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賞金稼ぎと怪物の仮面  作者: 秋山春
第六章 賞金稼ぎ認定試験
26/26

24話



1


 

 足を踏み入れた途端、ガビは圧倒され息を呑んだ。

 道幅は馬車が四台並んで走れるほど広く、両脇に立ち並ぶ建物も一軒が縦にも横にも大きい。


 そしてなにより、人の数が桁違いだった。

 人馬の熱気で、門の外と内で気温がいくらか違うよう感じる。


「離れるなよ、ガビ。迷子になっても探してやらんぞ」

 

 アントンがくつくつと笑い、ガビは慌てて後を追う。


 ずらりと並ぶ屋台に目を向けると、見たことない食べ物や食材、アクセサリーなどが見えた。旅をして来たのだという実感が湧き、体が興奮で熱を帯びていく。


 子ども連れが珍しいのか、好奇の視線を向けてくる人々の群れを抜けて、ガビ達は、角を幾つか曲がった。


 耳に残るほどうるさかった喧騒が、今は遠くでかすかに聞こえている。荷馬車は、人通りの少ない通りの、少々古ぼけた宿の前に止まった。


「ついたぞ。ここが今夜の宿だ」


 アントンが御者台から降りると、宿の横の厩舎から腰の曲がった白髪混じりの老人がやって来た。


「今年も生きて会えたな、アントン」


「ああ。スタンも元気そうで何よりだ」


「部屋は空いてるか?」


「埋まってると思うのか?」


 二人は旧知の仲らしく、軽口を言いながら部屋を確保すると、銀貨を数枚払った。アントンの計らいで、今夜の宿代は彼がもってくれる事になっている。


 と、アントンは彼の上着のポケットに銅貨を数枚忍ばせた。


 それに気付いたスタンは微笑みを浮かべると、御者台に乗り込み、厩舎へ向かった。ガビは、今の金は何かとロタルに尋ねた。


「鍵代さ。あれを払わないと厩舎の扉は閉まらない」


 ガビは眉をひそめる。


「そんなの変じゃない? 馬と荷馬車の分は宿のお金と一緒に払ったんでしょ?」


「この宿のルールを決めるのは、主人のスタンだ。それに従うも従わないも客の自由。アントンさんは夜の間の安全を確保した、それだけだ」


「……ふーん。だから客が少ないんじゃないの?」


 ガビは、蔦がのび、苔むした外壁を見る。

 ロタルは、ふっと鼻で笑い、「かもな」といった。



 宿の中は思っていたより綺麗だった。

 汚らしい外観とは違い、隅々まで掃除されている。


 夕食は、スレイニオ名物の羊肉だった。

 

 生の肉が山盛り乗った皿が置かれ、ガビは反射的に昨夜の事を思い出した。胃がぎゅっと締め付けられるような感覚がする。


 アントンが気遣って別のものを用意してもらおうとしてくれたが、ガビはそれを断った。


「でもよ……」


 言いかけたアントンを、ロタルが手で制した。


「あの程度の事で、何食も飯を食えなくなるほど弱るなら、この仕事には向いていない。そうだろう?」


 ガビは頷いた。


「気を使わせてごめんなさい。大丈夫だから気にしないで。ほら見て、美味しそうだよ」


「……そうかい。そんじゃ、旅の一区切りってことで、パーっとやろうや!」


 甘じょっぱいタレに漬け込んだ肉を、網に乗せて炭火で焼いていく。炭に落ちたタレがジュッと音を立て、煙とともに香ばしい匂いが部屋に充満する。


 表面が少し焦げるくらいまで焼いた羊肉を、ふっくら炊いた米と一緒に食べると絶品だった。


 腹が膨れるまで食べた後は、風呂で体をさっぱりさせ、ベッドに寝転んだ。


 ランタンの火は消したのに、窓から差し込む月あかりのせいで、天井のシミが見える程度には明るかった。


 どこか遠くで、人の笑い声が聞こえる。

 この大きな町は、夜になっても眠らない人がたくさんいるらしい。


 ガビは、頭まで布団を被り、寝返りをうった。

 寝られない。高揚感とは別に、胸の奥に不安と恐怖が渦巻いている。


 眠るのが怖かった。

 朝になれば、アントンとロタルは次の町へ向けて旅立ってしまう。ガビは一人になってしまう。知らない町で、たった一人に。


 それでも、体は正直だった。

 長旅で疲れ切っていたせいか、いつの間にか眠り込んでいて、気付けば窓から薄く柔らかな光が差し込んでいた。


 ぼんやりしながら体を起こし、周囲を見る。

 三つあったベッドのうち、二つはすでに空だった。


 ガビは、慌てて飛び起きた。

 急いで身支度を整え、転がるように階段をおりると、パンの焼ける香ばしい香りが漂ってくる。


「やっと起きたか」


 開け放たれた玄関扉の向こうで、アントンがタバコを吸いながら手をあげた。その横でロタルが腕を組んで立っている。


 ガビは二人に駆け寄って、起こしてくれなかった事を抗議した。


「どうして起こしてくれなかったのさ」


 二人は顔を見合わせて、アントンが困ったように笑った。


「おまえさんとはスレイニオまでの約束だ。これ以上、手伝わせる訳にはいかんだろ」

 

 胸の奥がズキっと痛んだ。

 ガビは何かを言おうとして、言葉が出なかった。


「……もう用意は出来てるみたいだけど」


 言葉を探してそう言うと、アントンがニヤリと笑って、荷馬車から小さな袋を取り出した。

 

 こちらに向かって放り投げられたそれを、ガビは胸の前で捕まえた。ジャラッと音がして、ずっしり重い。中を見ると、銀貨がいくらか入っていた。


「しばらくの飯代にはなるだろ。少ねぇが、それで我慢してくれや」


「そんな、貰えないよ」


 ガビが返そうとすると、アントンが笑いながら首を振る。


「約束通り、着いて来ただけなら、ここまでしてやる義理はねぇが……おまえさんは、そいつで俺を助けてくれたろう」


 アントンは、ガビの背中の剣を指した。

 

「護衛の仕事を果たしたんだから、報酬を貰う権利がある。そうだろう、小さな賞金稼ぎさんよ」


 困ってロタルを見ると、「貰っておけ」といった。


 それ以上何も言えなかった。

 ガビは袋を胸に抱いて、小さく頭を下げる。


「……ありがとう」


「いいってことよ」


 ガビの肩を叩くと、アントンは御者台に飛び乗り、ロタルは荷馬車の横についた。


 ふと、ロタルが振り返った。


「賞金稼ぎ組合は、東の通りにある。一際デカいから見れば分かるはずだ」


「ありがとう、ロタルさん——色々と」


 ロタルは小さく微笑むと、背を向けた。


「健闘を祈る」


 馬がいなないて、地面をかいた。

 荷馬車が軋んで、ゆっくりと車輪が動き始める。荷馬車は、あっという間に遠ざかり、ガビは、その姿が見えなくなるまで見送った。


 冷たい朝の風が、うなじを撫でた。

 体の芯まで寒気が響く。これでまた、ガビは一人になった。


 不安に押し潰されそうな気持ちを、頬を叩いて奮い立たせる。ここからが本番なのだ。


 と、香ばしい香りが鼻をくすぐる。

 お腹がぐぅと鳴って、ガビは思わず口元を綻ばせた。


 お腹が空いていては何も始まらない。

 ガビは、少し軽くなった足取りで宿へと戻っていった。

 

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