5話
1
まだ外が薄暗いころ、ガビは驚いて目を覚ました。
エレナが鉄鍋におたまをガンガンとぶつけている。
ガビは布団をかぶったまま、もそもそと起き上がった。
「なぁにぃ。今日はゆっくり寝られる日なのに……」
「今日はポルユスに行くよ」
「ポルユス……なんで? 買い出しならこの前行ったじゃない」
ポルユスはここからしばらく歩いたところにある町で、月に一度、食料品やらなんやらを買いに行っている。そして、それ以外で出かけたことは今までなかった。
「用事があるの。付き合ってくれる?」
「うん、いいよ。準備するから待ってて」
「それじゃあ、朝ごはん用意するね」
エレナが部屋を出ていった。
ガビは大きなあくびをしてから、ベッドをおりた。
身支度を整えてキッチンにむかうと、エレナがハムと卵を焼いているところだった。ガビは、それを皿に乗せてテーブルに並べた。
久しぶりのあったかい朝食を食べながら、ガビは改めて聞いた。
「ポルユスに何しにいくの?」
「秘密」
エレナはそういって、はぐらかした。
こういう言い方をする時は、どれだけ聞いても教えてもらえないことをガビは知っている。だから、その話はそれっきりにした。
朝食を終えると、二人はさっそく家をでた。
空はすっかり明るくなっていた。夏らしく雲ひとつない。どこまでも鮮やかな青色が広がっていた。
「行こうか」
「うん」
山とは反対の林を抜けると平原が広がっている。地平の先まで伸びる街道をまっすぐ進めば、ポルユスだ。
ポルユスは、レンガを積み上げたオレンジ色の外壁に囲われている。壁はガビを縦に三人並べたよりもう少しだけ高い。
町へは三ヶ所ある門のうちのどれかを通らなければ入ることが出来ず、ガビとエレナが街道から続いている一番近い門から町へ入ると、交代したばかりなのか、眠そうな門兵が「いらっひゃい」とあくびをしながら歓迎してくれた。
町の大通りにはいろんな店がある。
食器店や洋服店、時計屋に鍛冶屋。今しがた、ガタイの良い男が出てきたのは武器と防具を売っている店だ。
ガビはキョロキョロしながらエレナの後に着いて歩く。何度も来ているが、月に一度しか来れないので、景色は見るたびに新鮮な気分になる。
ガビは、エレナがおやつに買ってくれた小さなリンゴをかじりながら尋ねた。
「ねえ、そろそろ何するのか教えてよ」
たが、エレナは着いたらわかるの一点張りで、ガビは聞こえるように大きくため息をついた。
ガビが種のまわりの実を前歯で必死に削り取っていると、エレナの背中にぶつかった。
リンゴに夢中になりすぎて立ち止まっていることに気づかなかった。「ごめん」と謝ると、指で頭を小突かれた。
「目的地はここよ。食いしん坊さん」
エレナは正面を示した。
見慣れた商店通りはいつの間にか通りすぎていたようで、ガビ達は公園のそばにある角張った小さな建物の前にいた。
近くには退屈そうな顔の若い兵士が立っていて、ぼんやりと遠くを見つめていた。
エレナが示しているのは、小さな建物や兵士ではなくてその横にある物だ。
地面に突き立てられた二本の丸太の間に木の薄板が固定され、そこに紙切れが何枚も釘で留められている。
「これ、なに?」
「掲示板よ。近づいて見てごらん」
ガビは真ん中にあった一枚を読んでみた。
『求む! 畑を荒らす小鬼退治。カボチャを盗みにきて困っています。殺してしまえとは言いませんから、二度とこないように脅してやってください。報酬サンズ金貨四枚。ウレッケの村です』
ガビは口を開けて目をぱちくりさせると、ゆっくり首を動かしてエレナの方を見た。
「これって、賞金稼ぎの仕事?」
エレナはにっこり頷いた。
「えっと、つまり、これから仕事に行くってこと? 着いて行ってもいいってこと?」
ガビは思わず喜びの声をあげて飛び跳ねそうになった。
「私とそこそこ打ち合えるようになったし、そろそろ頃合いかなと思ってね。今見てたこれなんかいいんじゃない?」
先ほどガビが見ていた紙をひょいとちぎり取ると、さらっと目を通してから、近くにいた兵士に声をかけた。
「これ受けたいんだけど、いいかしら」
兵士は眠そうなトロンとした目を向けた。
エレナを見て「はっ」と我に返ると、姿勢を正して紙を受け取った。
「いやはや失礼。なにぶんこの町は平和だから、ついうとうとしてしまう……」
耳まで真っ赤にした兵士は、恥ずかしそうに頭を掻いた。コホンと咳払いした兵士は、紙をまじまじと見た。
「アントンさんの依頼だね。報酬はとびきり安いが、かまわないか?」
「ええ。問題ないわ」
兵士はポケットから小さな、人差し指くらいの木の棒を取り出した。棒の先がぼんやりと白く光っている。
それを紙に押し付けると、光が棒から紙に移ったように見えた。兵士はその紙をエレナに渡した。
「仕事が終わったら、アントンさんにサインをもらって、そこへ持って行きな。換金してもらえる」
兵士は後ろの角張った小さな建物を指でさした。
さらに続けて「ウレッケの村へは北門から行くのが近いぞ」と教えてくれた。
「わかった。ありがとう」
エレナは紙をポケットにしまい込んだ。
「ねえ、今の光る棒はなに?」
戻ってきたエレナに尋ねた。
「そう言えば見たことなかったっけ。あれは印杖といって契約を交わすときに使われるのよ。判を押した人が手をかざすと強く発光する仕組みになってるの」
「エレナも持ってるの?」
「もちろん。ここよりもずっと小さな町だと兵士が顔覚えててくれたりするからあまり使わないけど。でもそのうちガビも作らないとダメよ。印杖がなきゃ、大きな仕事だとそもそも受けられない、なんて事にもなるから」
へぇと感心するガビをよそに、エレナはすたすたと歩き始めていた。
「さぁ、ウレッケに行くわよ」