表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賞金稼ぎガビの冒険  作者: 秋山春
第一章 ガビという少年
2/3

2話



2



 季節は春。


 まだ肌寒い夜明け前、空がうっすら白くなり始めたころ、乾いた音が空に響いた。


 音の出どころは、山の中に作られた訓練場だ。


 無数の丸太が地面に突き立てられており、全てに(わら)が巻かれている。そして、それに向かって少年が木剣を振るっていた。


 名前はガビ。髪は黒く蛇のようにうねり、切れ長の目はするどく可愛げがない。


 十一歳という年齢の割には筋肉の引き締まった体格で、その体から繰り出される一撃はなかなかのものだ。同年代に並ぶものはそうそういないだろう。


 ガビは小気味良いを音をさせながら、丸太を上から下から、時に回転や跳躍(ちょうやく)を交えながら打っていく。


 滝のような汗を流し、疲労に顔を歪ませながら、それでも動きを止めることなく木剣を振るい続けている。


 ガビが全ての丸太を打ち終えたのは、白んでいた空が青く染まり、太陽が空たかく昇った頃だった。


 ガビは丸太に引っかけていた手ぬぐいで汗をぬぐうと、休憩もそこそこに駆け出した。


 ゆるやかな獣道を下っていく。

 浅く幅の広い川を越えて、小さな林を抜けると、その先に廃村がある。ガビの暮らす名もなき村だ。


 この村の住人が健在だった頃には、長が住んでいたであろう、立派な家屋を寝ぐらにしている。

 

 しかし、立派とはいえ状態はすこぶる悪い。強風がふけば屋根は飛びそうになるし、大雨の日には雨漏りがひどかった。


 家屋のあちこちに見られる破壊痕(はかいこん)や焦げ跡が、過去の悲しい出来事を思い起こさせるところも難点のひとつだ。


 だが、それでも住めば都。ガビにとっては生まれ育った愛すべき我が家である。


「ただいまー」

 

 建て付けの悪い玄関の引き戸に手をかけた。その時だった。ガビは背後に刺すような殺気を感じ取った。


 ガビは即座に横へ飛んだ。そこへ間髪入れずに矢が飛んできて、玄関戸に突き刺さる。


「危な——うわっとと!」


 さらに二の矢、三の矢に襲われ、それらを紙一重でかわす。恐ろしい事に全ての矢が正確に頭部に狙いを定めていた。少しでも判断が遅れていれば大惨事だった。


 近くの廃屋の中へ逃れたガビは、ほっと胸をなでおろした。ガビの師匠は修行の一環で、時々こうして不意に攻撃をしかけてくる。


 昔はよく痛い目にあっていたガビだったが、今ではご覧のとおりだ。


 しばらく身をひそめて、追撃がないことを確認すると、そーっと様子を伺う。


 念のため「エレナ、もう終わり?」と声をかけた。


 すると、大きな木のかげから弓を(たずさ)えたエレナが姿を現した。


 エレナは、伸ばした薄茶の髪を後ろでひとつに結び、怪物の皮でこしらえた軽装の鎧をまとっていた。


 背が高く、手足は細く長い。一見か弱く頼りないように見えるが、武術を修めた者であれば彼女の(たたず)まいには隙がなく、かなりの使い手である事が分かるはずだ。


「やあやあ、お見事。仕留めるつもりで射ったんだけど、よく避けたね」


 エレナは手を叩きながら、ガビのもとへやってきた。


「冗談だよね?」


「いいえ。だって私の愛弟子があのくらい避けられない訳ないもの」


 笑顔でそう言い放ったエレナ。

 ガビは顔をひきつらせた。それから、矢が刺さっているところを指差した。矢尻のまわりの板が黒ずんでいる。毒によるものだ。


「毒まで塗るのは、やりすぎじゃない?」

 

「大丈夫。死ぬような毒じゃないわ。死にそうになるだけの毒よ」


「悪魔だ」


「愛ゆえよ。愛は時に人を悪魔にするの」


「そう……」

 

 ウインクをするエレナを無視して、ガビは扉に刺さった矢を抜いて集めた。エレナはそれを受け取ると、背中の矢筒(やづつ)に放り込んだ。


「それじゃ、朝ごはんにしましょうか」


 ガビは頷いて、エレナに続いて家に入った。

 長い廊下の突き当たりを左に曲がった先がキッチンだ。


 テーブルにはいつも通りの質素な料理が並べられていた。二人は向かい合うように置かれた椅子に腰をおろした。


 ガビは「いただきます」と言い終わるなり、焼いたキノコを口に放り込んだ。蒸した鶏肉や、根菜を柔らかく煮込んだスープやらを次々に平らげていく。


 すっかり冷めてしまっているが、それでも美味しく食べられるのは、エレナの料理技術が抜群に良いからだ。


 いつだったか、旅で大事なのは食事なのだと熱く語っていた。味気ない携帯食料だけだと気が滅入って仕方ないらしい。


 ガビは、最後に水を飲み干して、朝食を全て食べ終えた。


「ごちそうさまでした」


 そう言うと、エレナは満足そうにうなずいた。


 皿洗いはガビの仕事だ。

 二人分の食器を重ねて流し台まで持っていくと、手ばやく汚れを落として、広げて乾かす。数分で終わる簡単作業である。


 皿洗いを終えて再び椅子に座ると、コーヒーの入ったマグが差し出された。ガビはお礼をいって、コーヒーをちびっと飲んだ。


「お昼からの修行は何するの?」


「そうねぇ。今日は戦闘訓練にしよっか」


「やった!」


 修行内容は多岐にわたるが、中でもガビは戦闘訓練が好きだった。実戦がやはり、一番成長を感じられるからだ。


「いい加減、怪我のひとつでも出来るかしら」


「今日こそ、参ったって言わせてやる」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ