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賞金稼ぎと怪物の仮面  作者: 秋山春
第四章 ひとりぼっち
18/25

16話



 夏が終わり、秋がやってきた。

 エレナが旅立ってから三ヶ月が経ち、すでに約束の日はとうに過ぎている。


 数日の遅れならまだしも、ここまで遅れるとなればガビの心中は穏やかではない。考えが悪い方へどんどん勝手に進んでいってしまう。


 何かあったのだろうか……怪我をしたのかも……もしかして、もっと大変な目にあったんじゃ……でもエレナに限ってまさか……


 そんな事が頭の中でずっとぐるぐるしているので、修行に身が入らず……今日、ガビは人生ではじめて修行をサボってしまった。


 罪悪感に苛まれながら布団で無駄な時間を過ごして、ようやく起き上がった時にはお昼を過ぎていた。


 簡単に昼食をとり、ガビは裏の訓練場へ向かった。何かをしようという訳ではなく、ただ何となく足がそちらへ向かったのだ。


 訓練場の端に一本だけそびえ立つ、イチョウの木の葉がすっかり色変わりして、根本には落ちた黄色い葉っぱが、これでもかと敷き詰められていた。


 秋になると、日々の修行にひとつ条件が足される。


 そして、それをこなせなければ枯葉を集めるという決まりになっており、エレナは自分が掃除したくないからと無理難題をふっかけてくるのだ。


 腹に据えかねたガビは、一度、あくびをしたエレナに、ちりとりいっぱいの枯葉を浴びせた事があった。色とりどりの枯葉を口に咥えて目を丸くしたエレナの顔を思い出して、ガビはくすっと笑った。


 と、同時に心の奥底にモヤモヤが現れた。

 お腹の奥が締め付けられるような感覚は、エレナの事を考えるたびに襲ってきた。


 そして、さらに数日が経った頃から、ガビの体に異変が起き始めた。


 いつもは日が昇る前に自然と目覚めるのに、この日は昼前までぐっすり眠ってしまったのだ。それに、体がひどく重く感じられて布団から出ることすら面倒に感じた。


 寒気や熱といった体の不調ではない。

 やけにぼーっとする頭をもたげて、ガビはエレナの言葉を思い出していた。


「人は、頭と体と心、そのすべてが一本につながっていなければいけない。どこかに不調が現れると、半分の力もだせなくなってしまう。だから、体を鍛え、知識を蓄え、心を育てるの。忘れないで、これはとても大切なことよ」

  

 エレナはことあるごとに、耳にたこが出来るんじゃないかというほど、この話をガビに聞かせた。ガビは、怪我をすれば動けなくなるのは当然だろう、と適当に流していた。


 どうせ、勉強を嫌がるガビを諭すための言葉なのだろうと……だけど、そうじゃなかった。きっとガビは今、それらがバラバラになってしまっているのだ。


 と、ガビの頬をひと粒の涙が伝った。

 ガビの気付かないうちに流れ出た涙が、ぽつぽつと布団を濡らした。


 ガビは驚いて袖口で涙をぬぐったが、不思議なことに、こらえようとすればするほど、次から次へと溢れでて止められなくなってしまった。震える唇の隙間から、ぐぅっと嗚咽がもれ、ガビは布団を抱いて顔をぎゅっと押し付けた。


 色んな気持ちがみるみる内に膨らんで、抑えられなくなった。ガビは、感情にまかせて床を拳で殴った。部屋中がビリビリと震えて、壁に立てかけていた剣が、音を立てて倒れた。


 布団の隙間から倒れた剣を見た。エレナがくれた剣……ガビを認めて託してくれた物だ。


 ガビは剣を引き寄せ、柄を握りしめた。そうすると、不思議と心が安らいだ。涙も止まり、服の裾で顔をぬぐった。


 泣いて感情を力任せに吐き出したおかげか、気持ちがスッキリした。ここ最近、頭の中にかかっていたもやも消えてくれたようだ。


「エレナ……」ガビは、掠れた声でつぶやいた。


 いったい、いつまで一人で剣を振り続ければいいのだろうか。刃がぶつかり合った時の手のしびれも、剣先が肌をかすめた時の鋭い痛みさえ、今は恋しい。


 ガビは布団から抜け出ると、剣を抱いて壁にもたれかかり、天井を仰いだ。廊下側の角に、いつの間にか大きな蜘蛛の巣ができていた。


 そういえば、もうずいぶん長い間、家の掃除をしていない。留守を任されたというのに、このままではエレナが帰って来たら怒られてしまう。


 ガビは、ふーっと大きく息を吐いて、両手で顔をパチン、パチンと叩いた。


 駆けるように納屋へ行き、掃除道具を取ってくると、家中の掃除を始めた。もう二ヶ月以上掃除をしていないので、あちこちほこりと蜘蛛の巣まみれだった。


 昼食も食べずに家中の掃除を続け、気づけば空が朝焼けで真っ赤に染まっている。ガビは、額に汗を浮かべて、満足そうな顔で廊下にへたり込んでいた。


 掃除をしながら、ガビは色んな事を考えた。

 心のモヤモヤを全て吐き出したことで、頭がスッキリしている。


 勝手に悪いほうへと考えて、落ち込んで部屋に閉じこもるなんて、どうかしていた。ただエレナを信じていればよかったのだ。


 修行をこなし、家を保ち、日々生きていく。

 エレナが帰ってくるまでそうして待ち続ければいいだけだ。なんて簡単なことか。


 エレナは言わなかったが、おそらく危険な仕事なのだろう。それこそ命に関わるほどに……だが、ガビはエレナの強さも賢さも知っている。幼い頃に聞かせてくれた昔話で、何度も危険をくぐり抜けて来た事も知っているのだ。


 それに、ランバートもついている。

 たった一度、手合わせしただけだが、それでも彼の底知れない強さの一端を知れた。


 そんな二人が共にいて、倒せない敵などいるはずない。越えられない壁なんてあるはずがない。


 だから、もう少しだけ信じて待ってみよう。

 もし、万が一、待てどもエレナが帰ってこないのなら、その時は迎えに行けばいいのだ。

 

 体のだるさも、心を蝕む暗い考えも、今はもう無い。


 サボった分、明日の修行は倍にしよう。

 そう決めて、ガビは立ち上がった。窓の外に、沈んでいく真っ赤な太陽が見えた。


 いつもと変わらないはずなのに、今日はいつもより明るく鮮明に感じられた。

 

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