26話
宿での食事を終え、体を整えたガビは、再び賞金稼ぎ組合へやって来た。
時計の針は十三時の少し前を指している。
朝とは別の道を通って来たせいで、時間ギリギリになってしまった。
ガビは、受付の女に言われた通り、右手の通路へ向かう。広間より一段暗い通路を進むにつれ、広間の喧騒が遠ざっていく。
狭い通路にガビの足音だけが響いている。
一歩前へ出るたびに、緊張で体がこわばっていく。
しばらく歩くと、左手に開け放たれた扉があった。
「おや。子どもの受験者とは珍しい」
しゃがれた声の老人に声をかけられた。
足の低い木製の椅子に腰をかけ、腿の上に羊皮紙の束を置いている。
「名前を教えてもらえるかな」
「ガビです」
名前を伝えると、老人は指先を舐めて、紙を数枚めくった。
「あった、あった。苗字はない、ただのガビだね。それじゃあ、そこの扉の先へ進んで。待っていれば指示があるからね」
シワシワの顔を笑顔でクシャッとさせて、老人は部屋の奥の扉を示した。
「がんばってね」
老人の言葉に、ガビは微笑みを返した。
小さく息を吸い込み、扉を開く。
キィ……と音が鳴って、中にいた人達の視線がいっせいに注がれる。ガビは思わず足を止めそうになった。
広間と比べてだいぶ狭い部屋の中に、二十人ほどの人がいた。
背中に短槍をひっさげた女や、大剣を担いだ大男、本当に戦えるのか疑わしい老人や、ガビと年齢が変わらないような子どもまでいる。
ひとまず、ガビは視線から逃げるように、そばにあった柱の影に身を隠した。
一息ついて気分を落ち着かせると、周囲を観察する余裕が出てきた。室内には、テーブルと椅子、ソファまで用意されている。
だが、それらを使っているのは数人で、ほとんどの人が落ち着かない様子で体を動かしたり、無駄にうろついている。
ガビも後者と同じ気持ちだった。
じっとしているよりは、軽く柔軟でもしていた方が気が紛れていい。
しばらくして、ベルの音が部屋に響いた。
ガビが入ってきた扉の、ちょうど反対側にある扉が開き、そこに眼鏡をかけた背の低い男が片手にベルを持って立っている。
誰かが息を呑む音が聞こえた。
受験者全員の視線が自身に注がれて、男は満足そうに頷いた。わざとらしい咳払いをすると、子どものように甲高い声で話し始めた。
「ようこそおいでくださいました。賞金稼ぎを志す皆様。私は、アブと申します。本日の試験官を担当いたしますので、以後、お見知りおきを」
そう言うと、わざわざ受験者たちの間を縫うようにして、今度は、部屋の奥の階段の前に立った。
「さっそく一つ目の試験を執り行います。名前を呼ばれた方は階段をのぼって二階へ。木札のかかった部屋があるので、ノックしてから入ってください。それではまず——ダラスさん」
ガビは、一人目が自分じゃなかった事に心底ホッとした。
癖のある髪型をした中肉中背の男が緊張した面持ちで前へでて、試験官のアブに従って階段を登っていった。
体感で五分ほど経った頃、ようやくダラスが降りてきた。表情から試験の結果がどうだったのかは、読み取ることは出来なかった。
その後も、次々に名前が呼ばれて、階段をのぼり、五分ほどで降りてくる。表情は様々だった。青ざめた者や、笑みを隠せていない者……どんな試験が行われているのか、まるで想像がつかない。
「次、ガビさん」
ハッと息が止まる。
ついに来た。渇いた喉を潤すように唾を飲み込んでから、ガビは階段を登り始めた。
二階は、シン……と静まり返っていた。
天井から吊るされた小さな照明器具が、短い廊下を薄く照らしている。
足を下ろすと、廊下は微かに沈んで、軋む音を立てた。ゆっくりと進み、廊下の突き当たりまで行くと、木札のかかった扉があった。
ここだ。
ガビは、一呼吸置いてから、扉を二度叩いた。
「どうぞお入りください」
落ちついた女の声に誘われ扉を開けると、変わった部屋が広がっていた。ガビは眉をひそめて室内を見回した。
窓は無く、部屋の壁を塞ぐようにぐるりと置かれた本棚には、隙間なく本が並べられている。
ガビは、部屋の中央に佇む女に視線を移した。
「一つ目の試験では、適性を見させていただきます」
「……適性?」
ガビは困惑して聞き返した。
女は一枚の小さな紙を広げた。
真ん中に組合の紋章が描かれている。
「この紙が一枚、この部屋にあります。それを手にする事が出来れば合格となります。制限時間は五分、よろしいですか?」
女は懐中時計を取り出した。
蓋が開いて、秒針が時を刻む音が静かに響く。
「ま、待ってください。本だらけのこの部屋で、そんな小さな紙切れを、たった五分で探せだって?」
本棚が八つ、隙間なく詰められた本は、ざっと数百冊はありそうだった。この中から、小さな紙切れ一枚探すなんて無茶じゃないのか。
ガビが言うと、女は懐中時計から視線をあげてガビを見た。
「受験は任意ですから。辞退するのであれば、どうぞ扉から外へ出てください」
淡々としたその言い方が、ガビの心に火をつけた。
試験である以上、絶対に見つからないなんて事はないはずだ。何か特別な探し方があるのかもしれない……
「辞めない。いいよ、絶対見つけてやる」
女は再び懐中時計に視線を落とす。
「……それでは、始め」




