12話
「ありがとう。私はいつでもかまわんよ」
ランバートは突っ立ったまま、両手を大きく広げている。飛び込んで来いと言わんばかりだ。
舐めているのか、煽って思考を鈍らせようとしているのか……どちらにせよ、向こうに来る気がないなら、行くしかない。
ガビは思いきり大地を蹴って、最速で正面から突っ込んでいった。
こちらに武器はないので手段は徒手と蹴り、ランバートも同じと仮定すると、間合いを詰めなければどうにもならない。なにせ身長差が三十センチはあるのだ。
ランバートの間合いに入り、さらに詰めようとした、その時、視界の下方で何かが動いた。
ガビは咄嗟に顔を引いた。
その鼻先をランバートの足が掠めた。ノーモーションでの蹴り上げだ。肝を冷やしたが、ガビが想定した反撃のうちのひとつに過ぎない。
片足なら取れる選択肢は少ない、ガビは右の拳をランバートの腹に叩き込む。だが、ガビは目を剥いて飛び退いた。
大きく後ろに三歩下がったのとほとんど同じタイミングで、ランバートの足が地面についた。
エレナならきっと手で受けていたであろう攻撃をランバートはまともに受けて微動だにしなかった。しかも片足の状態でだ。
それに、あまりにも頑丈すぎる。
殴りつけたガビの手の方がダメージを受けている。
「なにそれ」ガビは変な笑いが出た。
「いい攻撃だった。痛くはないがね」ランバートはウインクをした。
ガビは頬を引きつらせて、ふたたび突撃した。
それに合わせて、ランバートが一気に前に出てきた。ガビの予期せぬタイミングで互いの間合いがかち合ってしまう。
飛んできた拳を咄嗟に手のひらで受ける。
容赦ない威力だった、衝撃が骨を伝って肩まで響く。数発受けたら腕が使い物にならなくなるだろう。
ガビは次の攻撃を腕を使っていなした。
これなら負担はゼロではないものの、はるかにマシだ。
攻撃をかわし、いなし、隙を見てこちらも攻撃をいれる。対等ではない攻撃の応酬が続く。しかし、威力も手数も負けているガビは、あっという間に限界が訪れた。
腕は痺れ、感覚がほとんどない。
途中、脇腹にくらった膝蹴りのダメージが大きすぎた。
とうとうガビは繰り出した腕を戻せなくなった。
あっと思った時にはすでに遅かった。足を引っ掛けられ、後ろ向きに倒れ込んだ。
この腕では受け身を取ることも出来ない……ガビはやってくる落下の衝撃に目を固く閉じた。しかし、その時はやって来なかった。大きな腕がガビの体を支えていた。
「すまない、つい楽しくなってやりすぎてしまった……大丈夫か?」
「ありがとう、ランバート。大丈夫……いい経験になったよ」
ランバートに支えられながら、ガビは倒れている丸太に腰を下ろした。口の中が切れている、溜まった血を吐き出した。
「大したものだよ、ガビ。その歳でその強さは誇っていい。同年代なら間違いなく十本の指に入るはずだ」
「そうかな、ランバートほどの人にそう言ってもらえて嬉しい気持ちはあるけど……手も足も出ずにあしらわれた直後だから素直に喜べないや」ガビは苦笑いした。
「ふむ、謙虚な姿勢も良し。調子に乗ると足元を掬われるからな」ランバートはにんまりして眉を動かした。
「試したの?」
「言葉は間違いなく本心だよ。それに私の知るかぎり、エレナは最高の賞金稼ぎの一人だ。彼女に師事出来ている君はとても運がいい。これからも研鑽を怠らないようにな」
ランバートはにっこり笑って言った。
ガビは何だか誇らしい気持ちなった。笑顔を返して力強く頷いた。
「さて、そろそろエレナも起きたかもしれないな」
ランバートが明るくなった空を見て言った。
「一人で立てるか?」
「立てるよ」
ガビは丸太を支えにして立ち上がった。
脇腹が少し痛むが、腕の痺れはもうない。ただし、あちこちに痛そうなアザが出来ていた。
村への帰り道、ガビはランバートに質問の嵐をあびせた。なにせ、エレナ以外の賞金稼ぎと会ったのは初めてだ。聞きたい事が山のようにあった。
「どれくらい鍛えたらそうなるの?」
ガビの視線を感じたのか、ランバートがお腹を軽く叩いた。
「気の遠くなるほどの時間さ。鍛錬を積み、死戦をくぐる。それをずーっと繰り返した先に圧倒的な強さがあるんだ」
「それだけ? 特別な修行とかじゃなくて?」
「そうとも。口にするのは簡単だが、それが出来ない者は多い。心が折れてしまったり、死んでしまったりしてな。だが、だからこそ、たったそれだけの事をずっと続けられる者は強いのさ」
ガビは乾いた笑いが出た。
「参考になるよ。つまり、死なずに戦い続ければいいってわけだね」
「簡単だろう?」
ランバートばくつくつと笑った。
二人が村に戻ると、家の前でエレナが腕を組んで待っていた。ムスッとしている。
「朝起きたら二人ともいないから、何事かと心配したのよ」
それから、エレナは二人の、主にガビの汚れ具合を見て眉をひそめた。
「傷だらけじゃない、何してたの」
「ランバートと組手をね」
「その様子じゃ、コテンパンにされたみたいね」
「うるさいな」
エレナとランバートがケラケラと笑った。
「朝食の前に体を綺麗にしてきなさいね」
キッチンに行くと、すでに料理がテーブルに並べられていた。二人は手をつけずに待ってくれていたようで、ガビは急いで椅子に座った。
朝食を食べている間、エレナの様子がおかしかった。ガビが食べているところじっと見つめてきて、食べにくい事この上ないし、ひと口食べるごとに「おいしい?」と聞いてきた。
それになんだか、よそよそしさを感じた。
理由は皿洗いを終えて、食後のコーヒーを味わっている時に判明した。
「とても大事な話があるの」
ガビはマグをテーブルに置いた。
エレナはすごく深刻そうな顔をしていた。こんな顔は、幼いガビが高熱を出したとき以来だった。
ガビは鼓動が早くなったのを感じた。
話ってなんだろう……何だかソワソワする。ガビはなるべく平静をよそおって尋ねた。
「話って?」
「あのね……私、明日からしばらくの間、留守にしようと思ってるの」絞り出すようにいうと、エレナは眉間にシワを寄せて、辛そうに目を細めた。




