23話
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邪霊憑きの死体は、火葬して、バラバラに砕いた遺骨を獣に掘り返されない深さに埋めた。
ロタルに、しっかり寝ておくように言われたが、結局ガビは一睡も出来なかった。
アントンが気を利かせて、朝食に干し肉を使わず、売り物の野菜を使ったスープを作ってくれたが、ひとくち飲んだだけで、あとは残してしまった。
そんなガビを見かねたのか、気が向いた時にかじっておけと、ロタルに硬い携帯食糧を渡された。
ぬかるんだ森林道を抜けたのは昼を少し過ぎた頃で、ロタルとアントンは足を止めないまま、軽食を口にしている。
二人を見ていると、食欲はないのに、空っぽの胃がキューっと鳴いた。胃の底に感じる薄い吐き気を堪えながら、ガビは携帯食糧をかじった。
ひとくち食べると、思い出したように腹が空いてくる。夢中で携帯食糧をかじっていると、笑い声が聞こえた。
アントンが、にっこり笑ってガビを見ていた。
ロタルも呆れたような顔をしているが、どこかホッとした様子でこちらを見ている。
ガビは、何だか恥ずかしくなって、食べかけの携帯食糧をゆっくりと背中に隠した。
「腹が減るって事は元気になってきたって証拠だ。ちゃんとした昼メシを用意しねぇとな」
アントンが言うと、ロタルが小さく微笑み、頷いた。
少し進んだ先にある木陰で、ガビ達は、パンと残っていた野菜のスープを温めなおして飲んだ。野菜の甘みが染み出て、とても優しい味だった。
お腹いっぱいになると、落ち込んでいた気持ちも、いくらかマシになったように思える。
車輪に背を預けて休んでいると、ロタルがやって来て隣に腰を下ろした。
「気分はどうだ」
ずっと向こうの景色を見ながら、ロタルが言った。
「最悪だね」
「だろうな。俺も最初はそうだった」
ガビは、続きを期待してロタルを見たが、ロタルは困ったように「語る気はない」といった。
「昨夜も言ったが、この仕事をしていれば命を奪う機会は必ず訪れる。その時は容赦するな」
ガビが何も言えないでいると、ロタルが言葉を続けた。
「守るべきは、力無き善だ。そのために賞金稼ぎという仕事がある」
ロタルの言葉は、きっと正しい。
頭では分かる。だけど、どうしても命を奪うことに対しての抵抗感が拭えない。
「ロタルさんは、どうやって殺すことに慣れたの」
ロタルは、微かに目を細める。
「慣れてなどいない。ただ……自分可愛さで敵に情けをかけて、守るべき対象をむざむざ死なせてしまった……あの絶望をまた味わうくらいなら、私はこの身が血に染まるのを厭わない」
そこで言葉を一度切った。
「私は、君に同じ思いをして欲しくない。だから、私の言葉を心のすみにでも置いておいてくれ。きっと、いざという時、君の判断の手助けになるはずだ」
そう言うと、ロタルはアントンの元へ行ってしまった。
「容赦なく殺せ……か」
ガビはポツリと呟いた。
邪霊憑きとはいえ、人の首を刎ねたあの感覚は忘れようがない。もし襲ってきたのがただの盗賊だったら、ガビは相手を殺せただろうか。
アントンを守るために、この手で人を殺せたのだろうか。いくら考えても、答えは出なかった。
昼食と休憩を終えて、荷馬車は再び進み出した。
空は、雨雲が風で流れて、今は雲ひとつない。眩しいほどの青空がひろがっている。
ぬかるんでいた地面もほとんど乾いて、時折り見つかる水たまりだけが昨夜の大雨の痕跡としてのこっていた。
何度か深い水たまりに車輪を取られながらも街道を進む。緩やかな登り坂で、ロタルと二人で荷馬車を後ろから押し上げていた時、御者台のアントンが歓声をあげた。
ガビは、ロタルと顔を見合わせた。
より力を込めて馬車を押し上げ、丘の上へ辿り着いたガビの目に、待ちに待った景色が飛び込んだ。
灰色の壁に囲われた大きな町。
ぱっと見でも、ポルユスより数倍は大きいのが分かった。
山の麓のくぼみに作られた町らしく、今登ってきた丘よりはるか下に門がある。ここから続く街道は、町の中央で十字を切るように四本に分かれて、それぞれが別の門に繋がるようだ。
「今年も何とか無事に来られたな」
アントンが嬉しそうに言った。
「町に入るまでが旅です。ガビ、気分が上がるのは分かるが、最後まで油断するなよ」
「わかってます」
ガビは、バツが悪そうに頭をかいた。
山の向こうで赤々と輝く夕陽に照らされながら、坂道をゆっくり下っていくにつれて、町の輪郭がはっきりしていく。
灰色の石積みの壁は想像以上に高く、頑丈に造られているのが分かった。門の前には町へやって来た人々の列が出来ており、商人や旅人、傭兵や賞金稼ぎらしき人もいる。
「大きい……」
思わず漏れたガビの呟きに、アントンが得意げに笑った。
「だろ? 俺も初めて来た時は驚いたさ。それに遊び場もたくさんあってよ、あの小せぇ村に帰るのが嫌で嫌で……」
荷馬車の速度を落とし、列の最後尾につく。
アントンは顔馴染みを見つけたようで、ガビとロタルに荷馬車を任せて、どこかへ消えてしまった。
馬を扱えるロタルが御者台にあがり、ガビは一人で荷馬車の見張りについた。
しばらくして、戻って来たアントンと交代したロタルが、ガビの元へやって来た。
「町へついたら、賞金稼ぎの試験を受けると言っていたな」
「うん。その為に来たからね」
「ひとつ、アドバイスだ。賞金稼ぎという仕事が何のためにあるのか、それを決して忘れるな」
ガビは首をかしげた。
ロタルが何をいいたいのか、よく分からない。
「どういう事?」
尋ねると、ロタルは意地悪そうに口角を微かにあげた。
「さぁな。役に立つかどうか分からんが、覚えておいて損はないだろう。さて、我々の順番が来たようだ」
いつの間にか列の最前にいたガビ達の前に、強面の門兵が二人立ち塞がった。積荷とガビ達三人の人相と名前を控えている。
無愛想な門兵から事務的に告げられた通行税をアントンが支払うと、大きな門が重い音を立てて開いた。
「さぁ行くぞ」
荷馬車がゆっくり進み出し、ガビはいよいよ初めての町に足を踏み入れた。




