10話
「いやいや、話して聞かせるほどおもしろい仕事じゃなかったよ。違法植物を隠れて育てていた奴がとっ捕まってな、その後始末を頼まれただけだ」
ランバートはおもしろくないだろう、とでも言いたげな顔をしたが、ガビはそう思わなかった。
「違法植物ってどんなやつだったの?」
違法植物は、そのほとんどが人を苦しめるために活用されるものだ。持っているだけで死罪になるような代物もあるとエレナが言っていた。
数百種類はあるらしいが、ガビが自信を持って答えられるのはせいぜい四十種類くらいだ。
「”首括り毒椿”は知っているかね」
「知らない……はず」ガビはちらりとエレナを見た。
「安心して、まだ教えていないわ」
ランバートがくすくす笑って、話を続けた。
「火で炙り、煙を吸い込むと、死ぬまで自らの首を締め上げる羽目になる、とんでもない植物でな。誰も触りたがらんから我々賞金稼ぎに後始末の役が回ってくるんだ」
「死ぬまで自分の首を? そんなの怖すぎるよ」
「まったくだ。そんな物を町中で栽培しようと思う人間の思考にも恐怖を覚えるよ」
ランバートはわざとらしく体を抱いて震えてみせた。
「本当に大した仕事じゃなかったわね」
「だから言ったろう」
「もっとおもしろい話はないの?」
「じゃあこれはどうだ——」
それから二人はガビをほったらかしにして、久しぶりの会話に花を咲かせた。
疎外感を覚えて少し悲しくなったが、楽しそうな二人を邪魔しないように、ガビは暇つぶしにクッキーを削って食べてみる事にした。
クッキーを三分の一ほど削り食べたころ、うとうとしていたガビは大きなあくびをした。エレナとランバートの視線が一気に集まって、耳が熱くなった。
「おや、もうこんな時間だ。あと少しで明日になってしまうじゃないか」
ランバートがローブのポケットから燻んだ金色の懐中時計を取り出して言った。
どうりで眠いはずだった。
眠れなくなるからとエレナにコーヒーを取り上げられて代わりにミルクを注がれたのも、もうずいぶん前に感じた。
「話に夢中になりすぎたわね……ガビ、体を綺麗にして部屋に戻りなさい」
「まだ起きてられるよ」
ガビは慌てていった。
もう少しこの空間に居たい。理由は分からないが、いつもと違うこの空間がたまらなく心地良いのだ。
なんならこのままテーブルに突っ伏して、二人の会話を子守唄に眠りたいくらいだった。
「いけません」
エレナがぴしゃりと言った。
こうなったらもう話が通じないのがエレナという人物だ。ガビは仕方なく立ち上がった。
一応、援護してくれないかなとダメ元でランバートの方を見たが、変な顔で肩をすくめるだけで何も言ってくれなかった。
「おやすみ、ガビ。また明日いろいろ話そう」とランバート。
「そうそう、明日の修行はおやすみにするからね。それじゃあ、おやすみなさい」
「うん、わかった。おやすみなさい、エレナ、ランバート」
ガビは二人に見送られてキッチンを後にした。
扉を閉めるやいなや、ふらついた。緊張から解放されたのか、一気に疲労が押し寄せてきた。
よたよた歩きで風呂場まで何とか辿り着き、手早く全身の汚れを落とすと、部屋へ戻り布団に飛び込んだ。
寝る前に柔軟をしないといけないのだが、もう指一本動かせそうになかった。小鬼と戦ったり、初めての客人ランバートと話したり、心も体もクタクタだった。
自然とまぶたが落ちてくる。
寝転んでいるのに世界がひっくり返ったような感覚がやってきた。
ふわりと体が浮かびあがり、頭からゆっくりと夢の世界へ落ちていった。
2
ガビは珍しく夜中に目を覚ました。
普段なら一度眠れば朝まで寝通しだというのに、なぜか目が覚めてしまった。
何となく体が重く感じる気がするし、ガビはきっとクッキーのせいに違いないと決めつけた。
ガビは眠い目をこすりながら体を起こした。せっかく起きたのだからトイレに行っておこうと思ったのだ。
薄板で補強したガタガタの引き戸を少し持ち上げながらゆっくり横へずらすと、わずかに空いた隙間から廊下へ抜け出た。
そろり、と足を廊下の決まった場所へ静かにおろす。
この家にある物は大抵、動かすと大きな音がするが、特に厄介なのが床で、軋む音が非常にうるさい。
しかし、ガビは踏んでも軋まない所を熟知している。朝早く家を出るガビが、エレナを起こさないように身につけた技術だ。
今では昼間でさえ無意識のうちにそこへ足をおろすようになっていた。ガビは、たとえ目を閉じていても踏み外すことは絶対にないと自負している。
そろりそろり、とゆっくり足を進める。
トイレは廊下を挟んだキッチンの向かいにある。
ガビの部屋は玄関のすぐ右の部屋で、エレナの部屋はその向かいだ。なので、ガビの部屋を出て右に進み、突き当たりをもう一度右に曲がった先にトイレがある。
ようやく突き当たりに差しかかった時、ガビは足を止めた。左の角、つまりキッチンの方がぼんやりと明るいのだ。扉の隙間から光が漏れている。
まだ二人は起きているらしい。
ガビは、ほんの少しの好奇心に突き動かされて、中を覗いてみることにした。
慎重に扉まで寄って隙間を覗き込んだが、何も見えなかった。その代わり、ボソボソと何か話しているのが聞こえた。
ガビは、そーっと耳を扉に近づけてみた。
かろうじて会話が聞こえる……ガビは全神経を耳に集中させた。




