、ガビがこれ以上前に行かないよう止めているようだった。
「エレナ?」
「静かに」
エレナはまっすぐ前を見たまま小声で言った。
妙に緊張感のある言い方だった。ガビはエレナの目線を辿った。
まっすぐ続く道の先、ガビ達の暮らす家だ。
なんだろう、と目をこらすと、わずかに闇が揺らいだように見えた。
「なに、あれ」
「静かにして」
闇が揺らぎながら近づいてきている。
エレナはガビを後ろに下げて、守る体勢をとった。
ガビは背中から顔だけ覗かせて前を見た。
うごめく闇だと思ったのはローブだった。漆黒のローブが闇に紛れていたのだ。
揺らめく闇の正体は人だった。
フードを被って身を隠した誰かがそこにいる。ガビとエレナの目の前に。
「何者だ。姿を現せ」
エレナの声は聞いたことないほど低く、敵意に満ちていた。
「そんなに怖い顔をしないでくれよ」
ローブから吐き出されたのは男の声だった。
男はもったいつけるように、ゆっくりフードを脱いだ。
闇の中から現れたのは青い目をした銀髪の男だった。歳はエレナより少し上だろうか。気品と力強さを感じさせる精悍な顔つきをしている。
銀色の長い髪が夜風に揺られて、月明かりでキラキラと怪しく輝いた。
「会いたかったぞ。エレナ・シュタイン」
男は不敵な笑みを浮かべた。