3話
家の裏手に大きな庭がある。
かつては畑として使われていたようだが、今では訓練場として活用されている。
ガビとエレナは、食後の休憩を取ったあと、この場所へやってきた。
「かるく遊んでやりますか」エレナが煽る。
「言ってなよ。後悔させてやるからね」ガビも負けじと言い返した。
二人はそれぞれ木剣を持ち、距離をとって向かい合った。
「勝利条件はいつも通り、私に一撃当てること。準備はいい?」
「いつでもいいよ」
「それじゃ……」
互いに戦闘体勢に入ると、先に動いたのはエレナだった。剣は脱力させたまま、正面から突っ込んでくる。
素直にカウンターを狙いたいところだが、そうはさせてくれないのがエレナだ。これまで全戦全敗のガビはよく知っている。剣と見せかけて拳や蹴り、飛び道具や暗器が襲ってくるのだ。
じきに間合いがぶつかるというのに、いまだ脱力させている剣が、ガビの思考を惑わせる。
迷いを見抜いたのか、エレナは小さく笑うと、剣を強く握りしめる。そして、そのまま下から斜めに斬り上げた。直後、木剣同士がぶつかり合った鈍い音が響く。
「くぅっ……」
何とか受けることが出来たものの、腕が大きく弾かれた。おまけに、衝撃で体がわずかに浮き上がり、つま先だけが地面に着いているという状態だ。
当然、エレナがその隙を見逃すはずはなかった。
すぐさま剣を引き戻し、流れるような動作で、ガビの胴目がけて真横に振り抜いた。
直撃したエレナの一撃は、ガビの体を吹き飛ばした。地面を跳ね、転がり、ようやく止まる。
「痛ったぁ……」
「ついこの間まで、泣きながらのたうち回ってたのに。ずいぶん強くなったもんだね」
脇腹を抑えながら立ち上がったガビをみて、エレナは感心した様子でいった。
「な、何年前の話だよ」ガビは顔が熱くなるのを感じた。
「つい最近の話よ。よしよしして慰めてあげてたのに忘れちゃったの?」
「うるさい」
「じゃあ、黙らせてごらん」にやにやと挑発するエレナ。
「もう怒ったから」
ガビは剣をかまえて走りだした。剣先で地面を削りながらエレナに詰め寄っていく。
間合いに入る手前で、剣で土くれを巻きあげた。目くらましだ。
わずかに目を細めたエレナが、数歩下がる。
ここだ、とガビが身をかがめて踏み込む。エレナのみぞおち目掛けて渾身の突きを繰り出した。
完璧なタイミングで放たれた一撃は、勝負を決するに十分な威力だった。しかし。
エレナは身を傾けて、ガビの攻撃をかわしていた。
とどめのつもりで突き出した右腕は、限界まで伸びきり、まだ戻らない。その一瞬が致命的な隙となった。
「おかえし」
ゆるりとガビの懐に入り込んだエレナは、木剣の柄で、ガビのみぞおちを突いた。
衝撃で呼吸が止まり、ガビはたまらず膝を折った。
息が吸えない。視界がチカチカと点滅して、胸の奥がズーンと響くように痛む。
「まだ……」
「いいえ。ここまでよ」
体を丸めて苦痛に耐えるガビの首筋に、エレナの木剣が当てられた。
戦闘訓練はいつものように、ガビの敗北で終わった。
「まだまだ修行がたりないねぇ」
庭木の下でぐったり寝そべっているガビに、エレナが家から持ってきた水を渡す。ガビは礼を言うと、それを一気に飲み干した。
「ぜんっぜん、エレナに届く気がしない」
口をとがらせて拗ねた声を出すガビ。エレナは慰めるように、ぽんぽんと頭をなでる。
「そんな事ないよ。私がものすごく高みにいるだけなの」
「自慢かよ」
エレナがくすくす笑った。
「でも、実際ガビは強くなったよ。だから、そろそろ次の段階に進もうと思うんだけど。どうかしら」
「ほんと?」
ガビは跳ねるように飛び起きた。
目を輝かせて、懇願するようにエレナを見る。
「剣! 本物の剣を振りたい!」
「そのつもりよ。でも修行はその分、厳しくなるわ。耐えられる?」
「うん!」
ガビは、ブンブンと風切り音が聞こえる勢いで首を縦にふった。
「ならいいわ」エレナは苦笑いした。
「さっそく明日から始めようと思うけど、心の準備は?」
「いつでも出来てるよ。早く強くなって、エレナみたいな賞金稼ぎになるんだから」
ガビは力強く言った。
その日の夜、夕食を終えたガビが部屋で休んでいると、扉がノックされた。
ガビが返事をすると、エレナがにこにこしながら部屋へ入ってきた。両手を後ろにして何かを隠しているようだった。
「どうしたの?」
ガビが聞くと、エレナは「じゃーん」と、隠していた物をこれみよがしに見せつけた。
ガビは押しつけるように渡されたそれを、まじまじと見た。古びた布が巻かれていて、細長くてずっしりとしている。
エレナの方をチラリと見ると、にこにこしたまま「開けてみて」と言った。
言われるまま布を取り去ると、ガビは目を丸くした。
「うわぁ……!」
鉄の剣だった。
刃は薄く、しなやかで、そして木剣より倍は重い。
持ち手には黒くて硬い皮が巻かれていて少々不格好だが、握ると不思議と手に馴染んだ。
長さは、今のガビに合わせて作られた木剣より少し長い。これをどうしたのかと聞くと、エレナのお古だといった。
「思い出の物でしょ。いいの?」
ガビは、ワクワクした気持ちを隠しきれず、口元を綻ばせながら聞いた。
「ええ、私の大切な剣よ。それをあなたに託すの。大事にしてちょうだいね」
「もちろんだよ」
ガビは大きく頷いた。
自然と剣を握る手に力がはいった。
エレナはにっこりしてガビの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。それから、浮かれるガビに釘を刺した。
「さっきも言ったけど、これからの修行はもっと厳しくいくから覚悟しなさい」
「う、うん」
ガビは、喉をごくっと鳴らした。
エレナはくすりと笑って、「おやすみ」と部屋をあとにした。