14話
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翌朝、ガビが日課の丸太打ちを終えて家に戻ると、玄関の前に大きな荷物を背負ったエレナとランバートが待っていた。
「もう行くの?」
「せめて朝ごはんは一緒に食べたかったんだけど、ランバートが急かすのよ」エレナは隣のランバートを睨みつけた。
「仕方ないだろう。本当なら一泊してすぐに出る予定だったんだ。二泊した分、少しでも早く出なければ」
ランバートはガビを見て申し訳なさそうに微笑むと、さらに続ける。
「すまないな、ガビ。慌ただしい別れになってしまって……」
「気にしないで、仕事なんだし。二人が無事に戻ってくれたらそれでいいからさ」
ガビが言い終わるなり、エレナが覆いかぶさるように抱きついてきた。
「すぐに戻ってくるから。ちゃんと待ってるのよ」
「約束だからね」
ガビもエレナを強く抱きしめ返した。
「さて、別れは済んだな」
ひっきりなしに懐中時計を覗いていたランバートが時計の蓋を閉じて言った。エレナが頷く。
「それじゃあ……いってきます」
「いってらっしゃい。留守は任せてよ」
「私が戻った時に家が無事にあるといいけど」エレナがイタズラに笑ってガビの頬をつついた。
それから、エレナは名残惜しそうにたびたび振り返りながら、やがて林の中へ消えていった。
夏の日差しが容赦なく照りつける中、ガビは林の方をじっと見つめ続け……額から垂れた大粒の汗が目に流れ込んできた事で、ようやく我に返った。
「いてて……」
ぴりりと沁みる目を擦る。
それから、両手で頬をぱちんと叩いた。
しっかりしなければ。
なぜなら、ガビはこれから長くて二ヶ月もの間、一人で暮らさなければならない。人の心配をしている場合ではないのだ。
家へ帰ると、エレナが作ってくれたであろう、いつもより豪華な料理がキッチンテーブルに並べられていた。
まだほんのり温かいスープを飲みながら、ガビは改めて実感した。これからしばらくの間、一人で暮らすのだと。
食事を終えて部屋に戻ると、机の上に置かれているノートをめくった。エレナが留守の間の修行プランを書き記してくれたものだ。
とはいえ、ガビが一人で出来ることなどたかが知れているので、やる事は筋力トレーニングと素振りが主だった。
目立つように書かれた『勉強もすること!!』は見なかったふりをした。
しばらく経ち、ガビはいよいよ退屈でどうにかなりそうだった。筋力トレーニングも素振りも新鮮な気持ちで出来たのはせいぜい三日。
朝昼晩、ひたすら同じ事の繰り返し……それもたった一人きりで。ひとりぼっちというのは思っていたより何倍も寂しく、辛く、しんどい事だった。
エレナが出発してから、朝を迎えるたび扉につけていた傷跡が今日で十三本になった。早ければエレナが帰ってくるまで折り返し、遅ければまだ四分の一だ。
一日がこんなに長く感じたのは初めてで、勉強だけの日ですらここまで長くは感じなかった。ゆっくり沈む太陽に腹が立ち、石を投げつけたほどである。
すっかり上達しきったつもりでいた料理でさえ、いざ一人で作ってみたらエレナの料理とは天と地ほどの差があり、食事のたびに気分が落ちこんでしまう。
布団に入ってもなかなか寝付けず、そのせいか、ガビはずいぶん久しぶりに嫌な夢を見た。
ごうごうと燃えさかる炎と、怪物の仮面をかぶり黒いローブをまとった人々が、ぐるりとガビを取り囲んでいるのだ。
人々は不快な笑い声をあげながら、剣や斧、槍にナイフといった武器を振り回している。
仮面の人々と炎はだんだんガビに迫るようにやって来るが、逃げようとどれだけ頑張ってもガビの体はピクリとも動かない。
肌が焼ける音が聞こえ、同時に痛みに襲われる。
呼吸もままならなくなり、いよいよ死んでしまうというところで、ガビは汗だくで飛び起きた。
体の奥底がゾワゾワして落ち着かない。
なぜだか震える体をぎゅっと抱きしめて布団にくるまり、ガビは眠れぬまま朝を迎えた。
一人暮らし二十日目。
この日もいつもの日課を終えて朝食を作ろうとしたガビは、食糧を保存している棚を開けて目を丸くした。
もうほとんど残っていない。
てっきり奥の方にまだあると思っていたが……きっとランバートの分と、旅路のお弁当として使ってしまったのだ。
ガビは、ひとまず残っていたベーコンの切れ端やしなびた野菜などをまとめて炒めると、さくっと平らげた。
体をキレイにして他所行きの服に着替えると、エレナの部屋へ向かう。お金は全てエレナが管理していた。出ていく前に、もし必要になれば好きに使っていいと言われている。
部屋の隅っこの床板が外れるようになっていて、そこに小さな鍵付きの箱が入っていた。金庫だ。ガビはエレナから預かっていた鍵を使って箱を開けた。中には金銀銅貨がこんもりと入っていた。
「わお……」
これだけあればおやつのリンゴが一体何個買えるのだろうか。ガビは必要な分だけ袋に取り分けると、再び箱に鍵をかけて床下へしまい込んだ。
ガビは、大きめの肩掛けカバンにお金と昼食のパンをひとつ入れると、ポルユスへ買い出しに向かった。




