4話
エレナの言葉通り、日々の修行は一段階どころか二段階はレベルがあがったように感じられた。中でも、戦闘訓練がとんでもなかった。
真剣同士での斬り合いは、どうしようもなく怖いものなのだとガビは知った。木剣と違い、当たれば打撲で済まないのだから。
この日、修行を終えていつもの木かげで休憩していたガビは、俯いて「うー」と唸っていた。
「痛い……」
ガビは悲しそうに、豆が潰れて血まみれになった手を眺めていた。こんなになったのは、木剣を振り始めたころ以来だった。
「ひどいわね。ちょっと待ってて。薬を塗ってあげる」
ガビの手を見たエレナは、家から緑色の液体が入った小瓶を持ってきた。
エレナお手製の軟膏だ。
少しの傷なら一晩で治ってしまう優れものだ。それをガビの両手にべったり塗りつけて、包帯をぐるぐるに巻いた。
「これでよし。念のために明日の修行は休みにしようね」
「大丈夫だよ。エレナの薬はよく効くし。明日にはすっかり治ってるよ」
「いいえ。休みなさい。怪我を甘く見る者はすぐに死んでしまうと教えたでしょう」
エレナに強く言われ、ガビはしぶしぶ頷いた。
「その代わり、明日は頭の修行をたっぷりしましょうね」
「うえー」
ガビは、げんなりした。
体を使った修行は好きだが、頭を使うのはどうにも苦手だった。
毒キノコの見分け方なんて種類が多すぎて、アリの行列を数える方がはるかにマシに思えたし、国の成り立ちや貴族達の話なんて、興味がなさすぎて右耳から左耳へ通り抜けてしまう。
かろうじて覚えているのは、このウェンデル王国にはすごい貴族が四人いるという事だけだった。
そんなガビの心中を見抜いたのか、エレナは鋭い目でガビを見た。
「私みたいな賞金稼ぎになりたいんでしょう。それなら勉強をおざなりにしちゃダメ。腕っぷしが強いだけでやっていけるほど、賞金稼ぎって仕事は甘くないのよ」
「わかってるよ。わかってるけど、苦手なんだよ」
「なら苦手が克服できるまで、とことんやりましょうか」
ガビはしまったという顔をして、うなだれた。
そんな様子を見たエレナは、楽しそうに笑っていた。
翌日、朝から晩までみっちり頭の修行という名のお勉強をさせられたガビは、爆発しそうな頭を抱えて、フラフラと布団に倒れ込んだ。
一日中、勉強をしたのは初めてだった。
すっかり治った手を見て、ガビはもう大きな怪我をしないと心に決めた。
しかし改めて見ると、それとは別にガビの手はあちこち傷跡だらけだ。消えなかった傷跡は、どれがいつの怪我なのか鮮明に思い出せる。
ガビは壁に立てかけている鉄の剣を見た。
ガビはとても強くたくましくなった。
だが、まだまだエレナという憧れには程遠い。
一生エレナに届かないんじゃないだろうか、ガビは時々そういう不安におそわれる。
もし自分に戦いの、賞金稼ぎとしてやっていく才能がなかったら……そんなことを考えてしまう。
ガビはぶるぶると頭を振った。
届くかどうかは届くまでやらないと分からないし、才能がなくったってたくさん努力をすればいいだけだ。
今できる事を精一杯やろう、ガビは改めて決意した。
でも勉強はほどほどにしよう、とも思った。
3
ぽかぽかした春が終わりを告げて、灼熱の夏がやってきた。まだ夏の始まりだというのに、照りつける太陽が憎いほど暑い。
日がサンサンと照りつける中、ガビとエレナはいつものように、裏庭で剣を交わしていた。
すっかり鉄の剣に慣れたガビは、軽々と剣を振り回している。激しい剣戟の末にエレナが振り下ろした剣をガビがいなして見せると、エレナはぴゅーと口笛を吹いた。
「今のすごくよかったよ。それに、真剣に対する恐怖もすっかり無くなったみたいね」
「あれだけ容赦なく攻撃され続けたら、誰だって嫌でも慣れるよ」
ガビは思い出したように苦い顔をした。
この数ヶ月、優しさのかけらもないエレナの猛攻で全身生傷が耐えなかった。
おかげでガビの決意むなしく、何度かお勉強の日ができてしまっていた。
「ついでに休憩にしましょう。暑くてたまらないわ」
エレナは小走りで庭木のもとへ行き、日陰にはいった。両手でパタパタと顔をあおいでいる。
「水とってくるね」
「気がきくね。ありがと」
ガビは家へ戻るとマグを二つ用意して、そこへ山からひいている冷たい水をなみなみ注いだ。
こぼさないように裏庭へ持っていき、エレナの横に腰を下ろした。マグを渡すと、エレナは礼を言って水を飲んだ。ガビも口をつけると、そのまま半分ほど飲んでしまった。
ガビは地面に寝転んで目を閉じた。
風が汗を乾かしてくれる。ほてった体が少しずつ落ち着いていく。この時間がとても好きだった。
雲の流れがいつもよりはやい。
明日は雨かもしれないな、とガビは思った。
休憩のあとは再び戦闘訓練をした。
結局エレナに勝てずじまいで、気がつけば日が落ちかけていた。山の向こうに消えていく太陽が世界を赤く照らしている。
エレナがあっと大声をあげて、驚いたガビは危うく剣を落っことしそうになった。
「夕食の用意なにもしてない」
「えぇー。すごくお腹空いてるのに」
「誰の修行に付き合ってたからでしょうね? はやく食べたかったら手伝ってちょうだい」
エレナは、「さあさあ早く」とすたすた早足で歩き始めた。ガビは「待ってよ」と慌てて後ろを着いていく。
その日は久しぶりに二人でごはんを作った。
ガビは料理の腕もずいぶん上達している。こちらはいずれ追いつけそうだ。
夕食のあとは、汗と土で汚れた体をお湯で洗い流した。今日は珍しく怪我をしなかったので、傷口がしみるのに耐えなくて済んだ。
ガビは部屋に戻ると入念にストレッチをした。
体を伸ばしてポカポカしたまま布団に入ると、足先だけ外に出した。こうすると、いい具合に熱が冷めて心地よいのだ。
ガビは、あくびをして目を閉じると、明日のことを考えた。
ガビは、六歳の頃から修行漬けの日々だが、年がら年中という訳ではない。十日に一度、朝から晩まで好きなことをしていい日がやってくる。
そして、明日がまさにその日だった。
いつもより遅く起きてゴロゴロして本を読んだり、近くを散策したりするのだ。
明日は何をしようかと考えながら、ガビはあっという間に眠り込んでしまった。